3.第七話大空より舞い降りし者
「よし、行くか」
時計の時刻が深夜1時を越えた時、いつも通りの動きやすい格好に身を包み両腕にフックショットを装着した優牙が窓から家を飛び出した。
あれから2週間、やっと気持ちに整理を付けた優牙は街の人たちが深い眠りに着く時間を見計らい、家を出て今までと変わらない生活を送っていた。
ただ1つ変わったことは、学校へとは行かなくなってしまったこと。
「いやっほー!」
フックショットを建物に刺し振り子の様に空中を飛ぶ、風の音はヘッドホンによって防がれ、その中は優牙お気に入りの音楽が流れている。
目的地はとあるマンションのベランダ。
事前に連絡を受けて向かっていた。
「送られてきた住所はここだよな」
カーテンに遮られ内装は見えなかったが、窓を軽く叩く。
その音に気がついたのか、中からやってきた人影がカーテンを開く。
「こんばんは」
「びっくりした、本当に窓から来るなんて」
「あんまり表に顔を出したくないので、それに家に男が来たなんてスキャンダルが出たら、大変なのはそっちですよ」
「窓から人が入ってくるのも大概だけど!?」
「それで、話って言うのは?」
「流石にここで話すのは嫌だから中に入って、今お茶出すから」
優牙を呼び出した相手はうるみだった、あの一件の後、本田から優牙の連絡先を聞いていたうるみが優牙へコンタクトを取り、そして今に至る。
「意外と綺麗にしてるんですね」
「意外とって何さ、仕事から帰ってきてすぐ寝ちゃうから散らかす暇が無いだけだよ」
「ふーん」
テーブルの上にあった写真立てをふと手に取る、中に入っていた写真には家族と思われる人達が写っていた。
「あ、恥ずかしいからあんまり見ないで!」
「家族写真ですか?」
「そうだよ、こっちに来る前に撮ったやつ」
「地元は東京じゃないんですね」
「元は大阪だからね、仕事が忙しくなって東京に出てきたの。ほら、お茶入れたから座って」
手招きされるようにうるみの隣へと腰掛け向かい合う。
「それで、用件は?」
「あれ、そんなにすぐ本題に入ろうとする?」
「本田さんからの頼みじゃなければ、僕はそもそも連絡を受けてませんよ、ただのファンで居たいので」
「割り切るタイプなのね。その方が私も助かるけど少しくらい喜んでくれてもいいのに」
「正直あんまり思い出したくないので」
「そっか、じゃあ私の要件はこれ」
優牙の前に1通の封筒が出される。
「1ヶ月くらい前から私宛で事務所に届いてる脅迫紛いの手紙、中身は熱心なファンからにも見えるんだけどこの前の1件で、事務所だけじゃ手に負えなくなったみたいで警察に相談したらしいんだけど」
「門前払い、というか関連性ゼロって結論に至ったって感じですかね?」
「そう、全容はあの本田って人から聞いてるんじゃないの?」
「そもそも、この件と前の件を無関係だって言ったのは僕ですから、たしかにウェイも烏合と呼ばれていた人もうるみさんを狙ってはいましたが、関連性は無いと思います」
「? どうして断定できるわけ?」
「目的が違うからですかね、おそらくウェイ達の狙いはうるみさんを殺し、うるみさんが持つ能力を烏合へと移す事」
「この手紙の送り主が同じ発想じゃないって可能性はゼロじゃないでしょ!?」
「ゼロとは言いませんけど、同じならこんな回りくどい事をせず命を狙ってくると思います。そうだとしたら、今僕の目の前にうるみさんはいません」
「だとしても、絶対に命を取らないといけないわけじゃないかもしれないじゃない」
「実は僕も能力を手に入れてるんですよ、烏合と同じ雷撃の能力を。そこから推測しても能力者の力が他者へ渡る方法は、相手を殺す事だと結論付けました」
「そう、だったんだね」
「とはいえ、それとこれとは別問題なのでうるみさんへの熱狂的なファンからの手紙には一応対処しますよ、法律で裁ける範囲でしょうから」
そう言いながら優牙は受け取った手紙の中を見る、本田から大雑把な手紙の内容は聞いていたものの、正確な内容は本人から聞けと言われていた。
「これは、最新のものなんですよね?」
「うん、一応警察には見せたけど」
『今後一切のライブへの出演を禁止しろ、さもなければまた同じ悲劇が繰り返される。
私は何時でも君を見ている、あの惨状も、闇に葬られた2人の犯罪者の事も私には隠し通せない。君はもう表舞台に立つことの許されない人間だ』
「熱烈というか、ド正論というか。でも文章的には少しちぐはぐなような」
「どの部分が?」
「ただ単に書いてる中で文字が出てこなかったって事もあるかもしれませんが、『何時でも君を見てる』って言う割に、その後の所に『隠し通せない』って書いてあるんですよね。本当に常時見てるんだとしたら、『隠し通す』とかじゃなくて、『闇に葬られた2人の犯罪者の事も知ってる』とか『見ていた』とかの方が文字としては説得力がありますよね。
それにほら筆跡も、若干違う感じしません? 僕は本職じゃないので鑑定まではできませんけど、隠し通せないからあとの文字が」
「たしかに言われて見れば」
「もしかしたら、この手紙の主は本当に善意で送っていたのかも。最初の手紙にはなんて?」
「確か、この前のライブを中止しろ、さもなければ命は無いとか、そんな感じだったと思う」
「少し、僕の中で嫌な予感がしてます」
「どういうこと?」
「かなり飛躍した話になりますが、例えばこの手紙の送り主が未来を見る事のできる能力者だったとして、あの日の惨劇を部分的にか全容を把握して手紙を出した」
「だからライブの中止を訴えた? でも、そんなの誰も気に止めるわけ」
「ただの嫌がらせだと思われて流されるだけ、でも同じ内容を面と向かって言われても誰も信用するわけが無い」
「でも、この新しい手紙は」
「妄想が現実になってしまったから都合がいい人と悪い人がいる、都合のいい人は手紙の送り主、誰が何をするかまでは分かってなかったけど、今後のうるみさんの行動は制限できる。もし都合の悪い人が居るとすれば、表舞台に立たなくなったうるみさんを殺せなくなってしまう事、それが――」
優牙が最後まで言葉を発するより前に、背筋に悪寒が走り、反射的にうるみを押し倒しながら床へと飛び込む。
その1秒後、無数の弾丸が窓から室内へと撃ち込まれた。
「きゃぁぁぁぁ!!」
「動かないで!」
近くにあったテーブルをひっくり返し、簡易的な弾除けを作る。
自分自身を盾にしながらうるみを奥へと移動させる。
(1人や2人じゃない。これだけ大掛かりに仕掛けてくるんだ、相手は間違いなく殺す気で来てる)
室内へと飛び込む弾丸の雨が止み、優牙は銃を抜き取り構えながら窓へと近付く。
(妙だ、室内がこれだけ穴だらけになるほど打ち込まれてるのに銃声がしなかった、サイレンサーの類い? いや、そうだとしても)
考え込む優牙の不意を突くように天井が崩れる。
「サプラーイズ!」
瓦礫と共に降ってきた巨漢の男に拳を振り下ろされ、その拳は瓦礫を突き抜けながら優牙の腕を突く。
「なんて馬鹿力!」
片腕で防いだ優牙の立っていた床が抜け、そのままマンションの地下駐車場まで押し落とされる。
(多少体は丈夫になったとはいえ、こんなのは何発も喰らえない!)
受け身を取って銃を男へと向ける。
「おいおい頑丈だな、烏合の奴から【頑健】を奪ったにしても、【硬質化】が無かったら俺でもしんどい様な衝撃だぜ?」
「残念ながら足の骨は折れたし、肋数本と腕も折れたよ」
「てめぇ、おかしな野郎だな? 烏合が敗れたくらいだから余程の能力を持ってるんだろうとは思ってたけど、ウェイの【支配】烏合の【頑健】と【雷撃】それプラスもう1つの能力っておかしいよなぁ!?」
「なんの事だ!」
「教えてあーげない!」
接近してきた男へ2発の銃弾を放つ、その2発の弾丸は男の皮膚に当たると同時に弾かれ、そのまま突き進んできた男の蹴りへ自身の右足を打ち合わせる。
「おほっ、やるぅ」
「くぐって来た場数が違う!」
弾きあった右足を地に置きその足を軸に一回転し左足で回し蹴りを放つ、足は男の頭部に当たったが応えるような様子はなかった。
「っ」
「こういうのは効くだろ」
頭部に当たった足に、まるで鉄の塊を蹴飛ばしたかのような反動が返ってくる。
「指の骨が折れた音がしたなぁ? 」
距離を取ろうとした優牙の首を鷲掴みにしそのまま壁へと叩きつける。
「硬質化の能力はどんなもんだ? こうやって持たれてる部分を固められたら、息もできないだろ?」
「べら、べらと、種を明かしてくれて、ありがとう」
「まだ強がりが言えるのか」
1度壁から離し、もう1度壁へと叩きつける。
「お前も本気を出せよ、持ってるだろ最高の武器雷撃をよぉ!」
「おこと、わりだ!」
下半身に力を入れ男の腕に足を巻き付ける、たとえそれが鉄の塊と化す物だとしても、破壊できない訳では無い。
「耐えてよ、じゃないと僕も危ないから」
近くにあった消火器へ銃弾を撃ち込む。
破裂した消火器が、破片を巻き込みながら2人を襲う。
腕に刺さった破片に気を取られた一瞬の隙を突いて、優牙は男との距離をとる。
「てめぇ! やりやがったな!?」
「大丈夫傷は治してあげてる、今あなたの感覚に残ってる痛みはただの幻覚だから」
(僕には時間稼ぎが精一杯か? うるみさんの方は母さんに任せるしか)
※
「いや! 離して!」
「私達のボスが君を欲してるんでね、少々手荒だが連れて行かせてもらう」
「全く、あのバカ唯一この小娘を殺せるのに速攻で消えやがって」
「そう言うなエン、烏合を殺した奴の相手は私達には荷が重い」
「ソウ、あんたがいつまでもあのバカに甘いから言うことを聞かないんじゃない」
部屋に残されたうるみは他2人の侵入者によって、強引に連れていかれようとしていた。
「なんなのよあんた達!」
「何、と言われても。あんたみたいな小娘に名乗る名は無いのよ」
「エン、そろそろ下に行ったテイを呼び戻してこい。時間稼ぎはもう十分だ、あれが1人で来てるとも限らん」
「いい判断だ、もう遅いが」
どこからともなく聞こえた声に反応した2人より早く、ソウとうるみの間に割って入ったマントを羽織る者によってうるみは解放された。
「何っ!」
「どこから来たんだあんた!」
「家からここまで走ってきただけだ、嫌な予感がして来てみれば、息子が相変わらず危険な事に首を突っ込んでいたのでね」
「そうか、お前はオアシスの」
「大人しく投降するなら、捕まえる程度で許すが、抵抗するようなら死ぬより苦しい結果を味わってもらう」
「ほざけ!」
エンが手を横に振ると、その場で無数の空気の球が、生成されうるみとその前に立つ者へと飛ぶ。
「馬鹿者! 捕獲対象に当たったらどうする! 私達はこれ以上の能力は持てないんだぞ!」
その心配を他所に、レイピアのように細い剣で空気の球を弾き消す。
「抵抗したな? なら交渉は決裂だ。死よりも辛い恐怖を今から味あわせてやろう」
マントを放り投げ、その下から腰下まで伸びる長いブロンドの髪が、現れた。
「私の名前は雪白結衣奈、息子の不始末は半分だけだが肩代わりさせてもらう」
※
「あなた達や、ウェイは何故うるみさんを狙う!」
「知らねぇよ! 上からの命令で俺らはそれに従ってるだけさ!」
拳と拳をぶつけ合い、お互いに1歩も引かぬ攻防が繰り広げられていた。
「上? あなたの所属してる組織の名前は!?」
「そんなもんべらべら話すわけねーだろ!」
テイから放たれた拳を軽く受け流し、カウンターで腹部へ拳を一撃、再び金属の塊を殴ったかのような激痛が優牙の手に走る。
「埒が明かない」
「そりゃお相子!」
距離を取り損ねた優牙へ硬質化左脚が飛び、防ぐ間もなくモロに腕ごと胴体を蹴られる。
骨が砕け、痛みが走るが優牙の傷自体も直ぐに治ってしまう。
(もうすぐ治す方も限界が来る、その前に決着を着けないと)
「いい加減雷撃を使えよ!」
「自分の意思で使いこなせるならもう使ってるよ!」
「なるほど、使い方がわかってねーのか!」
(僕の意思で見様見真似でやった時はスタンガン位の威力にしかならなかった。それを有効的な攻撃手段にするには相手が丈夫すぎる。
試すだけは試してみるか)
「おらぁ!」
テイの拳を受け流しそのまま地面へと背負い投げる、そのまま胴体と脇下辺りへ手を置き、雷撃とは呼べない微弱な電気が流れる。
「やっぱりダメか」
「なんだそりゃ! 蚊にでも刺されたかと思ったぜ」
「だろうね、だからやり方を変える!」
間合いを取って構え、テイが立ち上がったのを見計らって動き出す。
「雷撃のもう1つの使い方を試す」
雷鳴と共に優牙がテイの視界から消えた、硬質化する間もなく、テイの頭部へ鋭い一撃が入り後ろへと吹き飛ぶ。
「ってて、そんな使い方があるなんてなぁ」
「僕自身もこれにはかなり苦しめられたからね、あなたにも味わってもらう」
優牙が烏合との戦闘で見た雷撃の用途は3つ、雷を放出する力と光速で移動する力、そして雷雲によって発生する雷の操作。
放出するのは上手くいかず、雷の操作は屋内では出来ない、ならば今使いこなすべきはたった1つの光速移動のみ。
「なら全身を硬質化すりゃいいだけだな」
「反応できるものなら試してみたら? 僕は不可能だったから諦めたよ」
あの時烏合を止められたのはほぼ無意識の行為だった、それは今の優牙が目の負傷を負った上での限界であったためである。
「もう一撃!」
雷鳴と共に懐へ飛び込み回し蹴りを放とうとした時、硬質化された全身が滑り込む様に拳を放っていた。
拳はそのまま優牙左肩に食い込み、肩が外れる音がする。
「そのまま硬質化しててよ!」
鉄の塊と化したテイの体を力任せに押し込み地下駐車場から外へと押し出す。
「!? 何しやがる!」
「硬質化してろって言ったろ!」
強引に空へと投げ飛ばし、それを受けてテイが硬質化する。
「雷撃を纏わせれば、フックショットは要らないな」
光速で建物の間を蹴り上がり、合間にテイを蹴り入れる。
そのまま30メートルほど上昇しテイの真上から蹴り落とす。
「その分厚い身体ごと砕いてやる!」
弾丸のようなスピードでテイを膝蹴りで落とし、地面へ亀裂が入る。
「がはっ」
「僕の勝ちだ」
テイの上で馬乗りのような形になった優牙が、もう1度拳を構える。
「殺せよ、キャパオーバーでてめぇも死ぬだろうけどな!」
「所属している組織の名前を言え!」
「言わねぇよ、言ったのがバレたら殺されちまう。さっさと殺れよ」
その言葉を聞き優牙が拳を振り下ろす。
「何を」
「僕が傷を治さなければもう身動きも取れないだろう、殺す必要は無い、それに。
僕はもう、誰も殺さない」
地面を殴った優牙の拳から血が流れる。
テイの上から起き上がり外れた左肩を強引に戻す。
「強いなお前」
「僕はもう、一時の感情に任せて人の命を奪うような事をしたくないだけだ」
※
「優雅の方も片付いたようだね、さぁここは危険だ君が信頼出来る人の元へと行こう」
優牙が苦労してテイを無力化する間に結衣菜は他2人を完全に無力化し、縄で縛り上げていた。
「これがオアシスの実力か」
「相手が悪すぎるねぇ」
「本部か? 能力者3名を無力化して捕獲している、輸送要員の手配を頼みたい」
「その必要は無い」
「何?」
エンやソウでは無い3人目の声が聞こえ、声の方向へと結衣菜が視線を向ける。
「お前達は――」
※
(危なかった、あと1回治したら身体が動かなくなるところだった。もう少し戦い方を工夫しないと、これ以上の相手は)
「俺はどこへ連れていかれる?」
「オアシスの捕獲施設かな、僕は見た事ないけど少なくとも更生しないと出れないような場所だと思うよ」
「そうか」
「悪いようにはならないと思うよ、それは僕が保証する、だから大人しく罪を償って――」
立ち上がったテイに優牙が押される。
そして優牙押された瞬間テイに白い槍が突き刺さった。
「なっ、どうして!?」
「つまらない人生だったがな、最後の最後に面白くて強いやつに会えて俺は満足だぜ」
振り返った優牙にテイが最後の言葉を残す。
それと同時にマンションの方から崩れるような音と砂煙が上がる。
「っ、やってくれる」
「母さん!?」
「彼女は無事だが、こいつらが」
「イレギュラー2名を確認、これより排除及び捕獲を開始する」
天から降りてきた者によってテイに突き刺さった槍が抜かれる。
「こいつら、この人と同じ組織の?」
「違う、こいつらは門徒だ」
身構える優牙に背中合わせで構える結衣菜の前に、もう1人の敵がいた。
「門徒?」
「こんな事なら私よりもドクの方が適任だったか」
「話が読めないけど、ひとまずは戦うんでいいんだよね」
「あぁ」
「排除開始」
2人の門徒が同時に襲いかかる。
銃を抜き取り突き出された槍を足で蹴り流し、発砲する。
避けもせず着弾した弾丸は、少しだけ門徒の肉体にくい込んだが、直ぐに押し返されるように出てきた。
「銃が効かない!?」
「優牙今は常識を捨てろ! こいつらは人間でも無ければ感情のある生き物でもない!」
横振りで返された槍を伏せ避けた優牙の上を結衣菜の剣が通る。
「使え!」
「わかった」
槍と弾きあった剣から結衣菜が手を離しそれを優牙が受け取る。
(と言ってもあんまり僕は刃物使った事ないんだけど)
下から巻き上げるように槍へと剣を伸ばし、そのまま蹴りを打ち込む。
「敵戦闘力、予測数値以上と推定。地上影響を考えた安全装置の解除、殲滅を開始する」
「くっ、動きが変わったか」
「早いっ」
目にも止まらぬ早さで突き出された槍が数発、優牙の身体を貫く。
「優牙!」
(まずい、これ以上は)
「目標を殲滅」
片膝を着き傷を抑える優牙へ天使の槍が向けられる。
(傷を治せば身体が動かなくなる、治さなくても満足に動かせるような傷じゃない)
「八方塞がりか⋯」
優牙が諦めたその時だった、目の前に巨漢の男が立ち塞がった。
「諦めるにはまだ早い」
「ドク!?」
「槍を納めろ神の門徒よ、私と戦って勝ち目があると思うほど無知ではあるまい」
「こちらの目標の半分は達成した、天界へと帰還する」
「なに?」
優牙に気を取られいた隙を突かれた結衣菜が、もう1人の天使に抱えられていた。
「母さん!!」
(門徒の目的は優牙ではなく結衣菜さんだと? 何故だ?)
「さらばだ」
2人の天使の間に赤い水の玉が生成され、結衣菜がその中へと入れられる。
「母さん!」
「よせ優牙、お前の敵う相手ではない!」
結衣菜の元へ飛び出そうとした優牙の肩をドクが掴む。
「勝てないからって母さんを見捨てるわけにいくか!」
その手を振り払った優牙の身体から蒼白い粒子のようなものが舞う。
「その光は!」
「母さんを返せ!」
天へと浮かび始めた門徒へ飛びかかり、1人を蹴り飛ばす、そしてもう1人を肘で押し込み地面へと落とす。
「よせ! 優牙! その水は人間には毒だ!」
守る者の居なくなった赤い液体の中へ手を伸ばす、触れた指先は1度弾かれ、それでも尚優牙は強引に水の中へと手を入れる。
「返してもらう! 母さんを!」
水の中に入った優牙の腕は皮膚が溶け、計り知れない程の痛みが触れた先から走る。
あと数センチで指が届く――はずだった。
優牙へ向け投げられた2本の白槍が優牙の心臓を貫き、足を割いた。
水の弾く力に耐えきれなくなった優牙はそのまま意識を手放して地面へと落ちた。
「イレギュラーはあったが、目標は達成。帰還する」
天へと帰る門徒たちをドクはただ傍観した。
「今の光、神の力に近い物だったようだが。お前は一体何を背負っているんだ、優牙」
※
「――知らない天井だ」
「起きて早々そんなアニメのワンシーンみたいなセリフ言わなくても!」
「うるみさん、どうして」
「君の連れの男の人が起きるまで寝かせといてくれって」
「僕はどれくらい寝てました?」
「2週間とちょっと、不思議なのがね壊れたはずのマンション気がついたら元通りになってたの、変な話だよねぇ」
「2週間!? そんなにですか!」
飛び起きた優牙の全身に激痛が走る。
「無理しない方がいいよ、応急処置はあの人がしてくれたけど、完全には治ってないだろうから」
「2週間も寝てたのに身体が治りきってない? 治すはずの力が働いてないのか、それとも」
「本当は怖かったんだよ、最初の頃は心臓の鼓動が聞こえなかったし、ちゃんと聞こえるようになったのは一昨日くらいだもん」
(それはつまり、僕は一時的に死んでいた? 仮死なのか、本当に死んでいたのかはわからないけど)
話を聞けば聞くだけ、自分自身の事であるにも関わらず実感のない恐怖が優牙の中で込み上げてくる。
「邪魔する」
「ドク」
「そろそろ起きるころだと思ってな、大阪へ向かうぞ」
「それより、あの後どうなったの」
「話は大方きいているのだろう? 2週間ほどお前は寝ていた、ただそれだけだ」
「そうじゃなくて母さんはどうなったの」
「神の門徒たちに連れていかれた。どうせ取り戻しに行くというと思ってな、詳しい話は道すがらするが」
「わかった、なら行こう」
寝かされていたベッドから激痛の走る身体を起き上がらせる。
「待って、目覚めたばかりでいきなり大阪に行くなんて無茶です!」
「大丈夫だようるみさん、僕は普通の人より頑丈だから。それに2週間前に母さんの事を巻き込んでドジを踏んで、連れ去られる状況まで作った僕自身が母さんを助け出したい」
「でも、今度は本当に死んじゃうかもしれないんだよ?」
「元より覚悟の上です。うるみさんと初めて知り合った時だって僕は自分自身の命を賭けてでもあの場に居た人を助けるつもりでしたから」
「そういうことじゃないでしょ!」
「そういうことです、それにそもそも命は賭けても死ぬつもりはありません」
「…わかった、なら約束して。もう1度私のライブに会いに来て、絶対に生きて」
「確約は出来ませんけどそういうことなら必ず。もう、こうして目を見て話し合うようなことは無いと思いますけど」
「どうして?」
「僕とうるみさんじゃ、生きる世界が違います。僕は影の中を生きてるけどうるみさんはその反対の存在だから。関わらないほうがうるみさんの為にもなります。
それじゃあ、うるみさん。さようなら」
「君はまだ1人で全部背負おうとするんだね」
※
「行くぞ、陸路で二週間掛けて大阪へ向かう」
「2週間!? 徒歩で行くつもり?」
「事前の準備と少し寄りたい場所があるのでな、門徒の足取りを追っている間に日本でもう1か所頻繁に神の力を感じる場所があった」
「その場所は?」
「滋賀県の山奥だ、もしかしたら結衣奈さんのように門徒達に狙われている者がいるのかもしれん」
「助けないとね」
「それと、大阪に行く理由だがオアシスに所属している知り合いがジェット機をチャーターしてくれたのだが、大阪空港で捕まったらしくてな」
「無事なの?」
「逃げ延びて連絡できる程度にはな、ただどんなに引き延ばしてもジェット機の方が2週間で輸送されてしまうらしい、ランディングギアをパンクさせたり計器の一部を故障させたりと、やれるだけの事はやったらしいんだが」
「飛行機に乗る理由は?」
「ロスへ向かう、とあるルートを使って門徒を追うことが出来る可能性があるからな」
「なるほど、飛行機を盗んで不法入国でアメリカへ。悪くないね」
「パスポートのない私達ではそういう方法で行くしかないからな」
「しょうがないね、手段を選んでるほど僕らに余裕はない」
「一応オアシスへは全面協力を頼んでいるが、どうなるかな」
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