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冷たい苺牛乳がぬるくなるまで、時間をかけて飲んだ大原警部は資料を手に取って見始めた。現場にはよくいかない以上、資料はちゃんと目を通してなに一つ見落とさないようにしている。そして、資料で不審に思った点があったら鑑識を呼んで確かめるか、現場に足を運ぶかをする。
被害者は長谷川健也、21歳。沖縄出身で今はとある音楽会社の所属アーティスト。このアパートに引っ越してきたのは今年の5月。今日、つまり11月1日に引越しする予定。引越し業者がきたが、連絡がとれなく管理人に頼んで一緒に長谷川の部屋へはいって、死体を発見。死因は心臓に突き刺された包丁による即死。死亡推定時刻は深夜の0時から2時の間。包丁には二人の指紋が残ってある。一つは長谷川の、もう一つはまだ解明できていない。部屋は荒らされた形跡はないことから見て、強盗殺人の線は消えた。
死体の様子は?と思い、大原警部はデジタルカメラに電源を入れた。壁にもたれた長谷川は苦し紛れに胸を刺された包丁を掴んだけど、結局死ぬことは免れなかった。顔はゆがめていたが、人をあざける性格っていうのは尖った顎から伺われる。
この人は敵を作るタイプだなあ、と思い大原警部は部屋の写真に目を通した。大した発見はなかったので電源を切った。
始めて死体を見た新居君はどんな顔をしてるかな、と思いつつ大原警部は牛乳が残ってないかと紙コップを揺さぶってみたが、なかった。
住人への聞き込みは昼ごはんでも食べてからしようと思っていたところ、新居刑事が部屋に入ってきた。
青ざめた顔をした新居刑事はベッドに力なく腰を下した。
「始めて見た死体はどうだった?」大原警部が優しく問いかけた。
「吐き気がします」
「さっきまでの元気はどこへいったのかい?」
「少し休ませてください」こう言って新居刑事は横になった。
「こういう時はね、糖分が身体に効くんだよ。特に苺牛乳の効果が抜群だね。飲みたくないかね?」
「すみません、お願いします」
「じゃ、早く買ってきてくれ」
「えっ、僕ですか?」急に起き上がったが眩暈がしか、新居刑事はまたベッドに倒れた。「勘弁してくださいよ。僕は今、歩く力さえないんです」
「すぐ近くにコンビニがあるから。ならそこで飲み干して帰ってもいいよ。私のをわすれないでくれれば待てるんだね」
あきれたらしく新居刑事は力を振り絞って立ち上がった。
「苺牛乳だけでいいですか?」
「うん。それだけでいいよ」
新居刑事の落ち込んだ背中がドアの向こうに消えたのを見届けて、大原警部は昼ごはんは何にしようかと考え始めた。
新居刑事を待っている間、大原警部は今まで集めた資料にもう一回目を通した。やはり新しい発見はなかった。物証から何か得られると期待できないと思った大原警部。でも、このアパートの周辺をみても、人通りがすくないので、深夜の目撃情報を得ることも難しい。だれた通りを歩いたとしても、このアパートに目をとどめることはまずないと思った。なんの特徴もないとても普通なアパートだから。
「どうしようかな」
大原警部は考えた。
「それにしても、新居君。遅いね」
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