暗黒面に堕ちる
さて、苛めも収まってよかったね。めでたしめでたし――とそうは問屋が卸さないのが私の人生で、ある日部活から帰ってきた私の目に飛び込んできたのが、玄関に置かれた三つのボストンバッグ。
扉を開いて、バッグを確認するまでの約一秒の間に、おおよそ何が起きたのか把握した。
――ああ。とうとうこの日が来たか、と。
母親は号泣を通り越して慟哭してるわ、普段その時間帯に家にいるはずのないアイツが帰宅してるわ、腐った日常のなかに訪れた非日常は、それまで底だと思っていたクソったれな世界にまだ深い深い奈落の底が待ち受けていることを告げる。
「離婚したから」
アイツの放った一言で、それまでギリギリの均衡を保っていた私の心に、頑丈な鍵がかけられた音が聴こえた。
その日はそれから何があったかはよく覚えてない。
覚えてるのは、ごたごたした身辺を整理するのに一週間は学校を休んだことくらいか。
離婚の理由は言われなくても十分すぎるほど理解していた。
小さな理由を列挙していけばきりがないが、最大の要因は母親が無断で借りていた借金だ。
それも利子がたんまり乗っかった、とても危ないところから借りていた借金である。
ドラマのような借金取りが現実に自宅の玄関を叩き、耐えがたい罵声を残しては去っていく。
この世に怖いものはいくらでもあるんだと思い知らされた。
それが原因で連日にわたり傷害事件レベルの喧嘩が頻繁に起き、とうとう家族はバラバラとなったとさ。
その後家庭裁判で親権を争ったり、自己破産を申請したりと、不幸の線路は続くよどこまでも。
――いつかはこうなる。そう覚悟はしてたものの、当時まだ離婚なんて理解できるはずもない、年端もいかない弟が、「おでかけするの?」と純粋な瞳で問いかけてくるあの悲しそうな顔は、おそらく死ぬまで忘れないだろう。
それから、アイツと私、それに二男が共に一つ屋根の下で暮らすことになり、三男は母親に引き取られることになるのだが、まぁ離婚後の生活はとにかく大変だった。
時間に追われるとはまさにあのことである。
なんせ家事も炊事も自分で行わなければならず、現在絶縁状態にある次男が全く家事を手伝おうとしないもんだから、一人で全て背負わなければならなかった。
父親に至っては、少しでも家事や炊事が遅れてたりすると、手は出さなかったものの口撃を仕掛けてくるようになった。
始めの頃は要領もわからず、自分の時間など全くない生活が続いた。
精も根も尽き果てる日々が続いて、夜は泥のように眠る。
そして自分の内面を見つめるようになると、真っ暗な闇のなかにもう一人の自分が立っていることに気付く。
そいつは、私にこう囁いた。
「もう全部投げ出しちゃえよ」
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