管理人室のドアをノックしたら、管理人がすぐ出てきた。大原警部を見てすごく驚いた顔をした。


「こんにちは」


大原警部は優しく話しかけた。


今回の殺人事件のせいか、管理人はすっかり老けたようだ。今まで見せた精力もなくなって、顔からも生気をなくしていた。


「こんにちは、警部」


「元気がありませんね。どうしてですか?」


「よくいいますね。あんなことがあったのに、元気でいられるのがおかしいんですよ」


「どんなことです?」


大原警部はわざとらしく聞き返した。


「それは!」


管理人はこれ以上何も言わなかった。


「それは?」


「もう、いいんです。俺ももう引っ越ししますんで」


「どういうことですか?」


「あんなことがあったのに、ここに住めるとおもってます?」


「あんなことって?」


「嫌がらせはよしてくださいよ、警部」


「嫌がらせではありません。自分のしたことを忘れないように注意しているだけです」


「もう十分注意されました」


管理人は畳の上に座った。大原警部も彼の向かいに座った。お茶でも出してもらおうと思ったけど、そんなところではなかった。


「それはそれは」


しばらくの沈黙の後、大原警部が問いかけた。


「どこへいくんですか?」


「長野の実家に帰ろうと思います」


「長野ですか」


「はい、山の奥になる田舎なんですが、一人暮らしの老人にはぴったりな場所です」


「実家には誰が住んでますか?」


「いいえ、誰も住んでいません。両親は俺が成人になった年になくなって、実家の手入れは親戚に任せています」


「そうですか」


「はい」


「いつ出発します?」


「三日後です。それまでに荷物を送っていこうと思ってます」


「実家に戻ったら何をするつもりですか?」


「何もしませんよ。今まで貯めたお金でのんびり一人暮らしでもするんでしょうね。もしくは、宿にするかもしれません。実家を」


「そんなに大きいんですか?」


「大きいってわけでもありません。ただ、空き部屋があるんで」


「それが一番なのかもしれませんよ」


「だといいんですけどね」


「実家では同じ過ちをおかさないんでしょうね」


「しませんよ。実家では人目も多いんですし、誰が何をしたか、すぐ噂になるんですから。田舎って実はこわいんですよ。プライバシーってもんがないんですよ」


「それほど住人たちの仲がいいってわけじゃないんですか?」


「そうでしょうかね」


「どころで、橘親子には……」


「ちゃんと謝りましたよ。でも、思ったより怒ってませんでした」


(それはそうでしょうね)と大原警部は思った。


「ほかに何かご用がありますか?見てのとおり、荷物をまとめていましたので、はやく片付けたいんですよね」


管理人がこう言ったので大原警部も長く居座るきをなくした。


「それじゃ、私はこれで」


こう言って大原警部は管理人室を出た。


大原警部は最後にもう一度アパートを見た。


小さなアパートの中で起こった殺人事件。いろいろんな人の人生を変えた。

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