第2話アリエッタとアエリアの才能
翌日より、アエリアは動き出す
まるでやりたい事がある様に、知りたい事がある様に
この離の屋敷と呼ばれる場所は本屋敷から馬車でおよそ半日ばかり離れた場所にある
そしてその敷地の中には、図書館と呼ばれる建物があった
アエリアがこの離の屋敷で暮らすにあたり、暇をしない様にと建てられたものである
しかしながらアエリアは自分の部屋に引きこもってばかりで利用した事など無かったのだが、今度は逆にアリエッタは図書館に引きこもり始めた
毎日、毎日図書館に通う日々
ほかに何をするでも無く本を読み漁った
食事すら、そこに用意させて
終いにはベッドまで持ち込んでいた
そして、ひと月が経つ頃
「ふむ、理解した。もう良いだろう」
「アエリア様……もしかしてもうここの本を」
「ああ、全て覚えたどうにも私は記憶力が良いみたいでな、一度、目を通せばするりと覚えたさ」
「凄い……」
「本当にな、まったく……アエリアは何をしていたんだか…己の才に気付くことなく、ただ傷ついて引きこもっていただけなのだから、もったいない」
「え?」
「ああ、独り言だ。それよりも、だ。この屋敷、随分と荒れ果てているな」
庭には雑草が目立ち、建物も壊れた部分は補修すらされていない所がある
それもこの屋敷には使用人がメイドのメアリと他に3人しかいないからに他ならない
今ここにいる人間は
私こと、アエリア・ル・シャル
まずはメイドの、メアリー・フォワット
護衛兼執事のジン・スクワ
料理人のドワイフ・シュワ
その他雑用の、ルドル・トトニア
別宅とはいえ、その人数で管理できるほどここは狭くない
居住スペースとわずかに庭の管理がせいぜいだ
当初はもっと人手が居たのだが、アエリアが引きこもる、もしアエリアと顔を合わせれば嫌味を言われたり下手に刺激すると暴れたりされる
それに耐えれず辞めて行った者も多い
だが記憶を取り戻したアエリアにはこの少人数の方がよかった面もある
姿の変わった私を騒ぎ立てる者も少ない
とはいえ、彼、彼女らに相当に驚かれたのは仕方ない
わずか1日で急激に痩せたのだから驚かないほうがおかしい
それも2日もあれば落ち着いたし、なにせここにはそれを見て社交界に行けと言う者もいない。気楽なものだ
図書館の本を読み終えたアエリアは、次はとその敷地の全ての手入れを始めた
当然、執事のジンやメアリは止めたのだが言うことなど聞くはずもなく
良い運動になるという理由で押し切った
それもわずか2日で終わる
完璧にやり遂げてしまった
庭からは雑草が消え、壊れていた部分は補修どころか完全に直してしまっている
そしてさらには建物の裏手にあった、燃料木の置き場で斧を振るうようになる
皆は当然止める
だがアエリアは止まらない
そんなこんなで、この離れの屋敷はアエリアの知らない場所はなくなっていたのだった
「ジン、それで?」
「はい、アエリア様。本日、エミーシュ様がこちらに来られます」
「はぁ、口止めしておくべきだったな…」
「申し訳ありません」
「いい、それがジンの仕事だろう?それにいつかは顔を会わせていただろうしな。さて、エミーシュに会うのはいつぶりか…しかし本当にあの娘は良い娘だな。こんな私に会いに来るなど考えられんぞ」
「ええ、そうですね」
「おいジン、自虐に同意するな」
3つ年下のエミーシュはとても可憐な、心優しき娘である
アエリアはその心のもろさ故に、乱暴な所もあった。それを知っているにも関わらず姉のアエリアを慕っていた
離れに来てからも、3か月に一度会いに来るのである
アエリアの機嫌によってはそのまま追い返すこともあったというのにだ
「うん、ここはひとつ料理でも作ってもてなすとしようか」
「それはおやめ下さい。ドワイフも止めると思います」
「ダメか?」
「ダメです。料理がお好きなのはわかりますが、未だアエリア様の腕は未熟です」
「ははは、言うではないか。だが、よく言ってくれた。ありがとう」
ジンはふう、と胸をなでおろす
もしこれが以前のアエリアであれば癇癪をおこして物を投げつけていただろう
それが今は感謝をするようになっている
本当に、人が変わられたようだ…
アエリアの姿も、以前の様に肥えておらずそれどころか大変美しくなっている
アエリアの母はかつて美しさで名を馳せ、幾人もの貴族を惚れさせ、果ては皇族までからも声が掛かったと言うほどの美貌の持ち主であった
しかし、アエリアの妹エリーシュを産み、その一年後に事故で亡くなってしまった
それ以降、シャル家は暗い影を落としていたのだがエリーシュが成長するにつれて再び明るくなっていた
そこにアエリアの姿はなかったが
今のアエリアを見れば、父上であるシルバ様も、兄であるカイン様も大層驚くに違いないとジンは断言できるほどに
そのアエリアの母に似ている……
痩せてそれは顕著になっていた
だからこそジンは、当主であるシルバにお会い下さいと伝えたが残念ながら王都に出向していた為に未だ会えずにいる
カインも、王家に使える守護騎士を務めており、なかなか帰ってはこれない。
おそらくはその務めが終わる一年後まで帰れないだろう
その中で一人屋敷に残っていたエリーシュ
学園に通ってはいるのだが、その学園も屋敷から近い
そして彼女は婚約者にして、守護騎士であるライザッハと共にいるので護衛も不要である
なので当主宛に連絡をした所、それを知ったエリーシュは是非にも会いたいと、1週間後にこちらに出向くと連絡があったのだ
「ジン、これからも私が変な事をしそうならば止めてくれよ?ああ、だが狩りはダメだ。あれは私の趣味だからな」
「はい、存じております」
とある日、アエリアが剣を持ち出した時ジンは慌てて止めようとした
しかし剣の型をほんの少し確かめる様に振るったその姿を見て鳥肌が立った
ジンはずっとシャル家に仕えて来た。護衛として剣の腕は優秀だ
実のところはアエリアの護衛騎士でもある
なのに、軽く剣を振るうアエリアの姿を見て寒気がする程に美しく、その秘められた強さが感じられたのだ
事実、裏の森へ狩りへ行くとそこでは弓を持ち出していたのだが、凄まじい腕前をみせた
さらに試しにと、ジンはアエリアに剣での稽古を頼んでみればまるで子供の様にあしらわれてしまった
天才ー
そう思うまでに時間はかからなかった
そしてそれが知れ渡ってしまえば災厄を呼び込むことになる程の才能だろうと考えて、その点については報告をしていない
それを知ってか、アエリアはジンに大層信頼を置いた言える
「それにしてもエリーシュか。久しぶりに会うのは楽しみだ」
ここ1年、二人はまともに会っていない
大半はアエリアが追い返していたこともあるが、それ以上に護衛騎士であるライザッハにアエリアがちょっかいを出していたことも大きい
容姿が良かったライザッハは、アエリアに気に入られた
しかし、そもそもライザッハはエリーシュの婚約者としていたこともあって、アエリアの願いは聞き入られなかった
だからアエリアに会う際には気取られぬよういつも大きな鉄兜を被り、鎧を着こんで来ていた
しかしそれを無礼と気にくわない
アエリアが無理矢理兜を取らせ、ライザッハと気づくと再び癇癪を起こしたのが最後にあった時だ
「アエリア様、今回は……」
「心配するなよジン、ライザッハの事だろう?今の私があれに興味を持つと思うか?」
「それは……」
「あれはな、エリーシュが羨ましかったんだよ。何せ、剣の腕も立ちながらあの小僧、綺麗な顔だろう?欲しくなってしまう以上に、そんな婚約者が居るエリーシュが羨ましかったのだ」
「なるほど」
「まあ今では婚約者など要らぬがな」
「アエリア様、それは何故ですか?」
「ふむ、そうだな、私よりも強い男ならば興味もあるがな」
ジンはそんな人間が居るのだろうかと思ってしまうが、それでも一人だけ頭をかすめた人物が居た
王国筆頭騎士ー彼ならばもしかしてと
「ジン、それでは私は庭にいる。エリーシュが来たら知らせてくれ」
「はい、承知致しました」
そうして、アエリアは妹を待つのであった
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