第26話.お出かけの約束

 


 その日の夜、ブリジットは悶えていた。

 広いベッドの右から左を、ゴロゴロと転がり……転がりながら、時折「きゃー!」と叫んで、枕をぎゅううっと抱きしめる。


 頭の中には、ユーリ・オーレアリス――青髪の彼の姿があって。


 それだけでブリジットはドキドキしてしまう。

 だって、どうやら自分はあの人に惚れてしまったらしいのだ。


(あんなに意地悪で、口が悪くて、冷たい人に……自分でもなんで? って感じなんだけど)


 だけど、人からは敬遠されがちな彼が、本当は優しい人だとブリジットは知っている。

 同じく嫌われまくりのブリジットのことを、噂だけで判断しようとせず、話を聞いてくれた。

 ブリジットが傷ついたときは、彼が代わりに怒ってくれた。


 彼と一緒に居ると、ブリジットはいつも呼吸が楽になるのだ。


(私、ユーリ様のことが……)


「ブリジットお嬢様」

「わきゃあーっ!」


 唐突に聞き慣れた声がして、ブリジットは驚きのあまり跳び上がった。

 慌てて枕を離して見上げれば、ベッドを見下ろす彼女と目が合って。


「へ、へ、部屋に入るなら教えてよシエンナっ!」

「ノックはしました」


 いつものお仕着せ姿の専属侍女・シエンナは平然と答える。

 しかしそんな彼女の目は、キランと光っていて……ブリジットはぎくりとした。


「……お嬢様」

「な、なに?」

「……いえ、帰ってきてからずっと奇声を上げておられますが、体調でも悪いのかと」


 思わずブリジットは顔を赤くした。

 言われた通り、奇声は上げてしまったし、ジタバタと足を動かしていたので、階下のシエンナたちにもよく聞こえていたことだろう。


 きっとシエンナは使用人たちを代表して部屋に駆けつけてくれたのだ。

 今さら恥ずかしくなってきて、ブリジットはそっぽを向いた。


「……べ、別にそういうわけではないの。ただ、ちょっと、その、」

「その?」

「……な、なんでもないわ」


(ダメよ! 恥ずかしくて、とてもじゃないけど言えない……っ!)


 まだユーリと親しくなったことだって打ち明けていないのだ。

 それなのに好きな人が出来た――なんて急に明かすなんてこと、出来るわけがない。

 シエンナは決してブリジットを笑ったりはしないだろうが、それでも言えないものは言えない。


 すると沈黙するブリジットに、シエンナがそっと提案した。


「それなら……明日は気分を変えて、お出かけでもされては如何ですか?」

「え……」

「景色を見るだけでも気分転換になりますし、王都でショッピングをしてもいいですし」

「…………」


 ブリジットは思わず考え込む。


 普段――学院に通う以外に、ブリジットはあまり別邸から出ないようにしている。

 その理由は明快だ。外出を知れば両親が良い顔をしないと分かりきっているから、ブリジットはいつも週末は息を殺すようにして過ごしている。


 読みたい本も魔石も、別邸の使用人が買い物は代行してくれるから、今までだって不自由があるわけではなかった。

 だが、息苦しいのも事実で。


(確かに、久しぶりにお出かけ、したいかも……)


 ブリジットはじっとシエンナを見上げ、小首を傾げた。


「ならシエンナ、付き合ってくれる?」

「……私、ですか? 他にどなたかお誘いする方は」

「わたくし、友達居ないもの」


 自分で言ってて悲しいが、居ないものは居ない。

 精霊学の授業をきっかけに、クラスメイトたちとは少しだけ距離が縮まったが……なかなか積極的に話すことは出来ずにいるのだ。


 級長であるニバルは、あまりにも彼が好意的なので、毎日のようにお喋りしているのだが。


「だからってわけじゃないけど、シエンナと一緒がいいわ。その……シエンナはわたくしにとって、いちばん大切なお友達で、家族というか……」

「お嬢様……」


 それを聞き、シエンナは瞳を潤ませた。


 実はシエンナとしては、可愛いお嬢様が何やら悪い男に引っ掛かった様子なので、その正体を突き止めるために彼を誘ってはどうかと誘導したつもりだったのだが――。

 そんな嬉しいことを言われてしまっては、さすがに断ることなど出来るはずもなく。


 シエンナはぺこりと頭を下げた。


「承知致しました。喜んでお供します」

「そう。良かった」

「その代わり……というわけではないのですが、明日のお化粧やお洋服については、私に一任していただけますか」

「えっ!」


 シエンナの言葉にブリジットはぎょっとした。


 ジョセフに婚約破棄されて、変わらなければと決心したブリジットだったが、未だに化粧は濃いままで、きつい容姿のままである。

 というのも、学院でも当然のように悪目立ちして後ろ指さされると分かっているのだ。なかなか踏ん切りがつかないのは当然だと思う。


 だが、明日を変化の第一歩にしようとシエンナは言っているのだ。


「扇子の持ち歩きも明日はやめましょう。お嬢様は、困ったり誤魔化したりしたいときはすぐに扇子で表情を隠してしまわれるので」

「ええ……っ? それはだいぶ心許ないんだけど……」

「小道具を使うのは決して悪いことではないのですが、ブリジットお嬢様はもう少しだけ、いろんな表情を他の方に見せたほうがよろしいかと存じます」


 それを聞いたブリジットは――そうかもしれない、と素直に思った。

 面白半分に言っているわけではない。シエンナは、ただブリジットの今後を考えて言ってくれているのだ。


(精霊博士として活動するにしても、フィールドワークの際に現地の人に協力を仰いだりするのは必須だものね……私には、コミュニケーション能力が不足しているってことね!)


「……分かったわ。よろしくねシエンナ」

「お任せください、お嬢様」


 背の低いシエンナが、心なし胸を張る。

 その仕草が可愛らしくて、ブリジットも肩の力が抜けたのだった。



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