力無き者

 さて、ここからやっと中学時代の話に突入するが、この時期はまぁ色々なことがあった。

 まず初日にカツアゲシーンにエンカウントするところから始まるのだが、入学後いきなり高い壁にぶつかることになる。

 旅の始まりでラスボスに遭遇するようなものだった。


 今はどうだか知らないが、当時その中学校に入学した新入学生のうち、私の出身小学校から進学したのは僅か六名というごく小数だったのだ。

 その他は全員同じ小学校出身という、あまりにもバランスを欠いたもので、少しは人見知りが改善したとはいえ、その事実を聴かされたときはショックのあまり目の前が真っ暗になったことを覚えている。


 とあるアニメの予告風に告げると、

「次回。キョンキョン 死す」だ。


 実際はもちろん死ぬことなどなかったのだが、もう人見知りがどうこう言ってられる状況ではなく、文字通り気合いと根性で克服するしかなかった。

 入学式初日から既に友達同士で固まっているグループに入り込むのはとても苦痛だったし、震える声で話しかけると変な顔を向けられもした。それでも受け入れてもらえるようになり、一ヶ月も経つと当たり前のようにクラスメイトと挨拶を交わせるまで進化を遂げていた。

 人間窮地に追い込まれるとなんとかなるものだ。


 ――なんだ。たいしたことないじゃんか。


 人生で数少ない成功体験に味をしめた私は、よしておけばいいのに図にのってクラス内で目立とうとしてしまった。

 授業ではとにかく手を上げ、注目を浴びる。

 なにか先生が困っていたら、率先して手伝う。

 これまで誰よりも日陰にいた時間が長かった分、周囲の視線を浴びるのが心地よかったのだ。

 しかし出る杭は打たれることを知らなかった私は、突如として地獄に叩き落とされる事になる。


 ある朝、いつものように登校すると教室に入ってきた私を見るクラスメイトの視線が、どこかよそよそしく感じたのだ。

 なんだろう――と不思議に思いながら机の前に立つと、よそよそしさの原因がわかった。

 誰かが、いや、教室の隅でニヤニヤしてる生徒がいたのだが、私の机がチョークで落書きされていたのだ。

 何を書かれたまでは覚えていないが、白・黄・ピンクの三色で、これでもかと悪口が書かれていたことはよく覚えている。


 一瞬自分の身に何が起きたのかわからず、数分は体が硬直した。

 ようやく動けるようになると、まずなんとかしなくちゃと雑巾でごしごし拭き取ろうとするのだが、よっぽど念入りに書かれていたのか悪意に満ちた文字はなかなか落ちることがなかった。

 消そうともがいてるうちに、自然と涙が零れ、止まらなくなる。

 そんな日が一ヶ月は続いただろうか――


 そのくらい時間が経つと、落書き程度では心が揺さぶられることはなかった。むしろ毎朝のルーティーンと化する。

 上履きが隠される事など日常茶飯事で、今日はこの程度で済んだか、とすら思っていた。酷い日には机と椅子を何処かに隠すという念の入れようだった。


 そんな光景を見るに見かねて担任教師や、正義感に溢れた同級生が割って入ってはくれたのだが、それが余計に事を面倒にさせていき、そのうち無意識の状態で、「死のうかな」と言うまで精神状態は悪化の一途を辿っていた。


 苛めに対抗するほど度胸はない。

 じゃあどうすれば解決するか。

 死ねば楽になるか。

 嫌だ。死にたくなんかない。

 そう考えたとき、一つの解決策を思い付いた。

 そうだ――自分で出来ないなら、他人に頼ればいい。


 小学生まで同じサッカーチームだった数名は、別の中学で立派な不良へと成長していたのだが、私は彼らに助力を申し出た。

 言っておくがこれは特殊な例であって、真似することはおすすめしない。もしなんの関係性もないタチの悪い不良に頼んでしまえば、今度はそいつらが問題を起こす可能性がある。


 それからなんと二日後には、私を苛めていた張本人らが頭を下げて謝罪してきたのだ。それはもう愉快なほど怯えて怯えて。

 その姿を見たとき、こいつらも所詮弱者だったんだな、と悟った。

 そして力が欲しいと切実に思うようになった。





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