2
駅のホームで内田さんとばったり出会った。ちょうど電車から降りるどころだった。
竜は顔には出てないけど、とても喜んでいる。幸せの気分が僕にもわかる。
「バイトなの?」内田さんが先に声掛けてくれた。
「はい」うれしくて震える声を抑えながら、竜は答えた。
「内田さんは?」竜のこの問いに内田さんは顔をしかめた。
「どうしたんだすか?」竜が心配そうに訊いてみた。
「ううん。別に何もないよ。ちょっと買い物をしただけ」悲しい色が内田さんの顔をかすめてすぐ消えた。「いやだよね。殺人事件なんか起こって…」
「そうですね」竜は相槌を打った。
「でも、鈴木君はいやな顔をしてないみたいけど」
内田さんの冗談に竜は心を見抜かれたと思ってまごついた。確か嫌だとは思っていない。何しろ、今は片思いを寄せている人と会話をしているんだから。
「えっ、そ、そんな事ないですよ」
竜は否定した。
「あんなアパートから早く離れたい」
内田さんは竜の答えに気にしていなかった。
「引越しするんですか?」
心配そうに竜が聞いた。邪魔だった長谷川もなくなったので、自分に機会が来るかもしれないと、竜は期待している。
「今は無理です。いろいろんなことが起こって、私の足を引っ張っているの。離れたくても離れない。どうして自分だけこんな目にあうのか思ってもみたけど。これが私の運命でしょうね」
竜は内田さんを抱きしめたい思いにかられたがぐっと我慢した。いきなりそんなことをしたらきっと痴漢と呼ばれる。
「いやなことは時間とともに消えて行くんです。なにか好きな映画を見たり、好きな食べ物を食べたりして元気だしてください」
内田さんはこの慰めに微笑して見せた。
「ありがとう、鈴木君。鈴木君は優しいよね。あなたと付き合っていればよかった」
「えっ!」
内田さんは自分が不意に言ってしまったことにすばやく弁解をした。
「私が言ったこと気にしないで。ひとり事だと思って忘れてね。でもね、時々本当にそう思うんだ」
「私と付き合うことですか?」竜の口調には期待がこめてあった。
「そうじゃなくて、何でもっとマシな男と恋に落ちなかったって事よ。今までの彼氏ってろくなもんがなかったの。今度こそはと思いながらも、いい男は好きになれなくて。私って変でしょう。なんでこうなってしまったのかなあ」
ここが正念場と思った竜は思いっきり話し出した。
「こんな時になんですけど、もしよろしければ……」
内田さんは片手を挙げて竜の言葉をさえぎった。
「ごめん。竜にはもっといい女の子が似合うよ。私みたいな人じゃなくて。きっとそのうち現れると思うよ」
「でも……」
竜はまた何かを言おうとしたけど、その時電車の来ますというアナウンスが流れてきた。
「バイトへ行くんでしょう。早く行かないと電車に間に合わないよ。バイバイ」と言った内田さんは出口に向かった。
内田さんの後姿を見つめたが、『ドアが閉めます』というアナウンスを聞いて、電車に飛び込んだ。するとすぐ『駆け込み乗車は危ないですので…』というアナウンスが車内で流れた。
でも、竜の耳にはそんなことは聞こえていない。
電車の中でも竜の頭は内田さんの事でいっぱいだった。竜が何も話さなくても、僕には分る。だって、ここで住んでから、内田さんと一番長く話したから。この幸せな時間を忘れたくはないだろうな。バイトまでの時間だけは幸せの気分に浸っていたいだろう。
「ねぇ、見込みはあると思う?」
竜がいきなり話しかけた。
「どんな見込み?」
「もちろん、内田さんと付き合うみこみだよ」
「そんなの、僕、わからないよ」
「そう?こんな時に優しくしてあげたら……」
「優しくってどうやって何をしたいの?」
「もちろん関心をしめすんだよ。つらい時なんだけど、一人じゃないと教えるんだよ」
「そんなことをわかったところで内田さんは竜に関心をもつのかなぁ?」
「そりゃ、一回や二回だけでは足りないんでしょうね。でも、そんな好意が続くと内田さんもわかってくれるよ。気持ちを」
「そ、そうかもね」
「どうしよう。そうなったらうれしくって眠れないかもしれない」
でも、僕からみれば、そんな可能性は全然ないと思う。竜はそんなことをする人ではないと思うから。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます