8

大原警部はアパートに戻り、管理人室へ入った。


「自分は無実だと言うんです。あの女がいきなり入って来たと主張しています。それ以上は何も話してくれません」と新居刑事は大原警部の耳元でつぶやいた。


心配いらないというふうに、大原警部は新居刑事の肩をコンコンと叩いて管理人の前に坐った。すると管理人はいきなり言いたいことをまくし立てた。


「あの女が勝手に入ってきて、ナイフで僕を殺すと言ったのです。僕は何も知りません。本当です!早くあの女を逮捕してください!」


大原警部は徐に手を上げて管理人を制した。


「あんまり興奮しないでください。橘さんとはちゃんと話をして来ました」


「ど、どんな話を?」管理人はすこし動揺している様子だ。


「昨日の夜の事どか、たまたまにやっている事どかを……いろいろ聞いてきましたよ」


こう言って大原警部はにやりと笑った。


「な、な、なんの話か全然分りません」


管理人はすごくうろたえている。自分の知られたくないことがばれたことにおびえ始めた。


「もう嘘はやめましょう。証人は二人以上もあるのです」


管理人は黙った。


「話してくれませんか?あの夜の事を」


額の汗を拭いてから管理人は話しだした。


「……あの夜、いつも通りに寝ようとして、布団の中に入りましたが、急にトイレに行きたくて起きました。時間は0時だったと思います」


「話してないことを言え!」と新居刑事は叫んだ。


その声に怯えた管理人の身体は震え出し、声は泣き声に変わった。


「なかなか眠れなくて、ドアを少し開けておいて隙間から外を覗きました。何分待ったのかは知りませんけど、内田薫が入ってくるのを見たのです。どうしようかと迷ったすえにこっそりと2階へついて行くことにしました」


「お前!」


大原警部は今でも管理人に飛び掛ろうとする新居刑事を抑えた。


「続けてください」


「2階へ上がって角からちらっと覗いてみたのです。すると、内田薫が廊下に座り込んでいて、とても驚いていた様子でした。僕はすぐ駆け寄ったんです。そこで、長谷川君の死体を見たので、とてもびっくりしました」


「なぜその時点で警察に連絡しなかったのかね?」


大原警部の穏やかな声に、管理人の緊張と怯えも少しずつ解れていた。


「第一発見者が殺人容疑にかけられうのではないかと思い、内田薫には、僕が明日の引越屋と一緒に死体を発見すると言いつけました。現場不在証明のため、僕は35分に長谷川君の部屋から物音が聞こえたと証言して、内田薫には部屋に入った後にすぐ誰か廊下を走る音が聞こえたと証言するように、言い聞かせました。その後は部屋に戻って何事もなかったように寝ました。翌日の事は昨日も言ったどおりです」


橘れいこからもらった証言と一致している。


「後で他の警察が来てもっと詳しく事情聴取をしますので、その時も正直に全部話してください。もちろん、昨日の夜の事もです。僕は何もかも知っていますので、ずるは駄目です」


「はい、分りました」


管理人室を離れて、新居刑事は訊いた。


「昨日の夜の事ってなんの事ですか?」


「そうだね、何のことかね?僕にもよく分らないんだよ」


「えっ!本当ですか?」


「そうだよ。罠をしかけたまでた。それより、今から内田薫と会ってみよう」


昨夜の事を新居刑事に話したら、どんなばかげたことをやらかすか分らないので、何も言わないことにした。


それにしても、内田薫の取った行動は腑に落ちない点がある。確かに、第一発見者は容疑者リストのトップに上がる人になるんだけど、やってないのならそんな事に恐れて真実を話さないほどでもないと思う。


「警部!」新居刑事は何か思いついたらしい。


「何だね。大事な手がかりでも見つかったのかい?」


「そんな事じゃないんですよ。橘れいこはなぜ管理人を殺そうとしたのですか?」


「内田薫の証言をとってから話てあげよう。もしくは、内田薫が自ら教えてくれるかもしれない」


「本当ですか?」


新居刑事の両目には期待が満ちていた。内田薫の口から本当の事を知っても、こんな明るい顔をして事件の解決に取り込めばいいんだけど。


若い時にはいろいろと大変の経験を積むべきだと、大原警部は思いなおした。これも、新居刑事への一つの試練になるので、成長に大きな役割を果たす。まじめ顔をしてわざと大人らしく振舞うのではなく、早く本当の大人になってほしい。


けれど、傍にあんなに生き生きとした若者が一人ぐらいいるのも悪くない。少なくとも、若者の影響で自分も若く感じてします。


ここまで考えて大原警部は思わず笑いをもらした。


「何がおかしいんですか?」と新居刑事。


「いやいや、何もおかしい点はないよ」


「へえ、なんか変ですね」


「考えすぎなんだよ、新居君」


「本当に考えすぎならいいんですけどね」


大原警部は橘れいこからもらった証言の一部を話した。


「なら、今日中に橘れいこが駅の近くて5時から待っていたことを証明できる証人をさがします」


「頼んだぞ、新居君。ここ3ヶ月間、休日以外はずっと待っていたから、覚えている人がいると思う」


「あの夜に、ずっと駅前で待っていた証言を得ると、容疑者リストから外してもいいですよね」


「そうだね」

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