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「内田さん、なんかすごく思いつめた顔をしていたんだよね」バイトが終って帰り道に着いた時、竜が話し出した。「やっぱり、長谷川と付き合っていて、別れ話が出たけど思いが残っているのかなぁ。好きっていう気持ちはすぐ消えないから悲しんでいるのかな」
「そうだね。長谷川君と別れた話もそうだけど、人が死んだ今回の事件でショックを受けたでしょう。死んだ人がだれであろうと」
「ショックも何も、あんな人死んで当然だと思うけどね、私は。田中さんの話も聞いたでしょう?あんなろくでなしと別れて本当にいい選択だったのに……」
「それで、これから内田さんに好意を示してもいいと思っているでしょう」
「違うよ。ただ、心配だから。下心とか全然ないよ。これを際に親友にでもなったらいいと私は思う。本当だよ」ぎこちない返答だった。
「でも、駅で出会った時、告白しようとしてだんじゃない?」
「そんなことないよ!聞き間違えじゃない?大変な時にそんなことするなんて、最低よ。人が弱っている隙を狙ってるみたいじゃない」
「そうなんだ」
「全然信じてないでしょ。でも、誰が長谷川を殺したかなあ」
「犯人が気になるの?」
「それは勿論気になるよ。同じアパートに住んでいる人かもしれないし。殺人犯と同じ屋根の下で暮らしたくはないよ。無差別殺人だと、私も気を付けないと」
こう言いながら竜は周辺を見渡した。変な人がいないのか、確かめた。
「竜は誰だと思う?」僕が訊いた。
「そうだね。内田さんは絶対違うと思う。残りは、3人なんだけど、その中で長野さんは考量しなくてもいいと思う。」
「なぜなの?」
「え!それも知らないの?こんな話があるんじゃない。オタクは来週のアニメを見るために罪を犯さない、とね。まぁ、そんなことでなくても、殺人を犯すような度胸もないよ。見ると分かるでしょう」
「そうなの?でも、以外な人が犯人ていうこともあるんじゃない。だから見た目で判断してはいけないよ」
「そうかもしれないけど、どうみても殺人をするような人には見えないな。それに、動機がないでしょう、動機が。二人は、私の知ってるかぎりではなんの接点もないから」
「動機ね」僕は少し考えてから話をつづけた。「僕はね、竜もあることに夢中になってオタクになってほしいんだよね。自分の好きなことに夢中になってひたすら頑張る姿がかっこういいと思う。だから竜もオタクになってほしいんだけどね」
「私はならないよ。歌手になりたいんだもん」
「歌手になりたいなら、オタクの精神を鑑にして頑張ったらどう?僕が言いたいのはこのことなの」
「うるさいよね、今は誰が犯人なんかを話しているでしょう。なぜ急に私に話題を変えたの」
「歌手じゃなくて、探偵になるつもりなの?」
「もちろん、ないよ」
ここまで言って、竜は少しの間、黙っていた。
「次は、田中さんだよね。おしゃべり好きだけど、人を殺すとは思わないんだよね。長谷川を殺す理由がないんじゃない」
「この理由はどう?」
僕がこういうと竜は関心をしめした。
「どんな理由?」
「長谷川と内田さんが付き合って別れ話をしたのを聞いたと言ったじゃない」
「うん」
「そのことで、強請った?ってことは?ほら、長谷川も大手会社に入るでしょう?こんなスキャンダルがばれたらまずいんじゃない」
「なら、田中さんはなぜ長谷川を殺さなくてはいけないの?強請るためには、死んだら台無しじゃない?」
「僕が思うには、強請った時、争いになって、謝って長谷川をころしたの」
「そんなもんかな?長谷川がそう簡単には殺せないとおもうけどね。それに、犯行現場も長谷川のへやだったんじゃない?争いがあったらきこえたでしょう」
「そうだね。なら管理人は?」僕が訊いた。
「管理人は絶対無理でしょう。金好きなんだから。だから、殺せないんだよ。考えてみて。もし、このアパートに殺人事件が起こったと知られたら、家賃ところか、誰も住もうとしないよ。事故物件に住もうとする人はそうそういないよ」
「確かに」
「そう言えば、管理人と相談して、家賃をもうちょっと安くしてもらおうかなあ」
「なんで?」
竜が何を企んでいるのか、僕にはすぐわかった。
「殺人事件が起こったでしょう?」
「うん」
「だからなのよ。殺人事件が起こったアパートには住みたくないっていうの。管理人はきっと私を行かせまいと思って、家賃を安くしてくれるかもしれないよ。いい考えでしょう!」
「人の弱みに付け込むもんじゃないよ」僕は厳しく言った。
「わかってるよ。冗談、冗談」
「最後の容疑者は竜と僕だよね」
竜はびっくりした。
「そんなことしないでしょう。私もあなたも」
「本当にそう思っているの?」
僕の言葉に竜は黙ってしまった。確かに、あの時竜は寝ていたので、僕が何をしたのか全然分っていない。
「僕がやるわけないよ。心配しないで」
竜はほっとした様子だった。
「驚かせないでよ。こうなると、犯人は外部の人間になるってことだよね。それでも、ここから引越したい。あんな狭い部屋から解放したい。日当たりもよくて、バルコニーもあって、部屋は二つがいいな。それに、風呂もある広~い部屋がいいな」
「しかし、竜には引越しする金とかあるの?」
僕は夢見ている竜に水をさした。
「それはないけど」躊躇ってから竜は自信ありげに「でも、時間が経つとすべてが変わるよ!絶対」と言った。
「例の新聞のことなの?」
「そう。今月中に連絡がくるかもしれない。もしそれでデビューができたら、すぐ内田さんに告白するつもりだよ」
「なんで今しないの?」
「さっきの内田さんの返事を聞いたでしょ。きっと、今の私には未来がないから不安に思っているに違いない。私が歌手もしくは芸能人になったら付き合ってくれるに決まっている」
「内田さんはそんな人には見えないけど」
「私も内田さんはそんな人と思っていないよ」
「ならさっきの告白はなんなの?」
「その場の勢いで思わず言ってしまっただけよ。時間が経てば内田さんの傷も癒されるでしょう」
「すると、長谷川が死んで得をする線で捜査をしていたら、竜が一番あやしんだね」
「誰も私が内田さんの事を好きっていうことを知らないんだから大丈夫だよ。あっ、あの警部が知っている。知っているというより、気付かれてしまった。どうしよう。そんなことで、僕を犯人扱いにされては困るよ」
「そうだね」
ここで沈黙が訪れた。夜風はすっかり寒くなってきた。秋は収穫の時期なのに竜の夢が実る季節はいつ来るんだろう。その日は本当に今月にあるんだとしたら、どれほどいいことだろう。
竜が先に沈黙を破った。
「大丈夫よ。私はやってないから。恋沙汰で人を殺すなんて、私には到底できっこないよ」
そう。竜は絶対そんなことをしない。恐がり屋だから。それに、あの時間帯に竜が寝ていたのは本当の事。僕が証言してもいい。ただ、僕の事を信じてくれればの話なんだけど。自分で考えてみても、そう容易く信じてくれない情況じゃないと思う。
アパートにさしかかろうとした時、窓越しに内田さんは廊下を渡るのが見えた。内田さんは管理人室の前に立ちとまった。ようやく決心したようにノックした。
内田さんの影に隠されて管理人の様子は見えなかったが、竜の心の中はなぜか嫉妬の炎が燃え上がった。
足早にアパートの中に入って、足音の忍びながら管理人室の前に立って、耳を壁にくっつけた。盗聴する気はなかったけど、内田さんはこんな夜中に管理人室へ行くのは不自然に思ってしかたなかったからだ。
壁越しに話し声が途切れ途切れに聞こえてきた。
「これからはずっと言うことを聞いてもらうからね」管理人の声はなんとなくいやらしく聞こえてきた。
「やめてもれえませんか?」と内田さん。
「そんなことができると思っているのか?」
「でも、あのことは私のやったことじゃありません」
「そんな根拠のない話に、警察は耳を傾くと思うかね」
「やはり私、正直に全部話したいです。それを言いにここへ来ました」内田さんの声はきっぱりしていたけど、心細かった。
「本当にそうしたい?でも、全部話したらあなたの人生はそこで終わりだよ。びしびし取り調べられるし、会社は辞めさせるし、親にも火が飛び散るかもしれないよ」
「親はありませんので、好きにしてください」
「しかし、友人と同僚に知られたらあなたはどうなると思う?容疑者にされるってことはほぼ犯人と確定したことになるんだよ。それぐらいの事はちゃんと分っているんだよね」
内田さんは何も答えなかった。
「言うことさえちゃんと聞いてくれたら、何も言わないよ」
「それって、いいなりになりなさいってことですか?」
「どう解釈するのは勝手だからね。さあ、先ずは……」
ここまで聞いた竜はこれ以上耐えられなくて、自分の部屋に戻った。歯をかみ締めながら一人で怒りを抑えていた。
「今からでも遅くないから、助けに行って」僕は言った。
「できないよ」
「なぜ?」
「管理人と揉め事を起こしたら、ここから追い出されるかもしれないし、私が芸能人になったらデビュー前は年寄りに暴力を振るったと、記者は勝手に解釈するし。私にできないよ」
「でも、後悔するよ」
「芸能人になれない方がもっと後悔する」
僕は何も言わなかった。そうすると、竜は自分の行為を正当化するかのようにこう付け加えた。
「管理人室に押し入っても私には何もできないよ。誰からでも感謝の言葉を言ってもらわないし。管理人は内田さんの弱みを握っているみたいだから、私が邪魔したら、もっと内田さんを不利な立場に置かされることになる」
「そうかもね」
「私に何かさせようとしないで、あなたが何とかしたらどう?綺麗事ばっか言って!」と竜はうなった。
「ごめん」
それ以上、僕たち二人は何も言わなかった。
ベッドには入ったものの、竜はなかなか眠れなかったので、パソコンを立ち上げた。何もやることがなかったので、自分が録音した音楽ファイルを開いた。自分の下手な歌声にあわせてに口ずさむ竜は、少し機嫌を取り直したらしかった。
「えっ、これなに?」
自分に見覚えのないファイルがあったので開いてみたら、中にはデモ曲というオーディオファイルがあったので開いてみた。
パソコンからギターの音が流れてきた。
「この曲いい!」と竜はもらした。「まさか、あなたが作ったの?」
「う、うん。あなたが寝ている間にね」
「この曲ならきっと採用されると思うよ」
「竜が使ってもいいよ」
「本当に!」
竜はさっきまでの事をすっかり忘れてかのような嬉しそうな顔だった。
「本当。だって、僕たちは二人で一人なんだから」
「なら、遠慮なくいただきます。早速明日、音楽会社へ送ろう」
竜はこの曲がとても気に入ったらしく、リズムに合わせて頭を左右に動かした。
「どの会社に送るつもりなの?」僕が訊いた。
「それは決まってるでしょ。XO会社だよ」
「それって、長谷川が所属していた会社じゃない?」
「うん。そうだよ。だって、あの会社は日本で一番の大手の音楽会社だから。大丈夫、この曲なら絶対問題ないんだから」
僕が心配しているのはその事ではなかった。でも、問題はないでしょ。これはデモ曲なんだから。
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