3.第八話天地我相
「もう少しだ、滋賀に入るぞ」
「普通に広い道路を通りながら言われるならいざ知らず、よくこんなスピードで森を突っ切っててわかるね!」
「車通りの多い公道をこのスピードで動く訳にはいかないからな、慣れだよ」
公道を避け山々の木々を飛び交ったり、川を飛び越えたりと人目を避けて移動を続けること3日。
2人はとうとう滋賀県へと足を踏み入れようとしていた。
※
「雄大! 早く行こうよー」
「ちょっと待ってろもう少ししたら行くから」
県内のとある村、今年で18を迎えた青年が自宅の玄関へ迎えに来ていた女の子に急かされていた。
「よし、これでOK」
「早く〜」
「お前が料理出来ないから、代わりにピクニック用の昼食を作ってやってるんだろうが」
「あ、そうだった」
昼食を詰めたカゴを手に取り、雄大は玄関へと向かった。
「ほら、行くぞ桜」
「うん!」
蝉の鳴く夏真っ只中の田舎道を2人は歩き始めた。
「もうすぐ夏休みも終わっちゃうね」
「そうだな、あと半年で卒業か」
「雄大は卒業したら東京に行くんだっけ?」
「まだ確定じゃないがな、東京の大学に受かったらって事になるが」
「私も東京の大学にしようかな進学先」
「美容師になりたいんだろ? その手の専門校はこっちにもあるだろ」
「それはそうだけど、もう」
2人が話してる間に目的地の山中の開けた場所へとたどり着いた。
「あっつーい、森の中だから多少はマシだけど」
「今日は風もあるしな、少し川の方に行ってくる」
「わかった、足滑らして落ちないでね?」
「誰に言ってんだ」
※
「止まれ優牙」
「原付並のスピードで移動してるのに急に言わないでくれる!?」
止まりきれず枝を折りながら地面へと優牙が落ちる。
その上の太枝に止まり、ドクが耳をすまし目をこらす。
「何かあったの?」
「神の力を感じる、それもかなり数が多い」
「じゃあこの先に門徒が?」
「かもしれんが、敵の数が多すぎるお前1人でなんとなればいいが」
「前々から思ってたんだけど、ドクはなんで戦わないの? 母さんも連れ去られる事無かっただろうに」
「今は説明できんが、理由がある。時が来ればお前にも教えよう」
「別にいいよ、経験を積んでいかないといけないのは僕だしね」
「きゃーーーー!!」
2人から少し離れた場所から微かに女の悲鳴が聞こえた。
「行こう!」
※
「イレギュラーを確認これより天界へと移送する」
「離してよ!」
門徒達に取り囲まれ桜が腕を掴まれる。
「抵抗する場合は殺してでも連れてこいという命令だ、ためにならないぞ」
「私が何したって言うのよ!」
「っ、桜っ!」
桜の腕を掴んでいた門徒の頬に拳が当たる。
勢いよく吹き飛ばされた門徒の手は桜から離れ、雄大は桜の手を引き走り出す。
「逃げるぞ!」
「う、うん!」
「村に戻って警察を呼ぶぞ! 時間を稼げば―」
逃げ出した2人の前に門徒が立ち塞がり、雄大を軽く押し飛ばしてしまう。
飛ばされた雄大の元へ桜が走り寄る。
「雄大!」
「なんだこいつら、馬鹿つえぇ」
「目標以外の目撃者は殺せとの命令だ、貴様はここで死ね」
近づいてきた1人の門徒の槍によって雄大の右肩が貫かれた。
「雄大!」
「急ぐぞ、東京の時のような失態は2度は犯せない」
空中に赤い水の玉が生成され、例によって桜はその中へと放り込まれ意識を失う。
「さくらぁ!」
そして水の玉を護衛する2人の門徒が姿を消した。
それでもまだ数名の門徒は残っていた。
「痛みで死ぬかと思ったが、意外としぶといんだな人間というのは」
「てめぇら、ふざけんじゃねぇぞ! 何が目的で桜をさらった!」
「これから死ぬというのに、人間はどうして理由を知りたがる、知ったところで運命からは逃れられないのに」
「こんなふざけた現実が運命だと! ふざけんじゃねぇ!」
「最後まで怒りに身を任せるか。人間らしいが、さらばだ」
雄大の肩に刺さったままであった槍を引き抜き、門徒がトドメを刺そうとした時だった。
風を切る音とともに門徒の腕がもがれた。
それは先ほどまで倒れていたはずの雄大によって放たれた一撃によるものだった。
「火事場の馬鹿力というやつか」
※
「なにこれ、空気が震えてる」
「お前と同じだな、門徒がここを狙う理由が明確にあったということだ」
話をしながら移動する2人の前に白い血をまき散らしながら腕が飛んでくる。
「うわっ、なにこれ」
「門徒の物だろうな、この先に居るのは鬼か悪魔か。どっちにしろ門徒の天敵たる存在のようだ」
開けた場所に出た2人の目に、門徒2人を圧倒する雄大の姿が見えた。
「くたばれぇ!」
雄大の放った腕が1人の門徒の心臓を貫き、貫かれた門徒は力なく膝を着く。
「僕はどっちと戦うべきだと思う?」
「便乗して門徒への恨みを晴らしてもいいが、自分で決めろ」
「だよね、そういうと思った」
隻腕の門徒と雄大の間に飛び込み、優牙は雄大の拳を止めた。
「!? 何しやがる!」
「悪いけど、僕は君を止めさせて貰う。その力随分と君の身体に負荷が掛かるみたいだしね」
低い位置から蹴りを一撃放ち、雷撃を纏わせた素早い拳を数発雄大へと打ち込む。
「そいつらの仲間だなてめえ!」
「違うよ、僕も彼らには恨みがあるけど、それを理由に一方的な虐殺を見逃す程愚かじゃない」
雄大との距離が空き持っていた腕を門徒とつけ直す。
「貴様、東京の」
「さっさと逃げるなら見逃す、逃げないのなら彼を止めた後であなたも倒す」
優牙の言葉を聞いた門徒は、逃げるように天へと帰った。
(雷撃はある程度使いこなせるようになったけど、あとはそれがどれだけ通じるか。正直この前戦ったときは手も足も出なかった門徒を圧倒するレベルの相手だし、もって10分ってところかな)
「ふざけんな、俺はそいつらに桜を連れていかれてるんだぞ! てめえの理屈で逃がされてたまるか!」
「確かに僕の理屈だけど。彼を殺しても連れていかれた人は戻ってこないよ」
「そんなこと知るかよ!」
地面を蹴り飛ばし雄大が一直線に優牙へ接近して拳を振る。
優牙はその拳を掴み、雄大の肩の傷を癒す。
「言ってもわからないなら一時的に動けなくなってもらう」
掴んだ拳と腕を掴み背負い投げて地面へと叩きつける。
「かぁはっ」
気絶させるつもりで本気で投げた優牙の太ももを雄大が蹴り飛ばす。
「くっ、傷を治してるとはいえその態勢から一撃放てるとは」
「うおぉぉぉ」
勢い良く立ち上がりそのまま拳を振りぬく。
とっさに両腕で防いだ優牙の腕を貫き胸に拳が突き刺さる、優牙のあばら骨の1本と肉を引きちぎりながら腕が引き抜かれた。
「こっちの方が人間かどうか怪しいレベルじゃないか、瞬間的な爆発力に特化してるとはいえ、また力負けする相手か。嫌だなぁ」
「があぁぁぁ!」
ぼやく優牙の左肩を唸り声を上げながら掴み森の中へ放り投げる。
大木に打ち付けられ、止まった優牙の身体はいつものように肩が外れ、全身に痛みが走る。
「全く、どうしてこう、人の肩を外すのが好きな人が多いんだ」
「大丈夫か?」
「正直言って投げだしたいくらいには大丈夫。犠牲を出す前に止められなかった僕たちの責任でもあるしね」
(優牙の力が発動すれば、余裕で勝てる相手だとは思うがどうなるかな)
「それに攻略法は時間稼ぎだけで大丈夫そうだから」
「何?」
「治してて感覚でわかるんだ、彼の力は見た目以上に身体に負荷が掛かってる。それを治し続けるだけで僕の目論見通りになると思うんだよね、どんどん自我を失いかけてるのが問題ではあるけど、なんとかするしかないね」
身体を完全に治し、肩を戻す。
「全く、クリーニング代くらいは請求させて貰うよ」
「お前も、俺の邪魔をするなら殺す」
「君は僕が止める。一時的な感情に振り回されて罪を犯すような真似は僕の前では絶対にさせない」
雷撃の力を全身に纏い、雄大へと立ち向かう。
(油断したり出力を間違えたりするとあっちこっち関節が外れたり折れたりするけど、それくらいは気にせずに行くしかないか)
雷撃を纏った素早い一撃を雄大へと打ち込み、返される攻撃を間一髪で避ける。
ヒット&アウェイで治しながらも攻撃を当て、治す個所を的確に増やしていく。
(理性を完全に失う前までが勝負、理性が無くなれば脳のリミッターも効かなくなるだろうし、こっちの目論見が外れる可能性が高い)
「うおぉぉぉ」
一瞬の思考が優牙の判断を鈍らせ、右肩に当たった雄大の拳が肩の骨を砕き肉をもぐ。
「あぁクッソ!」
「くたばりやがれぇぇ!」
飛んで行った自分の腕を無視し間髪入れずに放たれたもう一撃を左膝で受ける。
打ち合った反動で地面へと突き刺さった脚を軸に右足で雄大に蹴り返す。
「ここ最近全く同じパターンで致命傷を食らってる。なまじ頭で考えるからよくないんだってドクに言われたばっかなのに!!」
ぼやきながら腕を完全に修復し、雄大の顔面を掴んでやり返すように大木へ叩きつける。
「腕の1本くらいなら治せるから勘弁してよね」
距離を取り右手の人差し指と中指で銃の形を作り、指先へ雷撃の力を込める。
「雷撃!」
指先から放たれた光は雷鳴と共に雄大へと向かい爆ぜる。
土煙が上がり雄大の姿は優牙の視界では確認できないものの、優牙は警戒を解かずにいた。
あの程度で倒れるはずもないと頭で理解していた。
「があぁぁぁ!!」
土煙の中を突き抜けながら雄大が接近し、がむしゃらに拳を振り回す。
しかし、雄大の視界に優牙の姿はなかった。
「取った!」
土煙から雄大が突き抜ける一瞬のうちに優牙は空へと飛び、足を構えていた。
「当たったら骨が砕けるだけじゃ済まないからね!」
地面へ向かい雷撃で限界まで加速し見上げる雄大へと蹴り入れうる。
「勝ったな」
ドクの勝利の確信と共に、雄大へと直撃した衝撃によって周囲の地面へと亀裂が走り、雷鳴と共に再び土煙が上がる。
「ぐはっ」
「死なばもろともって奴なのかな~これ、まさか当たる直前に左胸を貫かれるとは思ってなかったかな」
倒れ込んだ雄大の右腕が優牙の左胸を貫通していた。
幸いそれを引き抜く程度の余力があった優牙は腕を引き抜き、飛んで行った自分の右腕へと歩き出す。
「厄介な相手だったな」
「ドクに比べればマシだよ。服の替えは必要になっちゃったけどな」
「切れ端同士を治せ、腕と同じ方法で直るだろう」
「どの道血まみれでクリーニングは必要になるかもだけどね」
「行くぞ、奴らが地上で何かを目論んでいる事は明確になった」
「ま、まて」
歩き出そうとしたドクへ、倒れていた雄大の声が届く。
「あいつらの仲間じゃないならどうして俺の邪魔をした」
「この阿呆が言っていただろう、私個人としては門徒を助ける必要性は感じないがな」
「あいつは、桜はどこへ連れていかれたんだ」
「それは僕たちも知りたいよ、連れていかれるときに追いかけるつもりだったけど」
「おおよその検討はついているがな」
「俺も連れてけ」
「ダメだよ」「断る」
「君の力は確かに強力だけど、自分を犠牲にしすぎる」
「なら俺はどうすればいい! 目の前で幼馴染を誘拐されて、何もせずに指を咥えてろってのか!」
「そうだ、ここから先は人間には荷が重い。命を賭ける覚悟も無いような奴は必要ない」
「僕も人間なんだけど。でも、ドクのいう事には賛成だよ僕は自分のせいで連れていかれた母さんを助け出したいし、そのために死んでも後悔はしない」
「お前も?」
「それにどのみちしばらくは動けないと思うよ、僕の治す力で治しちゃってるから。身体に限界が来てると思うし」
「? 普通に立てるけどな」
「えっ」
「どういうことだ優牙!?」
2人で雄大に向けて構えを取る。
「そう身構えるなよ、もう攻撃はしねぇ」
「僕としてもかなり想定外なんだけど、体の限界が来たから力が解けたんじゃなくて自然に解けたってことかな?」
「意味がわからないんだが」
「わかりやすく言うと、僕の治す力は自然治癒の延長みたいな感じなんだ。だから傷ついた後治されると、人間の身体の仕組み上傷つく前より強固な状態で治るはずなんだ。
それが何度も何度も繰り返し行われれば脳が身体についていかなくなって自然と動けなくなる、はずなんだけど」
「俺は何ともないぞ」
「僕が弱すぎるって話なのかな」
「いや、こいつの身体が特殊ということだろう」
「おぉ、言われてみればいつもより腕が太い気がするぜ」
「なんというか、常識外れすぎるね」
「さっきの力、意図的に使えるのか?」
「出来ると思うけどな」
雄大が両手に力を入れ、踏ん張る。
「っ、大気がまた震えてる」
「力が溢れてくる」
「貴重な戦力にはなりそうだな」
「でも、これ以上関係ない人を巻き込むのは」
「関係はあるさ、俺も大切な奴を奪われた。だから、俺も連れてけ」
「私に意義は無いが」
「僕は出来れば断りたいよ、帰ってこれる保証が無さ過ぎる」
「命を賭ける覚悟がどうこうって話なら気にすんなよ、俺は死なねぇ。それにな、少なくとも何もできずに桜が連れてかれたことに関しては借りを返してぇ」
「その力を暴走せず使いこなせるなら」
「任せろ! 慣れは必要だろうけどな。俺の天地我相でお前らを助けてやるよ」
「負けたくせになんでそんなに強気なの。? 天地我相?」
「あぁ、今使ったら頭にふっとそんな言葉が思い浮かんでよ」
「へぇ」
「悪くねーだろ?」
「無駄話はその辺にしろそろそろ行くぞ」
「そうだった、大阪まで行かないといけないもんね」
「大阪? なんでわざわざ」
「空港に飛行機を盗みにって、そういう話は移動しながらしよう」
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