第3話エリーシュがやって来た
エリーシュは幼い頃から姉であるアエリアが好きで、憧れていた
聡いエリーシュは、姉がその自分自身の行動に苦しんでいる様を良く知っていたのだ
感情のコントロールが苦手なアエリアを
そして、癇癪を起こしたあの姿からは信じられないほどに優しい心を持っている事を知っていた
「それでね、ライ、お姉様は私を傷つけてしまって、きっとずっと塞ぎ込んでいると思うの……」
「ああ」
ライと呼ばれるのはライザッハ・トライエルド
その兄は王国最強と呼ばれる、王国筆頭騎士だ
幼き頃より剣を磨き、その力を王国守護に費やしてきた一族である
それがエリーシュの護衛に選ばれた理由は至極単純だ
エリーシュが聖女と呼ばれる程の魔力を持ちえていたからだ
その力は姉のアエリアの行為によって覚醒し、もたらされたと聞いている
その昔、アエリアが自傷行為をしてボロボロになっていた時、そのアエリアの全ての傷を癒したのがエリーシュだった
それからわずか5日後にライザッハは彼女の護衛となっていた。そして、婚約者と
理由は回復魔法
使えるものは少ない希少な才能であったから、保護されたのだ
「ああ、お姉様、今日は会って下さるかしら……」
以前ライは、何故、エリーシュはあんな姉を慕うのかその理由を聞いた時
ライはエリーシュに心から仕えれる事を幸せに思った
他人から見れば、乱暴者で、太って、そして人の話を聞かない女
だがエリーシュには違う見方があった
傷つけられた日からしばらく、アエリアはエリーシュに対して近づかなくなる事
そして、部屋で泣いている事
それがアエリアは、自分で制御できない事
それにエリーシュは気付くことができていた
この少女はなんて素晴らしいのだろうかとライは感動したのだ
ガタガタと馬車は揺られ、アエリアの住む離の屋敷に到着する
ライは先におりて、エリーシュの手を持つ
「ようこそおいで下さりました、エリーシュ様」
執事のジンがエリーシュを出迎える
「ジン、久しぶり。お姉様はお元気になられたとの事ですが、本当ですか?」
「ええ、それはもう心身共に」
「まあ、なんて素敵なのでしょう」
「ライ、行きましょう」
「では、アエリア様はお庭でお待ちです」
信じられない、と、ライは思った
あのアエリアが外に?陽の光が嫌いで、常に室内にしか居なかったあの、アエリアが?と
そしてジンに案内されて庭に行くと
「これ、は……」
思わず声が出た
庭が以前と違い美しく手入れされているのだ
「ああ、ライザッハ殿。今日はその仮面は不要です」
今日もライザッハは、アエリアに見られまいと仮面をしていた。また問題になっては困るからと
「大丈夫でございますよ、今のアエリア様に気になさる事は一切ございません」
「なら……まあ」
ライは嫌々ながら仮面を取ると、ジンがそれを受け取った
すると外が、景色が良く見える……
なんと美しい庭だ
全てに手入れが行き届いている
「こちらは使用人が、少ないと聞いていたのだが?」
事実、今までは綺麗とも思えなかったし
「アエリア様が手入れをしていますもので……」
「まあ!お姉様が!?凄いです!」
キラキラと目を輝かせるエリーシュ
「さあ、そちらでお待ちですよ」
そこは庭園の真ん中にある、屋根がついた憩いの場所
陽の光を遮るように、そこにテーブルと椅子が用意されており見慣れたメイドが一人茶を入れていた
背を向けるように長い黒髪の女性が椅子に腰掛けている
それを見るやいなや、エリーシュは駆け出していた
「アエリアお姉様!!」
思わず大きな声を出したエリーシュに、ライはマズいと慌てる
以前も似たような場面があったからだ
その時は、うるさいとエリーは放っておかれ、そのままアエリアは帰ってこなかったから
アエリアはエリーシュの声が聞こえると、すっ、と音もなく立ち上がり振り向いた
「エリーシュ、久しぶりね。よく来てくれた、可愛い我が妹」
ニコリと微笑む、美しい女性がそこに居た
エリーシュはぴたりと立ち止まる
そして
「え……あの…おかあ、さま?」
「ん?いや、私だよ、アエリアだ」
「そんな、あの肖像画のお母様に、似て…」
エリーシュは母を知らない
肖像画の中でしか
しかしそこに居たのは、その肖像画から抜け出たような艶やかで美しい長い黒髪で、深い青い目をした美しい女性だった
「ああそうか、そうだね。今日のこのドレスは母様が着ていたものだから」
ひらひらとスカートをつまむアエリア
「アエリアお姉様……なんですか?」
フラフラと、エリーシュは前に進むとアエリアの前で立ち止まる
「そうだよ、妹よ。よくきたね」
そう言って、アエリアはエリーシュを抱きしめた
ライはそれを見ても、まだ信じられないと言った顔をしている
それはライの記憶にあるアエリアとあまりにもかけ離れた美しい女性であったからだ
「さあ、積もる話もあるだろう。エリーシュ、こちらに座りなさい、ゆっくりと話そう」
「はい、お姉様」
そうして、久方ぶりに会う姉妹は話に花を咲かせるのであった
「そうか、今年から学園に通っているのだね」
「ええ、王国のリュケイオンで花嫁修業をしております。授業はなかなか難しいのですが……あ……の、ごめんなさい、お姉様!この話、嫌ですよね」
「構わないよ、エリーシュ。私はそう、見てくれがアレだったし、性格もまずかったからね。問題を起こすことは目に見えていたから学園には通わずじまいだった」
「すみません」
「本当にいいよ、ここには図書館がある。そこで全てを学んだしね」
それは嘘ではない、まあ、ここひと月ばかりの話だが
「でもお姉様、家庭教師を幾人も追い出したとか……」
「ふふ、若気の至りというやつだ。先生らには申し訳ないと思っている」
「そうですか…」
「嘘ではないよ?聡いエリーシュの事だ。私の事を信じられないと思っているだろう?」
「ええ、でも、その、お体も急にお痩せになられて、大丈夫なのかとも……」
「ふむ、確かにそうだね。でも私は健康そのものだよ?」
「信じられません、お姉様、一度お医者様に見ていただいた方が」
「大丈夫だと言うのに…そうだ、ジン、あれを頼む」
「はい、アエリア様」
そうしてジンが持ってきたのは木剣だった
それをアエリアは受け取ると、1本をライに投げ渡す
「さて、ライザッハ。我が妹の騎士よ、ひとつ手ほどきを頼めるかな?エリーシュが私が病気か疑っておるのだ」
「アエリア様、辞めてください。私は護衛騎士です、剣の打ち合いで手加減など出来ません」
「なあに、大丈夫だ。エリーシュが居る。大抵の怪我など治してもらえるさ」
「しかし!」
エリーシュを見ると、ライを不安な目で見ている
姉のアエリアがまた、無茶をやろうとしているから
そしてエリーシュはそれを止める事ができない
今までの事があるから、アエリアは止まらないとしっている
今はどうやって姉をなだめようか、怪我をさせるライをお咎めなしにしようかと考え始めている
「ふむ、ライザッハよ不安か?まあ護衛騎士だものな、負けると恥では済まぬものな……よし、なれば私が剣術を教えてやろう、それならばいいだろう?」
ニヤリと笑うアエリア
そして、その挑発をかわすにはライは若すぎた
剣の腕はあれど、精神的にはまだ未熟なのだ
「教える?アエリア様が僕よりも剣術が強いと仰るのか?それは僕を舐めすぎですね…もう後には引けません。エリーシュ、済まないがあとで回復を頼むよ」
「ライ!」
エリーシュは必死の形相でライを止めようとするが、ライザッハはもう聞く耳をもっていない
「お姉様!ライは、ライは学園でも一番強いの、上級生でも適わないのよ!ダメよ、怪我をしてしまうわ!」
必死にさけぶエリーシュに対し、アエリアは笑顔で答える
「エリーシュ、静かに」
アエリアは着ていたドレスを一瞬で脱ぐと、そこにはズボンを穿いて男装をしているアエリアが居た
「これで動きやすい。さあ、行くよ護衛騎士君。きちんと防いで見せなさい。初めは右で、次は左から斬る」
そう言って剣を構えるアエリア
「なんと、自信過剰な!斬る所を予告するだと!」
怒りのあまり睨むライ
だが
「構えなさい」
ライの右側から声がした
視界の端に、何かが見えて剣をそこに向かわせー
ガギッ!
「ぐっ!」
「ほう、反応したか。本当になかなかだな、ライ」
アエリアはそう言うとくるりと反転して左側に移る
その動きは澱みなくするりといった感じでアエリアの位置が変わる
ライには見えているのに、反応が出来ない
体がまるで金縛りにあったように動かないのだ
「さあ、二撃目だよ」
そしてそれは見ることも叶わなかった
ドン、と強い衝撃と共にライは後ろへと吹っ飛ばされた
「がはっ!」
「ライ!」
それを見たエリーシュは慌ててライへと駆け寄る
「ふむ、これでは及第点はやれんな」
そしてエリーシュはライの胸元に手をやり、回復魔法を唱え始め、ライの胸を暖かな光がその怪我を癒し始める
「エリーシュ、そうでは無いよ」
「お姉様?」
「回復魔法とは、こうやるのだ」
ーヒールー
癒しの力がライの全身を大きく包むと、その両腕と胸の傷が綺麗に消えていく
「凄い……」
エリーシュは素直に驚いていた
ライは信じられないと言った感じで、先程受けた傷を見る
「痛く、無くなった……」
「ふむ、二人ともまだ学びが足りぬようだね、しばらくここで私が鍛えてあげよう」
エリーシュは生まれて初めて、姉が恐ろしいと感じた。それと共に、頼もしいと感じている
ライザッハは同門の人間以外に初めて負けた
他の道場との対外試合でも負け無しだったのに
それがまさかあのアエリアだとは…信じられかった
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