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大原警部はパトカーには乗らずよるところがあるって言って一人、近所の公園へ向かった。
「僕も一緒に行っちゃいけないんですか?」
「こんな時はお年寄り一人が言った方がいいんだがね」
「どんな時ですか?公園で事情聴取するんじゃなかったんですか?」
「それはそうなんだが私一人がいいってことだ。新居君も一緒に行くと話がややこしくなるからね」
「なんでですか?」
「新居君がイケメンだからね」
「えぇっ?!まぁ、それなりに人気もそこそこあったし、僕も自分の顔には少し自信をもっていますんで」
「それはよかった。じゃ、車でまっててくれ」
「はい、わかりました」
こう言って大原警部は公園へ向かった。
大原警部が狙った通り、おばさん二人が見えた。この間、田中さんと話していた人達だ。
「こんにちは」
大原警部は朗らかな笑顔で挨拶した。
「あっ、はあ。こんにちは」眼鏡をかけた一人が返事をした。
「こんにちは」ちょっとおしゃれなワンピースを着たもう一人が挨拶をした。
「この公園はいいんですね~他のと違って日当たりもいいし、周りは騒音もあんまりないんで、気持ちが落ちづきますね」
大原警部は久しぶりの友達のような口調で話した。
「えぇ~まあ」眼鏡のおばさんは答えに困った顔をした。いきなり近づいてきたおじさんに何を話せばいいかわからなかったみたいだ。
「これは失礼しました。私は警察でして、近所で起こった殺人事件の捜査をしています」
「へえ!そうなんですか?!」と眼鏡のおばさん。
「うっそ!全然警察にはみえなかったのです!」とワンピースのおばさん。それから自分の話した言葉がどれだけ失礼なのかわかったのかすぐ言葉をつづけた。「あら、そんな意味ではありません。誤解しませんように」
「全然しませんよ」
「それより犯人はわかったんですか?と眼鏡のおばさん。
「まだです。よろしければあのアパートに住んでる人達についてなんかお話できることはありませんか?」
「そうですね。同じアパートじゃないんですし、何を話したらいいか。ねぇ~」
「ねぇ~」
二人の『ねぇ~』は息がピッタリあっていた。
「死んだ長谷川君はどんな人ですか」
大原警部の質問に二人はお互いを見つめ合った。
「どんな人って言われても……実際話したこともないのでなんとも」
「そうなんですよ。ただ、噂によればとても嫌な性格をしているって程度ですかね」
「あのアパートの住人も長谷川君のことをあんまりよく思っていませんでした」と大原警部。
「そうですよ!ってちなみにこの間、長谷川さんと同じアパートに住む内田っていう女性と大ケンカするのをみたんです」
ワンピースを着たおばさんが話した。
「お~、それは初耳ですな」と大原警部。でも、このことは田中さんが自分が見たって証言したって言ったのに。「どんなケンカだったかは覚えています?」
「あらっまあ。立ち聞きするほど暇ではありませんよ、あたしは」とワンピースのおばさん。
「立ち聞きだなんて。大ケンカしたら、立ち聞きをしなくっても自然と聞こえるでしょう?私も道をあるくといろいろと聞こえてくるんですよ」
「本当にですね。聞きたくないけど、聞こえてくるんですね」
それからワンピースのおばさんは田中さんから聞いた同じことを話した。
「そうですか。長谷川君もひどいですね」
「ひどいでしょう?彼女をあんなふうに捨てることも足りなくてお腹にいる子供も捨てるっていうんだもの。あんな男のどこがいいかあたしは全然わかりませんけど。将来結婚をするならやっぱりしっかりとした男じゃないとねぇ~」
「ねぇ~」
今度も二人の『ねぇ~』はピッタリと息があった。二人だけの相槌みたいだ。
「ほかの住人については知っていることはありませんか?」
大原警部の問いに二人のおばさんはお互いを見つめ合った。
「ほかに何かあるのかしら?」と眼鏡のおばさん。
「あるのかしら?」ワンピースのおばさんも何かを考えている顔つき。でも、話したい事がいっぱいあって我慢している顔だと、大原警部は一目でわかった。
「何かあるんですか?」と大原警部がもう一回聞いた。
「そうそう!すっごく変な事があるの!」とワンピースのおばさん。
「何々?」と眼鏡のおばさん。
「陶芸教室の先生」
「うん、その先生がなに?」
「何回も見たんだけど、アパートに住む内田さんをついているみたいの」
「へぇ~そうなんだ。この話聞いたことがない」
「そりゃ、話す機会がなかったの。んで、何回か駅前で見かけたんだけど、誰かを待っているみたいなの」
「待ってる人って内田さん?」
「そうよ!そうよ!なぜだと思う?」
「そうね。なんでだろうね?」
「それが、この間偶然見かけたの」
「何を?」
「陶芸教室の橘先生と、長谷川さんが渋谷にはる喫茶店に入るところを」
「まさか、橘さんの狙いは長谷川さん?」
「最初にはあたしもそう思ったんだけど、そうじゃないみたいなの」
「なんで?なんで?」
「それがねぇ、あたしも喉が渇いたので喫茶店に入ったの。んで、偶然にも席が二人の後ろになったの」
「へぇ~すごいね」
「んで、会話の内容を聞いたらすっごいの」
「何々?」
「それがね、橘さんがあの子を捨てないでくださいっていうのよ」
「あの子ってもしかして?」
「そうよ、内田さんだよ」
「じゃなに?橘さんが内田さんを付けていた理由もわかっていて知らんぶりをしたってこと?」
「それは、話のながれでね。それで、あたしも分かたんだから、二人はそんなことって」
「橘さんと内田さん?」
「そうよ、二人は親子じゃないかって推測したの」
「そうですか」田中富士子はこの人から情報をもらったなと大原警部は思った。
二人がつまらない事で話し合っている所を、大原警部は割りこんだ。
「ほかの住人には何か?」と大原警部。
「そうですね。田中さん?」
「田中さんが何か?」
「別に大したもんじゃないんですけどね。殺人事件があってからはなんか気分が上がっているみたいで」
「そうそう、あたしもそう思ったの」と眼鏡のおばさん。「なぜでしょうね?」
「話題の重心になったからではない?」
「話題の重心?」と大原警部。
「ずっと話題の重心になったんだけど……」
ここまで言ったのだが急に口をつぐんだ。田中富士子が近づいてきたから。
「あらっまあ。大原警部もここにいらっしゃったの?」
小走りで来たのが分かるほど、息が少し乱れていた。
「何の話をしていたの?」
田中富士子の問に二人のおばさんは別に大したことを話していないと答えた。
「ちょうど二人に大事なことを聞いたところです。とっても重要な手がかりをもらいましたので、二人には感謝です」
「本当に?役に立ちました?」とワンピースのおばさん。
「どんな話をしたの?」田中富士子が訊いた。
「それは守秘義務がありまして」と大原警部が言った。この言葉を聞いた二人のおばさんも気まずい顔をした。
「それでは私はこれで。本当に助かりました」
こう言って大原警部は公園から離れた。
パトカーの近くに行くと、新居刑事がいらいらした顔で大原警部を見つめていた。
「警部!遅いですよ!」
「すまんすまん。早く行こう」
「はい!」
パトカーに乗って、内田薫が働いている会社へ向かう途中、大原警部は今回の事件についてもう一度、頭の中で整理してみた。
あの夜、0時に部屋に帰った長谷川健也を最初に尋ねたのは長野卓男。5分間ぐらいいて、自分の部屋に戻る。その後、まだ確定できない二人が長谷川健也の部屋に入った。住人たちは長谷川健也と親しい関係でもないのに、なぜ夜遅く行ったのだろう。そこが今、考えるべきことになる。
後は45分に長谷川健也の部屋に行った内田薫と管理人で、管理人は内田薫が第一発見者だということで脅し、自分のいいなりにしようと思い、昨夜、部屋に誘った。
長谷川健也が1番目と2番目の誰かに殺されたのかを考えるしかない。残りの容疑者からみては、その動機は多分、普通の人間には理解できない点がある。残りの容疑者はそういないのだが。
「警部」
新居刑事の話が大原警部の思案を打ち切った。
「事件の全貌が大部見えてきましたね」
「うん」
「思いつめた顔をしていますね。何か引っかかる点でもあるんですか?」
「そうだな。今、考えているのは、どんな些細なことでも、人は他人を殺そうと決心することが出来るのかってことなんだよ。君はどう思うかね?」
「もちろん、誰かを殺したいと思ったことはありますよ。たとえ、どんなに小さいことでも」
「確かに」
「しかし、人にはみんな自制心と抑制心が働いているんじゃないですか。その力で人は殺すという気持ちを行動にうつさないと思います」
「どこからそんな事を覚えてきたのかね?」
新居刑事は少し照れたように頭を掻いた。
「僕の正直な感想です」
「自制心と抑制心か。ここまで来たら、誰が犯人だと思うかね?新居君」
「正直のところ、まったく分りません。これっといった動機もないし、でも外部犯というわけでもないし」
「動機が一番の問題だよね」
「そうですよ。内田薫、管理人と長野卓男を除いてみても、動機が一番強い人に当てはまる人はないですよね。鈴木っていう男は殺人を犯すような人には見えないし。見た目で判断したのではなくそんな感じですかね。それに田中富士子はただの噂好きのおばさんで、話題さえあればどんなことでもいいんじゃないでしょうか?」
「動機は必ず強ければならないのかね?」
「それはどういう意味ですか?」
「君が言ったように、その人には自制心と抑制心がないとしたら、どんな些細なことでも人を殺めたくなるのではないかい?」
「それはそうですけど、今まで大人しく生きてきたのに、なぜ今更ですか?」
「なぜ今更?か。内田薫から大事な情報をもらえたらいいんだけど」
その後、二人は事件について何も語らなかった。自分の頭の中で、いろいろと思いをめぐらした。
「どころで、新居君」
「はい、何でしょうか、警部」
「頭を使いすぎたのか、糖分の摂取が至急だよ。だから……」
「だから甘い物を買って来いと?ですか?やめてくださいよ、警部。甘いものをあんまりたくさん食べると糖尿になるかもしれないんですよ。前にも言いましたけど、健康のためにも甘いものをたくさん食べてはいけないですよ。それに、あんまり運動もしてないみたいので」
「私の体は私が一番よく知っているんだと思うんだけどね」
「それは違います。一番よく知っているのは病院です。なのでこの事件が終わったら一緒に健康診断に行きましょう。きっとどこか問題のある部位があるとおもいますよ」
「そんなに僕が病んでほしいかね、君は?」
「そんな!心配で言ってるんですよ。だから絶対に行きましょうね」
大原警部は何も言わなかった。
「警部、なんで答えがないんですか?」
「そうだね」
「そんな曖昧な答えはいりませんよ」
新居刑事がまた何かを話そうとしたのだが、目的地に着いた。
解放できたと思った大原警部はすぐ車から降りた。
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