第29話.侍女と従者は苦労人?2

 


 ブリジットと友人としての距離感でないのは、見れば分かる。

 というのもその小柄な少女は、ブリジットの後ろに目立たないように控えながらも、休まず周囲に注意を向けているからだ。


(侍女兼護衛、ってところかな……)


 目が合うと、彼女は警戒するように瞳を細めたが、敢えてクリフォードは物怖じせずに微笑みかけた。

 仏頂面していたユーリと戸惑い気味だったブリジットも、それではっとしたようだ。


「……紹介する。僕の従者のクリフォード・ユイジーだ」

「彼女はシエンナです。わたくしの侍女を務めてくれております」


 主人の紹介を受け、互いに挨拶を交わしながら。

 やはり思った通りだったな、とクリフォードはその名を聞いて確信していた。


 シエンナオレンジに近い赤

 彼女の両親は明らかに、将来、娘がメイデル伯爵家に仕えることを期待してその名をつけたのだろう。

 クリフォード浅瀬がそう思うのだから間違いはない。


(恐らく、シエンナ嬢にも同じことを思われているだろうが)


 まったく難儀なことだ。

 胸中で苦笑していると、


「それでユーリ様。こちらはお返ししますので」

「……だから返さなくていいと言っているんだが聞こえないのか?」

「もちろん聞こえておりますわ。その上でわたくしが受け取るわけにいかないという話で――」


(ま、まだやってるっ……!)


 未だに髪飾りを返したり受け取らなかったりと、飽きずにやり合っている二人の姿が目に入る。

 他の客は微笑ましそうにしながらすべて退店してしまったし、魔石店の主人も気を遣ってか奥に引っ込んでしまったので、今や広い店内には四人の姿しかない。


 そんな、多方面に気遣われながらもお互いのことしか目に入ってなさそうな二人の姿に、クリフォードはたまらず笑い出しそうになるのだが、シエンナのほうはツンと澄ました表情を崩さない。


 ……こっそりとクリフォードは、そんなシエンナに向かって話しかけた。


「お互い、個性的な主人を持つと苦労しますね」


 数秒の沈黙の後に。

 シエンナは本当に、ほんの少しだけ――見間違いかと思うほどに、口の端を緩めて。


「……ええ、そうですね。とても楽しいです」


 その返答に、思わずクリフォードも笑みをこぼす。


 だがクリフォードは舐めていた。

 一瞬、ユーリとブリジットの口論が止まったその瞬間――狙い澄ましたように進み出たシエンナが、静かな声で切り出したからだ。


「恐れながら、オーレアリス公爵令息」

「……何か僕に言いたいことが?」

「はい。我が主――ブリジットお嬢様の本日の装いについて、何かお言葉をいただけますか」

「シエンナっ!?」


 ブリジットが悲鳴を上げる。

 まさか自分の侍女が、そんなことを言い出すとは夢にも思っていなかったのだろう。


 しかしクリフォードも驚いていた。

 "氷の刃"なんてあだ名で呼ばれ、優秀さ故に敬遠されがちなユーリ相手に、そう強気に出られる侍女が居るとは。


(この子……ただ者じゃない……!)


 見たところブリジットは、既にだいぶ面白そうな子なのだが、クリフォードはシエンナにも同じ評価を下した。

 そして彼はまったく気がついていなかったが、実はシエンナは彼よりもひとつ年上である。


 ユーリはと言えば、侍女からの唐突な要請に面食らっている様子だったが、根が真面目なので口答えせずにブリジットを見遣った。


「な、なんですっ……?」


 次第に顔を赤くしながら、声を上擦らせるブリジット。

 彼女は慌てた様子で鞄の中を探りかけたが、その途中で「しまった」みたいな顔をした。


(……? なんだろう、扇を忘れた……とか?)


 実際に推測は当たっており、侍女の手によって大事な扇を没収されたブリジットは、顔を隠すこともできずにあわあわと狼狽えている。

 そんな彼女は、クリフォードの目から見ても……楚々とした佇まいが魅力的に映るし、恥じらいのある表情が非常に可憐だった。


 だが無論、そんな甘い言葉をユーリが口にするはずはなく。


「……悪くはないと思うが」


(まぁ、それくらいが限界ですよね)


 むしろ女性――否、人間に対しての興味に乏しいユーリから、感想を引き出せただけ健闘している。

 うんうん、と頷いて納得したクリフォードだが、しかしシエンナは引かなかった。


「具体的なお言葉をいただけますか」

「…………」


 ユーリは黙り込んだ。まさか駄目出しを喰らうとは思っていなかったのだろう。

 さすがに助け船を出したほうがいいだろうか、とクリフォードは迷う。


 しかし、この針のむしろな状況に立たされたユーリが、どう切り返すのかは気になって。


 ――クリフォードが、自分が主人の背を守る従者であることを悲しんだのは、その日だけだった。

 おかげで、そのときのユーリの顔が見えなかったので。




「普段も、今日も……………………………………可愛らしいと思うが」

「うぴっ!?」




 壮絶なる葛藤の間を挟みながら、なんとかそう呟いたユーリ。

 その瞬間、ものすごく奇妙な悲鳴を上げて、ブリジットが勢いよく後退る。


「左様ですか」


 そんな二人の間でクールに応じながら、シエンナはどこか誇らしげである。


(なんとなく、「その発言については褒めてやる」みたいな心の声が聞こえたような……)


 クリフォードの気のせいかもしれないが。

 さらにシエンナは動揺しまくりのブリジットに近づくと、こっそりと耳打ちしてみせた。


「お嬢様、この後は令息とご歓談を?」

「な――っんでそうなるの!? わたくしはシエンナと遊びに来ただけで、ユーリ様と遊ぶ予定なんてまったくこれっぽっちも微塵も無いのだけどっ!」

「そうなのですね。てっきり私は、この店で待ち合わせされてらっしゃったのかと」

「そんなわけないでしょう! そ、そん――そんなわけないでしょうっ?!」


(ブリジット嬢の声が大きすぎて全部聞こえてるけど……)


 そして彼女、いよいよ興奮しすぎて熱でも出しそうだ。ちょっと心配になってくる。

 羞恥心が許容量キャパを超えたのか、ブリジットはシエンナの手を引きながらやって来ると、強気にユーリを見上げた。


 キッと、鋭い涙目がユーリを睨みつける。

 たぶん本人は、その小動物の威嚇じみた表情が愛らしいことに自覚はないのだろうが。


「ユーリ様、また明後日に! それではごきげんよう!」

「ああ。……入り口の段差に躓かないように」

「……っわたくし子どもではありませんので!」


 最後までぷんすかしながら店を出て行くブリジット。

 ぺこりと頭を下げて、ブリジットに引き摺られていくシエンナ。


 そんな二人の少女を見送り……クリフォードはユーリの顔色を窺った。

 本日はあり得ないくらいに饒舌だった年若き主人の横顔に、感情はまるで浮かんでいないが。


「メイデル家のご令嬢と親しくなったのなら、教えてくだされば良かったのに」

「お前には、アイツと僕が親しいように見えるのか?」

「ええ、とても」


 ユーリが疲れたように溜め息を吐く。

 しかしクリフォードだけは、ユーリがどさくさ紛れに――彼女に贈り物を受け取らせたことに、気づいていたのだった。



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