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翌日、竜は珍しく早起きしてせかせかと履歴書の用意をした。書いては消したり、消したりはまた書いたりしてやっと満足のいくまで踏ん張った後、デモ曲が入ったディスクと一緒に封筒に入れた。わざと、田中さんの出勤時間をかわしてアパートを出て郵便局へ向かった。捕まえたらまたどんな話をきかされるかわからないから。


「いい天気だよね」竜はうきうきしていた。


「そうだね」


竜がうれしいと、僕もうれしくなる。


「こんないい天気じゃ、きっと何かいいことが起こるに決まっているよ。今までずっと夢見てきたことがまさに、現実になるかもしれない。返事が来たらすぐ内田さんに」


竜は照れたように頭を少し下げた。


「告白しようとしてるの?もし、写真でも撮られて週刊誌に載せられたらまずいんじゃない?新人歌手に変なスキャンダルが付きまとってはよくないと思うけどね?」


僕の言葉で竜は我にかえった。


「スキャンダルでもっと沢山の人に知ってもらえる策略もいいね」


「恋愛のスキャンダルで知名度を上げたって長くはもたないよ。それに、竜、あなたもしかして内田さんを駒扱いするつもりなの?」


「違う!そんなひどい言い方はやめて。内田さんを大切にするにも足りないのに駒扱いなんて絶対しないよ」竜は強く否定した。「私は音楽で勝負したいの。歌手になれなくても、作曲家、作詞家にはなれるんじゃない?自分でもいろいろと作ったり書いたりしてみたから。これはいいきっかけになるんだよ。私の才能を認めてくれる人はきっと現れる。私は固く信じている。それに、告白したってバレなければいいんじゃない。きっとうまく付き合えるよ」


しかし、僕の心の中ではやりきれない思いが残っていた。こんな形で竜の尻押しをしてもいいか?かえって害になるのでは?と一人葛藤した。そもそもデモ曲を聞かせたのがよかったのだろうか?


竜は郵便物に願いを込めて送った。


(うまくいきますように)竜が心の中で祈った。


「うまくいくといいね」僕がつぶやいた。


「絶対うまくいくよ!じゃなかった。うまくいったらいいね」


竜の性格が出てきた。100%の期待をしないこと。


郵便局から戻る途中、コンビニに入った。いろいろんな新聞会社の朝刊に目を通してみた。漸く、アパートの殺人事件の記事が見つかったけど、軽くふれただけだった。写真さえ載っていなかった。他の新聞も隈なく捜してみたが、それ以上、殺人事件の記事は出てこなかった。


憤慨した竜は、コンビニから出で近くの小さな公園に入った。


「大丈夫よ。夕刊にはきっと出るかも知れないんじゃない?」僕がなだめた。


「夕刊にも出てこなかったらどうしする?」


「そうね。殺人事件、失踪事件は毎日起こるから、新聞に期待するのではなくデモ曲に期待してみたら、竜もいい感じだと思った板のだろう?」


「しかし、今よく考えてみたら、100パーセント受かるわけでもないじゃない。今日の新聞記事みたいに。何ですべては思い通りに行かないんだろう。私の望みはそんなにかなえないものなんなのかな」


「きっとすべてがよくなる日はくるんだから。もう少しの辛抱だよ」


竜はあったかい日差しを浴びながら両目を閉じた。気持ちいい日差しが竜の気分をも優しくしてくれますように。でも、こんなだらしない竜を見ているだけではいけない。


「まだ昼だよ。何かしなさいよ」


「何をすればいい?」


「そりゃ、練習でしょ。少なくともデモ曲をうまくできるまで練習しては?」


「そんなの、共同作業をしたっていっとけばいいよ」


こうなったら竜に何を言ってもきいてくれない。


僕はできることはした。これ以上何をしてあげればいいかわからない。デモ曲もあげたし、毎日のように励ましたりもしたし。


竜には才能があるかどうか、正直、今はわからなくなってきた。才能があってほしいけど、このままじゃあったはずの才能も消えてしまう。一層そうなる前に、才能を磨くが現実を受け入れるか。


今の竜にとって一番いいのは夢から覚めること。今度目覚めた時、これ以上あんな夢に惑わされるんじゃなくて、現実に目を向けてほしい。

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