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渋茶という喫茶店は思ったより渋くはなかった。1階は個室ばかりで、2階はテーブルと窓際のカウンター席で作られたおしゃれな喫茶店だ。


大原警部は一人で個室にしたいと言ったので、従業員は面倒な顔をしたけど、すぐ接客笑顔に戻して案内してくれた。


紅茶とビスケットを頼んだ。


従業員はすぐ、注文品を持ってきて「ごゆっくりどうぞ」と言って、出て行った。香りだけでも、高級そうな材料で作ったと判断できる。でも、これは大原警部の勝手の思い込みで、事実、それほど高級な材料で作ったわけでもない。大原警部は食べることには興味あるけど、作ることになるとまったくだめだ。評論家でもないのに、評価するのが癖である。


ポケットから長谷川健也の写真をテーブルの上において見つめ始めた。なぜ長谷川健也は殺されたのかはまだ判明していない。小さいトラブルで人を殺めることができるような人はいない。もし、そうでもなかったらどんな理由で人を殺めるんだろう。しかし、自分がどうでもいいと思うことを、他人はとても大事に思うこともあるから、この世ではいろいろんな殺人が起こる。


お茶がなくなったので、呼び鈴を押して従業員を呼び寄せた。


「はい、何かご注文ですか?」接客笑顔ではなく、自然な笑顔を浮かべた女の子が入ってきた。


「紅茶をもう1杯お願いします」


「かしこまりました。以上でよろしいですか?」


「あとね、訊きたいことがあるんだがね、ちょっとだけでいいから、大丈夫かね?」


「はい、何でしょうか?」


従業員は戸惑った顔をしながら大原警部を見つめた。


大原警部は長谷川健也の写真を従業員に渡した。


「この男を見たことはあるのかね?この間、ここの店に来たと思うんだよね」


従業員は長谷川健也の写真をじっと見つめてから話し出した。


「そうですね、毎日沢山のお客さんがいらっしゃいますから、よく覚えていません。でも、何だか見たような見ていなかったような気がします」


「一緒に、年増の着物すがたの女性と一緒に来たと思うんだけど、見覚えがない?」


着物の女性が従業員の記憶を呼び起こしたらしい。


「あ~。覚えてます。私がお茶を運んできました」


「その時の事をもっと詳しく教えてくれないかね?」


従業員はなぜですか?というふうな顔をした。


大原警部は自分は警察だと教えながら手帳を見せた。


「警察!この男に何があったんですか?」


「知りたいならまずあの時の事を教えてもらえないかね?」


「や~だ。おじさん、意地悪っ。ええと、注文した飲み物を持って個室へ入りましたよ。二人の会話は急に止まりましたけど、とても重い雰囲気でした。個室から出ていってドアと閉めた時、かすかに聞こえたんです。女性の方が『あの子を捨てないでください』と言いました。その後の事は何も知りません」


「よく覚えていたのね。先週のことなのに」


「そりゃそうですよ。着物を着た女性が入ってきたのが今年で初めてなので印象にの残ってます。そのことでほかの従業員たちといろいろはなしましたもの。二人はどんな関係かなと」


「一緒にいた人はこの男に間違いはないかね?」


大原警部はもう一度長谷川健也の写真をみせた。


「もちろんですよ。恋人でも親子でもない感じでしたので、あの日もどんな関係かなあって考えてみたんです。それでおじさん、この男になにがあったのか教えてくれますよね」


「死んだよ」


大原警部はそっけなく答えた。


「ええ!本当ですか?やっば!でも、今考えてみると、そんなに好印象でもなかったからね。この男は偉そうに座っていたから。なんか嫌な男だね」


「ほかに思いだしたことはないのかね?」


「これ以上はないの」


「ありがとう」


従業員は出て行った。あの年頃の女の子は刺激的な話題に興味があるので、今からでもガールズトークのネタにするだろう。


喫茶店を出て署へ戻ろうとしたけど、お腹がすいてきた。腕時計を見たらもう13時もすぎたのだ。昼ごはんを食べてから戻ろうと決めて、近くにあるレストランに入った。


どんなに忙しくても腹をすかせるわけにはいかない。

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