第23話.リサとの衝突

 


 ユーリの身に何が起こっているのか。

 それをブリジットが知ったのは偶然だった。


 ユーリに寂しい、と面と向かって認められたからには、今日こそは図書館に行こうとブリジットは決めていた。

 読みたい本はいくらでもある。まだ返却期限は来ていないが、借りたままの本だってそろそろ返さねばならない。


(避け続けるのも、なんだか変だし……)


 昼間会ったユーリの様子が気になっていたので、それを確かめる意味合いもあった。

 ニバルはといえば、誠心誠意に断ったら、「それなら図書館までお見送りします!」と言い張ってついてきてしまったのだが。


 そんなブリジットがたった今、目にしているのは――図書館の前で何やら言い合いしている、男女の姿で。


「ユーリ様、これから一緒にお茶でもどうですかっ?」

「結構だ」


 そしてそれは、二人とも知っている人物だった。


「頭が良いんだから、図書館なんて行く必要ないじゃありませんか!」

「意味が分からないが」


 ぎゃーぎゃーと激しく叫ぶリサと、そんなリサを避けて入館しようとしているユーリ。

 ユーリはうざったそうにリサを振りほどこうとするのだが、彼女は彼女で、いちいちユーリの進行方向に回り込むような動きをしている。


 見れば館内では、いつもの眼鏡の司書がオロオロと歩き回っている。

 騒がしいし、他の利用者たちが入りにくいので注意したいが――館外なので、声を掛けにくいというところだろうか。


 今も図書館の周りでは数人ではあるが、言い合うユーリとリサを遠巻きに見る生徒たちが居る。

 リサの声が不用意に甲高いので、結果的に人を集めているような状況だ。


 そしてリサの、顔面に貼りついた笑みらしきものを見ながら、ブリジットは嫌な予感を覚える。

 先ほどから、彼女は何かタイミングを狙っているように見える。


(これ、まさか……)


 リサが狙っているのは。

 気がついて、二人の間に割り込もうとしたときだった。


 ちら、とリサがブリジットを横目で見ながら、大仰に叫んでみせた。



「第三王子に逆らったりしたら、さすがのユーリ様でも立場が危ういと思いますけど!」



 ――やっぱり、とブリジットは歯噛みする。


(公衆の面前で、ユーリ様の立場を陥れようとしてる……!)


 王は臣下を選び、臣下もまた王を選ぶ。

 ユーリは名高い公爵家の一員だが、諸侯の頂点にある王族とはそもそもの立場が違う。

 おそらくリサは、ユーリの態度が相応しくないのだと人前で指摘するために、わざとユーリに絡んでいたのだろう。


 だがブリジットと異なり、ユーリは冷静なままだった。


「知らなかったな」

「え? 何がです?」

「第三王子は女だったのか」


(うわぁあ……!)


 ブリジットは顔を引き攣らせる。


 なんというか、さすがユーリだ。

 リサは、第三王子ジョセフがブリジットに婚約破棄を告げたその場で、ジョセフ本人から庇われ、慈しまれたという経歴を持つ少女。


 だが、特に婚約をしたというような情報はない。

 つまりリサは今はただの男爵家の令嬢でしかないのだと、ユーリは突きつけてみせたのだ。


(そうだったわ。ユーリ様が怯むわけがない)


 以前も彼は、ジョセフとリサ相手にまったく動じず、むしろ皮肉っぽい言葉で応酬していたのだったと思い出す。

 高飛車でいえば右に出る者は居ないブリジット相手にも同様である。リサくらいに丸め込まれるわけがないのだった。


 しかしリサはきょとんとすると、可愛らしく小首を傾げて。


「……は? ジョセフ様は男性ですけど?」

「…………」


 思いがけない返しに、ユーリが沈黙する。


(ユーリ様にあそこまで言われて引かないなんて……)


 というか、たぶん嫌みに気づいてすらいないような。そんな気がする。


 ブリジットは、今までリサと直接話したことはない。

 婚約破棄されたあの日、リサは嘘を吐き、そのせいでブリジットは一方的に悪者のように扱われたが、彼女自身に対してもあまり思うところはないのだ。


 だが――今日ばかりは。

 ブリジットがそう決めると、ふと、ユーリと目が合い……でも彼が何か言う前に、ブリジットは行動した。


 余計なことだと思われてしまうとしても、構わない。


「セルミン男爵令嬢」


 外野から呼びかけると、リサは一瞬、鋭くブリジットを睨んだ。

 しかしすぐに視線は外れる。


 というのも、ブリジットを庇うようにニバルが前に出たからだ。


「ニバル級長……」

「ご心配なく、ブリジット嬢。こんな小物、俺の相手ではないので」


 何故か肩を回しながら、そんなことを言うニバル。

 まさかリサと殴り合いの喧嘩でもするつもりなのか、とブリジットがハラハラしていると。


 まず口を開いたのはリサだった。


「ニバル様。ご主人様に首輪まで着けられて、随分と楽しそうですねっ?」

「……は?」


 ブリジットとニバルは同時に首を傾げた。

 その様子がおかしいように、またリサがケラケラと笑う。


「まるで節操のない大型犬みたい! 飼い主のレベルが低いから、仕方がないのかしら?」


(……ええっと。これ……本気で言ってるの?)


 揶揄しているようには見えない。

 なんというか、心の底からニバルとブリジットを馬鹿にしているようだ。


 前に出たままのニバルは、呆れたのかすっかり沈黙している。

 どうやら彼には、言い返す気力もないようなので――代わりにブリジットは一歩前に出ることにした。


「リサ・セルミン男爵令嬢。何を勘違いしているのか知りませんが、ニバル級長が着けているのは【魔封じの首輪】ですわ」

「は? まふうじ……?」


 どうやら本当に知らないらしい。

 てきぱきとブリジットは続けた。


「一年次の魔法基礎学のテキスト、百三十六ページ」

「……は?」

「右側の欄外に書いてありますわよ、【魔封じの首輪】の解説」


 ようやく――。

 ニバルの首に輝く物が、どういう物なのか。分かってきたらしいリサの顔が、次第に赤くなっていく。


「つまり、彼が着けているのは、わたくしが提供した首輪などではありませんわよ。当たり前ですけどね」

「…………」

「加えて言うなら、ニバル級長はとても生真面目な方ですので、明日にはこの魔道具は外される予定ですわ」

「生真面目なんて……嬉しいです、ブリジット嬢!」

「あなたは別に、そこで泣き出さなくていいのよ級長」

「そんな……じゃあ俺は、この感動をどう表現したら」

「表現しないで結構よ。胸の中に仕舞っていてちょうだい」


 するとそのタイミングで、周囲でいくつかの笑い声が起きた。


 笑っているのは、先ほどまで独壇場を演じていたリサではない。

 周りで見物していた生徒たちが、どうやらブリジットとニバルのやり取りに笑いを抑えきれなくなったらしい。


 だがそれが、醜態を晒した自分自身への嘲りのように聞こえたのか。

 ますます強く、リサの頬に赤みが差した。


 そして彼女は、ギラギラとした目でブリジットを睨みつけると。

 激しく憎悪の篭もった口調で叫んでみせた。



「――――あたしを馬鹿にするなっ! "赤い妖精"風情がっ!!」



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