第八章

1

夜。竜と僕は23時30分頃に家についた。


今日は疲れたので歯磨きは明日、今日の分まですることにした。部屋に明かりもつけず、そのままベッドに向かった。


真っ暗な部屋のなかで、じっと周りの動きに耳を傍立てた。目に力を入れて、眠らないように努力をしている。


大原警部から、今夜、犯人が来るかもしれないといわれたからだ。竜は囮にされた。犯人をつかめるにはどうしても協力してほしいと頼まれた。竜も心のなかでは今回、警察の見方になって仕事を手伝ったら、デモ曲の件の罪は軽くなるのではないかと高をくくっていたからだ。


あの夜の事がふと思い出してきた。


長谷川の部屋へ行ってみたら、死体となっていた彼に僕はなんの感想もなかった。感想といっていいのかな。非情に聞こえるけど、その時の僕は本当に落ち着き払っていた。


自分の精神はあんなにも強いとは思ってもいなかったからだ。死体を目の前にしても、なんの驚きもなかったなんて。


目的は長谷川を殺すことだけど、誰かの手によって殺されたので、ほっとした気持ちも湧き上がってきた。やはり、殺人には抵抗があったのかもしれない。でも、今考えてみたら、あの時、長谷川が死んでいなかったら僕は彼を殺すことができたのかな?


凶器も持ってないまま行くなんて、僕としては本当に人を殺す気があったのかな?あの夜、僕は長谷川に会って何をしようとしたのだろう?


それで、死体を見た僕はそのまま帰ろうとしたのだけど、ふと、長谷川のパソコンに目が止まった。パソコンの中にはきっと長谷川が書いた曲があるに違いない。


僕はさっそくパソコンに電源を入れた。2,3分で終るはずの立ち上がり時間はいつもより10倍長い気がした。


マウスを動かして、ファイルの中で探し回った。やっと、デモと名づけたファイルで曲が見つかった。ざっと見たとこと、100曲以上はあった。


音源を開いてみたら、とても優しくてすばらしいメロディーだった。長谷川のような人がこんなにいい曲を作れるはずがないと思いながらも、現実には目を背けなかった。性格がどんでもなく悪いけど、曲を作ることには才能があるかもしれない。


早速、その中から10曲を自分のメールの下書きにいれた。全部もらうほど、欲張りではない。それに、音楽会社に聞かせた曲もある恐れがあるから。そして、ブラウザの履歴も削除してパソコンを切った。


すべてが終ってから、僕は部屋を離れた。自分の指紋を抜き取ろうと思ったけど、ヘタをすれば不自然になるかもしれない。


部屋に戻って、僕は目を閉じた。


長谷川は死んだ。これで、竜は夢というクラスに入れるとあの時は思った。でも、すべたが駄目になった。


僕は記憶から現実に目を向けた。竜の少しばかりはやる息が聞こえてきた。


デモ曲の事を思っていたので「ごめん」と僕がつぶやいた。許されるかどうかはわからないが、お詫びをいれなくては。


「し~~。今はそんな事を話す場合じゃないでしょう」


「ごめん」


「分ったから、黙っていて。犯人が来れないじゃない」


竜はすぐ言葉をつづけた。


「あなたには感謝してるんだ。私のためにしたことだろう?それに、あなたがいてくれたから寂しくなかったから」


「本当?」


「うん、本当。それに、このことで私もちょっと目がさめたんだ。努力するか、もしくはちゃんと現実に向き合うか」


「いいね、それ」


「あなたのお陰だよ」


「僕は別に」


「まぁ、話はここまでにしよう」


「うん」


部屋には僕と竜だけではなく、どこかに警察が隠れて待機してはいる。でも、怖いのはやはり怖い。


犯人がくるから。


でも、よく考えてみたら、何で犯人は竜を殺そうとしているのだろう。警部の話によると、犯人は近くに住んでいる人だといったけど、全然見当もつかない。そもそも、竜はそんな敵を作るような人でもないのに。


何分すぎたか知らない。ゆっくりと静かに、ノブを回す音が聞こえてきた。竜はぞっとした。でも、喚いたりはせず、入ってくる人をじっと待っていた。犯人だと知っていたからだ。こんな夜中にそんなこそこそしたまねをする人が他にいないから。


足音をひそめながら犯人はベッドに近寄ってきた。静かに迫ってくる危機感に竜は寒気に身体が震え出した。


犯人の足音は止まった。すぐ傍に立っている黒い影が見えた。と同時に、犯人が何かを持ち上げるのが目に映った。月の光に反射され、犯人が手にしたのは刃物だということが分った。


叫びたいけど、声が出てこない。こうなったら、警部を信じるしかない。


「動くな!」と新居刑事が叫んで部屋の明かりをつけた。


暗闇になれた目が急に光に当たって、涙が出そうになった。早く犯人の顔を見たくて、竜は必死で目を瞬いた。


周りの物がはっきりと見えた時、鈴木竜の前で刃物を持って立っていたのは田中富士子だった。

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