第60話街が国へ至るまで

アエリアとナターシャが送り込まれた兵士をほぼ打倒し、グランチェストを護ってからおよそ10日が経過した


これ程の時間が経過してようやくその兵士を差し向けた本人、アールギィの耳に全滅との報が届いたところである



屋敷の中は静まり、誰一人として声を上げようとはしない

静寂の中、魔法ランタンの明かりだけが室内を照らしている


時刻は本来ならばアールギィも寝ている様な時間だというのに、この屋敷の全員が、いや、その街すらも寝ている雰囲気はない


この街…いや、国全体が悲報に悲しんでいるのだ


動員された兵士の多くの家族が泣いている

残された者たちは悲しむだけのものもいれば、復習に沸く者もいる


これが、アエリアの行ったことによる結果だ


戦場から帰るものは未だ居ない、生き残っていた者の多くはグランチェストに囚われているからである


果ての無い、戦火の始まりとはこういうモノなのかもしれない



そしてアールギィは失意の底から再び殺意を燃やすまでそう時間はかからなかった






「本当に、死んでいれば…だけどね」


アエリアはそう誰にも聞こえない声で呟いた



「聞こえてますよ。ほんっとにもう、おかげで手に入れた若さの殆どを失ったじゃない」


「そういうなよナターシャ。私らの目的はそうじゃないだろう?」



アエリアとナターシャの眼の間には20万人もの軍勢が並んでいた


「これ、どういう状況なんですか…」


そう言ったのはマトラだ


「集団幻覚でも見たんじゃないか?私ら二人に殲滅させられる夢でもな」


アエリアはそうマトラに返した

あの少女の姿ではなく、かつて別れた頃程度にまで成長したアエリアがそこにいた


「ああもう、理解不能ですよこれ。なぜ伯爵の軍がアエリア様に付き従うようになっているのかとか年取ってるのはなんでなのかとか…魔法でここまでの事はできないでしょう?」


「まぁ深く考えるな、魔法でも可能だよ。むしろ魔法だったからこそ可能なのさ」


「はぁ」


マトラは深く考えるのをやめた

これ以上このお姫様になにを言っても通じないと思ったからである


ノーチェスに報告が入って、すぐにマトラはアエリアの元へ駆けつけた

そこでトリギュラ男爵との話の矢面に立たされ、さらには貯めこんでいたエルフの国とノーチェスの食料を放出されられた。それの運搬は20万人もいる兵士だ、問題なく行われている


なにより怖くなったのはその兵士のほぼすべて全員がアエリアを王として仰いでいたことである


ナターシャにも従順に従うその姿は本当に怖かった


その中で、ダッソという冒険者だか傭兵だかと話をする機会を得た

彼によれば、二人に殺されたのだという

しかし生きている。これは訳が分からない

殺された記憶があり、その後に赦された記憶もある

そして赦されたことにより生きている自分たちはアエリアとナターシャに従わなければ死ぬということだけがわかっていると言った



次に会ったトリギュラ男爵は説明を求めた

しかし十分なことがわからない

彼はアエリアとナターシャが翼を生やして殺戮していたという

だが、気が付けば全員死んでおらずにただそこに立っていたといった


但し


戦場であろう場所に突き刺さった矢であるとか


火魔法により起こったであろう焼け跡


兵士のぼろぼろになった鎧や武器、崩壊しかけている地面など


それらは確実に戦闘がそこであったと示していたという



ひとまずは自分の中に折り合いをつけたマトラ

呼ばれた理由は戦後処理、さらには20万人も増えた兵士の食料や寝床をどうにかするといった事をさせられていた


「元々20万人住んでいた街です、それでも受け入れられるのは精々が5万くらいが限界ですよ…だから総動員で街の外壁の拡張を行っています。それと同時に食料の買い入れ…産業がなさすぎですよこの街…」


「そもそもが冒険者稼業がメインの街だ。食料も衣類も殆どが輸入だよ」


そう言うのはトリギュラ男爵だ


「だからってですね、人口が倍、それもいい大人ばかりですよ!?トラブルは起きてませんけど食料も居場所も金もなにもかも足りてません!どうして兵士を返さないんですか!」


「マトラさん、それについては兵士達から拒否されているだろう?私の街は受け入れるだけ受け入れる街なんだ…」


「話、聞いてます?」


「聞いているとも。もともと難民受け入れをするために作ったような街だ。だから違和感はない・・ことも無いか。今回のは経緯が経緯だからな…しかし今まで戦力だけ過剰に集めていた、だからこそ今までこのように攻め入られることも無かったんだが…まさか伯爵が全軍を出してくるとは思わなくてね。滅んでもおかしくなかったところだよ」


「話、聞いてないですね…」


マトラは呆れたように言った


「まぁ、動揺は激しいだろうさ」


「アエリア様がそれいいますか?その動揺を与えた本人が」


「おや、いつになく苛立っているねマトラらしくない」


「そりゃ苛立ちますよ・・・なんですか私の役職、既に総司令とか呼ばれてるんですよ?意味わかんないです。なのにそれも名ばかりで雑用の取りまとめ役じゃないですか」


いいように使われていると、それが分かる

ただ必要なことであるからやらないといけない


ノーチェスから備蓄されていた食料などを大量に持ち込んだ

それも備蓄分は全て

それでなんとかギリギリ、半年は食料にめどが立っていた


だがそれでは半年後に飢えてしまうので、これからはその20万人の兵士達を使って畑を耕さなければならない


グランチェストが持っていた資金もすべてそちらに回したが、とても足りているとは言えない状況だ


「はぁ、それでアエリア様どうするんです?この予算の足りなさは相当ですよ?」


マトラがどさりと書類の束を置く

アエリアはそれを一瞥してから



「なければあるところから融通してもらう。幸いも、いや、そもそもその兵士を養っていたところから貰えばいいじゃないか」



アエリアはアールギィの領土へ行き、金を奪い取ってくるとそう言っていた

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

嫌われ令嬢の前世は最強の女帝 ちょせ @chose

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ