栄枯盛衰ってこの事か?

 経済的なコンプレックスを抱えていた私は、もうひとつ大きなコンプレックスを小学生ながらに抱いていた。

 それは学歴コンプレックスである。

 小学生でそんなこと感じるのか、とお思いの読者もいるかもしれないので、どうか説明させてほしい。


 私の父親は四人兄妹の末っ子で、この兄妹というのが、それはもうめちゃくちゃ頭が良かったのだ。全員が全員一流大卒で一流企業に勤め、腹立たしいことにその子供達も秀才、天才が揃っているという勉強が出来ない子供からしたら、己の矮小さを感じずにはいられない状況だったのだ。

 そして裕福な家庭だったことが、さらにコンプレックスを増幅させる。


 ある従兄は、京都のK大を現役合格した後、大学院に進んだ。ある従姉は、同じくK大に現役合格した後、東京のT大学の法科大学院ロースクールへと進んだ。同い年の従兄弟はとある県で一・二を争う進学校から、何かとニュースで話題になるK大学から当たり前のように大学院に進んだ。年下の従姉妹達も全員有名国公私立大学に進学することになる。


 それに比べ、私も弟も平均以下の学力ときたもんだ。

 負の遺産ばかり受け継いだような家系に文句も言いたくなるが、父親も劣るとはいえW大に現役合格してたりするもんだから、これは自分の問題なのでは、と行き場のない劣等感を何年も抱え苦しんだことを鮮明に覚えている。

 コンプレックスを感じるな、と言う方が無理があるだろ。


 そんな環境ゆえ、親族が集まる度に居場所がなくなり、ただただ息苦しかった。

 叔父も叔母も私の知力に薄々気付いてるものだから、憐憫の眼差しで「勉強だけが全てでない」と気安く言い放つ。

 その陳腐な台詞を聴かされる度に、それはもう腹の中ではどす黒い塊が暴れて暴れて仕方なかった。


 学力では見下されるだけだと気づいた私は、当時ゴールキーパーとして活躍していたサッカーで見返えそうと躍起になる。

 幸い親族全員が運動オンチだったこともあり、唯一スポーツで目立つことができる私は、舞台に立つ咄家はなしかのように自慢気に武勇伝を語っていた。


 しかし、ある年の正月にあの事件が起きた。

 とある大会でMVPを獲得した私は、その活躍を誇らしげに語っていたのだが、それを聞いていた叔父の一人が放った言葉が、その場を絶対零度まで凍らせることになる。



「ははは。そっかそっか。すごいすごい。で、それがどうしたんだ?」



 その時、アルコールが入っていたし、本人には全く悪意はなかったのかもしれない。

 今なら笑って躱せる程度の言葉だが、まだ大人になりきれなかった私の心は、それは深く深く抉られた。

 その一件以来、自ら進んで会話の輪に入ることはなくなったし、親族にたいして一欠片の興味もなくなった。

 お前らなんてどうとでもなっちまえ――って。



 余談だが、その十数年後に訪れたリーマンショックが原因で、親族の勤め先が倒産したり、折角就いた職が長続きしなかったり、はたまたニートになる従兄弟姉妹も現れたりと、それまで高笑いしていた立場の人間の凋落ぶりが凄まじかった。

 その話が耳に届く度に哀れみを込めてこう思った――


 ほんと、勉強だけが全てじゃないね。

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