3

「信じられませんよ。田中富士子が犯人だなって。本当に人は見た目によらずってですね?」


本部に戻って、新居刑事は早速大原警部にきいた。


「信じられないからと言って、田中富士子が犯人ではないと否定するわけにもいかないよ、新居君」


「それはそうですけど、やはり驚きます。うわさが好きなただのおばさんと思っていたからです」


「たぶん、自分が立たれて位置を誰か奪おうとしている危機感から、犯罪を犯してしまったのだろう」


「自分の位置ですか?」


「田中富士子は近所から情報屋とかなんとかと呼ばれ、ちやほやされたのに違いない。なにしろ、近所のおばさんたちは他人のうわさ話に一番興味があるから。こうなると、自然に誰が情報を一番多く持っていることによって、誰が一番人気があることになる。つまりうわさ話グループの頭になれるんだから」


「でも、人を殺すにも及ばないでしょう」


「田中富士子も言ったようにタイミングよく聞こえてきた殺人事件のドラマがきっかけを作ったかもしれない。ずっと心のとこかにあった人並以上の黒い感情を」


なぜ殺人を犯したのかについて、新居刑事はこれ以上追及する気はなかった。大原警部からどんな説明を受けても理解できないと思ったからだ。そもそも、人を殺したいと思う気持ちは理解したくもない。


「いつから、田中富士子が犯人だと睨んでいましたか?」


大原警部はすこし考えてから話しだした。


「昨日、長野卓男から4回の足音の事を聞いて、その後田中富士子に話してみたんだ。田中富士子は何を言ったと思う?」


「分りませんよ。僕は田中富士子ではないんだから。それにあの時一人で言ったんじゃないんですか」分らないと言ったものの、新居刑事はやはり当ててみたくなった。


「もしかして、何も聞こえなかった。それは長野卓男のでっちあげだと言ったんじゃありませんか?」


「違うよ。田中富士子ははっきりと『あたしも確かに4回そんな足音を聞きました』と言ったのよ」


「なにがいけないんですか?長野卓男と聞いた足音の回数とおなじじゃありませんか。別に変には思いませんけど」


新居刑事は肩をすくめてみせた。


「よく考えてみたまえ。本当に違和感がないのかね?」


新居刑事は何回か口ずさんで見たけど、やはり分らないと大原警部に言った。


「先ず、長野卓男は4回足音を聞いたと言っている。その中には間違いなく自分の足音は数えにいれてない。しかし、田中富士子の場合はどうなるか?」


大原警部は言いさして新居刑事を見つめた。ここまでいったんだからもう分るでしょうと言いたげだった。


「あっ!そういうことですか!」


「分ってきたのかね」


「はい、分りました。つまりこういう事ですね。長野卓男の場合は、自分の足音以外の足音を4回聞いたと言いました。田中富士子も4回聞こえたと言っているんです。しかし、田中富士子の場合は自分の足音の代わりに、あの夜一番最初に長谷川の部屋に訪ねた長野卓男の足音を数えに入れたんです。それで、同じ4回を言いましたね」


「そうだよ。本当なら田中富士子は5回の足跡を聞いたのに、4回といった。それがおしゃべり好きな田中富士子のミスだった」


「なるほど、そうだったのですか」


一件解決してからの苺牛乳は何よりうまい。


「警部、苺牛乳はほどよく飲みません?本当に健康にわるいんでうしょ。特に糖尿にかかりやすいんですよ」


「人はそれぞれ自分の好みっていうものがあるんだ。それをとやかく言ったら、言われたほうはどれほど傷つくは君にはまだわかっていないのかね」


「そんなつもりで言ったのではありません。警部は年も年だから、糖分は控えていたらいかがかと思って」


「その事なら、心配いらないよ。僕の体はまだまだ元気だからね」


「警部の言っていることは酔っ払いが言っていることとそっくりです」


新居刑事の言葉の意味が分らなかったので、大原警部は思わず聞き返した。


「どういう事かね?酔っ払いが言うこととそっくりって言うのは」


「酔っ払いはいつも自分は酔ってないと言うんじゃありませんか」


大原警部は朗らかな笑いでこの冗談を受け入れた。


「新居君。冗談言う暇があったら、苺牛乳をもう一つ買ってくれないかね?」


新居刑事は溜息をついた。


「はい、わかりました」


苺牛乳をもう一つ買ってきてから新居刑事は気になったことをきいた。


「そういえば、大原警部はなんで警察になろうと思ったのですか?」


「気になる?」


「そりゃ、気になりますよ。だって、大原警部は昔からこの体だったといったんじゃありませんか?どうやって警察学校を卒業したのかも気になるし」


「そんなに不思議なのかな?」


「不思議でしょう、どう見ても」


大原警部もナイスバディーの若い時はあったのだが、解明しようとはしなかった。


「それで、なぜ警察になろうと思ったのですか?」


「それがね……」


大原警部は警察になったきっかけを簡単にまとめて新居刑事に話した。


「そうなんですか」


「そうなんだよ。それより」


「はい、何ですか?警部」


「報告書はもう書いたのかね?」


「あっ!まだです!今すぐ書きます!」


「頼むよ」


「はい!」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る