3

その日の竜の気分は優れてなかった。


昼までタバコを吸ったり、小説を見たりして過ごした。でも、何をしても気分はよくならなかった。


この間、拙い歌声が録音されてあるディスクを音楽会社に送ったことを思い出した。今日が返事の来る日だったのでパソコンを立ち上げた。期待半分と失望半分の気持ちでメールのチャックをした。なぜ、竜は100パーセットの期待で結果を待つことができないのか、僕には理解できない。いつも、一番悪い結果を頭の中で再現する。竜の話によると、痛みが最小限になるから。


また審査通過しませんでしたの返事だった。


マウスをベッドの上に投げつけて、髪の毛を掻き毟る竜を僕はただ見るしかない。内田さんへの片思いが崩れたこともあって、竜が完全に落ち着くにはいつもより時間がかかった。


「大丈夫?」ベッドに寝そべっている竜に声を掛けた。


「もう大丈夫。いつもの結果なんだけど、いつもつらいよね。こんな不確かな未来をいつまで夢見ればいいのかな」


竜の声には力がなかった。怒る気力もなかった。


「バイトまで時間はあるし。その間だけでもいいから、ギターの練習をしたらどう?」


僕は優しく言い聞かせた。


「いや。やりたくない」竜は面倒くさそうに言って顔を壁に向けた。


「ギターがうまくなったら、歌もきっとうまくなるよ。その時もう一回履歴書を送ったらきっと受かると思うんだ」


「うるさいよね」


「えっ?」


「うるさいって言ってるの。そんなうまい話あるわけないでしょう」竜はつづけてまくし立てた。「夢って言うものはね、叶えた人が捨てないと夢見る人に転がってこないものなのよ!わかった?僕みたいのは待つしかないの!」


「どういうこと?」僕は訊いた。


「つまりね、夢っているクラスがあるの。その中にはもう生徒がたくさんいて、空いている席がないってわけ。誰かいなくならないと後から来た人はそのクラスに入れないの。分った?」


「わからないよ。そんな抽象的なこと。それに夢のクラスって誰がそんなのを決めたの?全部竜の一人の妄想じゃない?だから、そんなこと言わないで、練習してよ」僕はなだめるように言ったけど、逆効果だったみたい。


竜は頭を布団の中に隠して、「いや、いや」といいながら喚きだした。


しばらくたって、竜は泣き声で言った。


「なんで長谷川みたいな、あんなやつが歌手になれるのよ!私はあいつよりかっこいいし、歌だって練習すれば絶対あいつより何百倍うまいのに決まっているのに。なんでなの。なんでなのよ!」


竜はまた何かをぶつぶつと口にしたが、僕は別の事に思いをめぐらした。もし、竜が言ったように、長谷川があのクラスからいなくなれば、竜は入れるかもしれない。いや、かもしれないじゃなくて、きっと入れると思う。僕が何とかして、あのクラスから長谷川を追い出さなくては。そうすると、竜にも機会が転がってくるかもしれない。


竜が話してた夢のクラスの話は信じたくないけど、もし、もしそんなのが本当にあるとしたら、やる価値はある。


そのクラスにいる人のなかで一番身近にいるのは長谷川だけ。だから、長谷川を引っ張りださないと。彼にはもうしわけないけど、こんな竜をこれ以上みたくない。


僕は心の中で堅く誓った。


夢のクラスに竜の席を作ってあげることを。竜の夢を僕が手伝ってあげたい。そして竜が輝く姿を僕も見たい。この宝石の原石が磨きあげて輝くその日が楽しみだ。

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