3.第六話始まりのバースデイ


「当たったぁ!?」


 夏の日差しが入り始めた7月のとある休日、優牙が元アビスの拠点内でパソコンを操作していると、一通の当選メールが入った。


「いっつもアビスにチケット取って貰ってたから気にしたこと無かったけど、意外と倍率低いのかな。あれまだSNSの方で募集かけてるや、当日まで残る感じかな」


 優牙がデビュー当時から欠かさずライブに通っている歌手、七星うるみのライブチケットを応募し、その当選結果のメールを見るや驚いていたという次第である。


「っと、もうこんな時間か本田さんと約束があるんだった、早く行かないと」


 ※


「お疲れ様本田さん、はい差し入れ」

「早かったわねぇ、こっちはもうクタクタで動きたくないし仕事したくない」

「この前の1件で昇格したんでしたっけ、おめでとうございます」

「嫌味? もうこれ以上上のポストに行ったって面倒なだけなんだけど」

「本田さんが出世すればその分僕も動きやくすくなりますから。それで今回は怪しい動きを見かけて、その調査を」

「またぁ?」

「境界都市でチェン・ウェイという中国マフィアのボスを見かけまして、多分不正入国と密輸だと思うんですけど、その足取りが追えてなくて」

「それは、警察の案件じゃないような気がするんだけど」


「それもそうなんですけど、密輸品の一部が少し特殊で、中身までは見えなかったんですけど、猛獣用の檻みたいなものがあったので、そういう被害がないかの確認も兼ねて」

「少なくとも都内では確認されてないわね」

「わかりました、ウェイの所在だけ見つけられないかこっちでも探してみますが、生憎と僕は1人しか居ないので、そちらでも探してもらえると助かります」

「わかったわ」


 ※


 そしてそれから数週間が経ち7月21日、優牙は美香と優那を連れ、都内のテーマパークを訪れていた。


「ありがとう2人とも、ライブ特典の為に来てくれて」

「珍しく優牙の方から誘ってきたから、別にいいよ。それに、ここのテーマパーク少しだけ気になってて行きたかったんだよね、入場料高くてお父さん達はあんまりいい顔しないし」

「私も、たまには優牙くんと美香ちゃんと出かけられるから」

「とりあえずライブは13時からだしそれまでは色々見て回ろうか」


(本当はまだチェンの件も手がかり1つ見つかってないし、2人を連れ回すのは反対だったんだけど。背に腹はかえられないからなぁ)


 美香達とこうして出かけることは1ヶ月に1度程度ある事なのだが、普段優牙から自発的に2人を誘うことは無く、基本的には美香が誘いそれに付き添うという事が多かった。


(来年になったらこういう事も出来なくなっちゃうだろうし、進学先によっては2人とは別々になるだろうから、今のうちに作れるだけの思い出は作らないとな)


「そういえば優牙、今日は何の日かわかってる?」

「え? なんかあったっけ? 七星うるみさんのライブイベントってこと以外は何も記憶にないけど」

「呆れた、どんだけ好きなのよ」

「美香達も聞けばわかるよ、綺麗な歌声で見てるこっちが元気になれるそんな人だから」

「ほう? もしかしてもしかして優牙はその人に惚れてるの?」

「綺麗な人だとは思うけどちょっとそういうのとは違うかな、あんまり恋愛感情ってのもよく分からないしね」


 それからしばらくテーマパーク内を散策して楽しんだ後、昼食を取り3人はライブ会場へと向かった。


「ねえ、優牙くん」

「ん? どうかした?」

「優牙くんに渡したい物があって、今日、優牙くんの誕生日だから」

「え、そうだっけ」

「違うの?」

「あんまり自覚無いんだよね、母さんにもそんなに祝われた事ないし」

「お母さんと仲悪かったっけ?」

「いや、全然。最近は何かと気にかけてくれて

 アドバイスしてくれたりもするし。ただ、母さんにとって僕が生まれた日はあんまりめでたい日じゃ無いんじゃないかな。毎年夜中に写真見てたりするし」

「そうなんだ」


「そろそろ始まるみたいだよ」


 場内にイントロが流れ始め、ファン達の歓声が会場に響いた。


 ※


「「アンコール! アンコール!」」


 場内に観客たちのアンコールが流れ始め、そろそろライブも終わりを迎え始めた‪。


「皆ありがとー! みんなのアンコールに答えて今日はもうちょっとだけ歌っちゃうよ!」

「「おぉーーー!」」

「今日はたくさんの人に来てもらえて、私も嬉しい! 最後まで盛り上がって―――」


 うるみの言葉を遮るように、会場の照明が落ちマイクの音が途切れた。


「なんだなんだ?」「機材トラブルかな?」「でも、テーマパーク全体の電源が落ちてない?」

 そんな観客達の様々な声が場内を埋め尽くす。


「美香、優那から離れないで」


 優牙が何かを肌で感じとっていた、ピリピリと凍りつくような何かを。


「やれ、烏合檻から放たれたお前の力。今こそ俺に見せてみろ」


「美香! 優那を連れて逃げろ!」

「え、何で」


 一瞬優牙脳裏に最悪の光景が見えた。

 観客を巻き込み、ステージ上の彼女の上半身が吹き飛び、肉片が飛散する光景が。


「みんなしゃがめ!」


 そう言いながら左腕でステージ後ろの壁にフックを打ち込み、最大速度で巻き取る。

 刹那の出来事だった、雷鳴と共に1本の光がステージへと向かい走る。


 間一髪、光より早く彼女の元へたどり着き、床に押し倒す。

 押し倒した優牙の直情を通過していった光はステージを突き抜け天へ弾けた。


(油断してた、悪寒が走った方に居たのはウェイだ。なんで気が付かなかったんだ)


「ちっ、邪魔が入ったか。連射しろ!」


「大丈夫ですか? 」

「私は大丈夫だけど、君の背中が」

「僕は大丈夫、早く逃げて下さい」


 言われて気がついた優牙の背中は服の背中部分が溶け、皮膚は焼け焦げていた。


「直撃なら即死、かすっただけでも。最小の被害で抑えないと、この人の数じゃ銃は使えない、集中しろよ僕」

「ねぇ、どうなってるの」

「説明はあとで、今はお客さんたちを非難させてください、スタッフさんたちと協力して、お願いします」


 既に観客や他のお客さんたちはステージが壊れたのを見て慌てふためき逃げまどっている。

 そして、もう1度光がステージへと放たれた。


(まずい、避けきれない)


 立たせたうるみを押し倒し、その間を光が突き抜ける。

 そして、伸ばしていた優牙の右腕が光に飲まれ、ちぎれとんだ。


「うっ」


「また外したな、全く役に立たん奴だ。さっさと邪魔者もろとも全員殺せ!」

「うぅ」


 うなりを上げ烏合が姿勢を低くする。


(来る!!)


「シ...ネ...」


 雷鳴が響き、優牙の視界から烏合が消えるそして、まばたきの間に目の前に現れた。


「この前の人と同じか―――」


 慌てて身構えようとした優牙の全身に強い衝撃が走る。

 トラックにでもひかれたような勢いでステージの壁を壊しながら後ろへと吹き飛ばされる。


「コワス...殺す」


 宙に浮いた身体が烏合の追撃によって地面に叩き落され、優牙の頭に足を置き踏み潰そうとしているのか、力を込める。


「やりたくはなかったけど、引き付けることには成功したんだ手加減はしない」


 あるはずのない右腕に力を入れ、新しい腕をイメージする。そしてそのまま自身の頭を踏んでいる烏合の膝に向けて右腕を振る。

 よろめき後ろに1歩立ち退いた烏合の顔面へ手をばねに蹴りを入れるが、そのまま当たる直前で捕まれ止められてしまう。


「調子に、乗るな!」


 そのまま上に投げられラリアットのように腕をぶつけられ打ち上げられる。


「くそ、パワーの差はどうしようもないか!?」

「吹き飛べ」


 烏合が手のひらを優牙へ向け、先ほどよりも一回り程大きい光が優牙と放たれる。


「よく見たらマントみたいなのをまとってる、身元を隠すため? ならなんでそもそもこんなところに―――」


 身構えるより先に烏合を観察していた優牙へ光の塊が直撃し空中で爆散する。


「よくやったな烏合、あとは逃げまどう連中を殺しまくるだけだ」

「お前は嫌いだ」

「そんなことはわかってるさ。でも、お前は私の支配からは逃れられない、そういうラックだからな」

「その力、弱点がある」

「何?」

「支配出来るのはラックの発動中だけ、そしてその力は一度使ったらしばらく使えない」

「つまり?」

「今お前は俺に命令できない」


 ウェイの両肩を掴んだ烏合はそのまま引き裂くように外へ力を入れる。


「や、やめろ。私が居なかったらお前は国に帰れないんだぞ!?」

「関係はない、お前にこき使われるのはもう嫌だ」


 悲鳴を上げながらウェイが真っ二つに引き裂かれ、烏合の身体が返り血によって真っ赤に染まる。


「これで俺は自由だ。だが、俺の為にもあの女は殺す」


「悪いけど、それをさせるつもりは無いよ」

「まだ生きていたか」


 助走を付けた回し蹴りが烏合へと当たる、優牙より大きくそのうえでパワーもある烏合は怯むことすらなく受けた。


「限界はあるなやっぱり」

「ハエでも止まったか? 頑健のラックを持っている俺にはそんなもの通用しないぞ」

「関係ないね、戦いようはいくらでもある」


 フックショットを放ち近くの物を引っ張って烏合へと当てる、しかしそれすらも気に留めてはいない様だった。


「無駄だと言ってる」

「死ね」


 大振りで放たれた烏合のパンチを両腕で止めた優牙が勢いを殺しきれず後ろへと1.2メートルほど地面を擦りながら下げられる。

 両腕がしびれ、防いでなお体にまで衝撃が走る。


「生憎と僕の方も体は頑丈でね、そんなちまちました攻撃じゃ殺せないと思うよ」

「そういえば、50%ほどで打った俺の雷撃を受けてピンピンしているな。いいラックを持っているようだ」

「別にそれに関してはなんにもしてないよ、寸前のところで持ってたペットボトルを投げただけだから、前の2発でだいたいどんな攻撃なのかはわかったから、水で飛散させたんだ、流石に全部は防げなかったけど」

「ほう、ちぎれた腕を治すほどの力にあぐらをかいていたのかと思ったら、無駄なことをする割に多少は頭が回るようだ」

「無駄じゃない、無駄にはしない」


 強く地面を踏み込み左腕を振りかざした優牙の拳が烏合の左肩に当たり、今度は烏合が若干だが怯む。


「勉強しておいてよかったよ、いくら力負けしても狙うとこを的確に狙えばどんな巨漢でも多少は効くんだよ」

「そうか、そんなに早死にしたいのか」


 再び烏合が視界から消え去り、優牙から少し離れた場所で足音がした。


「そんなに死にたいのなら俺の攻撃を受けきってみせろ、お前の傷を治すラックどちらが上か」

「攻撃もしてきてないくせに、大口を。ゴホッ」

「脳が反応するより先に血が上って来たか、浅はかな」


 優牙は何が起きたのかわからなかった、咳のようなむせ込みと共に口に当てた手が真っ赤に染まる、口からは絶えず血がたれ始め腹部に激痛が走る。


(なにもされてないはずなのに)


 優牙の疑問は激痛の走った場所に手を当てた時答えが出た。


(肉が引きちぎられてる!?)


「終わりだ」


 三度視界から消えた烏合が目の前に現れる。


「跡形も無く消え去れ」


 両手を構えた烏合の手のひらから先ほどまでとは比べ物にならない程の雷撃が放たれ、身構えることすらできない優牙に直撃した雷撃によって、優牙はそのままテーマパーク内の観覧車まで吹き飛ばされ、止まった。


「無駄に命を散らすほどの年でもないだろうに、愚かな奴だ」


(まだ生きてる、身体は治せる血が足らないかもしれないけど。それは油断したツケを払ったと思うしかない)


 冷静に自己分析をする優牙の耳に悲鳴のような声が聞こえた。


(誰か、居るのか?)


 視界を横に向けた優牙の視線に停電で動かなくなった観覧車に取り残された人達が見えた、そして同時に優牙のぶつかった衝撃によって観覧車が倒壊しかけているのも。


「助けなきゃ、この人たちを」


 いくつか体に突き刺さっていた鉄骨を体動かして引き抜き周囲に目をやる。


(人が残されてるのは3台、従業員の人たちも逃げちゃったのか)


「動け、動け。助けるんだろ。あの人を止めなくちゃならないんだろ僕は!」


 いつの間にか暗くなっていた空から雨が降り注ぐ。左腕のフックショットを調整し、地面へと落ちる。

 優牙が動いたせいもあってか、徐々に観覧車の傾斜が大きくなり始める。


「内臓されてるフックの予備は3本、まずは頂点、そしてその少し左と右にも1本ずつわざわざワイヤーを切れるようにしてくれたのはこういう可能性を考えてなのかな」


 フックショットを飛ばし、手際よく右腕に2本を巻き付け、もう1本はそのまま左手で引っ張る。


「もう少し、もう少しだけ傾いてくれれば」


 少しずつワイヤーを引っ張る腕に力を入れ始める。


「勢いを殺して、ゆっくりと地面に着けさえすれば。こんなことならちぎれた腕からもう1つのフックも取っておけばよかった」


 余裕のある口ぶりの優牙だったが、徐々に徐々に踏ん張っている足も滑り始める、腕の筋肉も千切れるような感覚が走る。


「泣くな、どんだけ痛かろうと。諦めるな、いつだって最高の結果を手に入れなきゃいけないんだ僕は、高望みだろうとエゴだろうと。自分の撒いた種は自分自身で―」

「大丈夫!?」


 優牙の右腕から伸びるワイヤーに誰かの手が伸びる。


「うるみさん!? ダメだこっちに来ちゃ」

「君が1人で頑張ってるのに、助けないわけにいかないでしょ! どうすればいいの!」

「っ、ありがとうございます。粘れるだけ粘ってこのまま観覧車を倒します、それから乗ってる人達を降ろして」

「わかった、女の私じゃ力不足だろうけど出来ることはするから」


「おいお前ら! こっちだ! 中々倒れないと思ったら引っ張ってる奴が居たぞ!」

「俺達も手を貸そう!」

「いくぞいくぞ!」


 周りから逃げたはずの人達が集まり始め、各々ワイヤーに手を伸ばす。


「だめだ皆ここに居たら、あの人が」

「なんでも1人で抱え込まないで、たくさんの人たちがそばにいるんだから、そういう時は頼っていいんだよ」

「でもっ」

「でもじゃないの!」


 未だゆっくりと倒れる観覧車に引っ張られ雨に濡れた地面も合わさって踏ん張りは効かなくなっていくものの、予定通りゆっくりと地面に観覧車を降ろした。


「皆さんすぐに避難を!」

「何言ってるの君も!」

「僕にはまだやらないといけないことがあるんです!」

「さっきの人と戦うの?」

「それがここに居る人たちを守る、僕に出来る事なので」


(本当はこれだけ騒ぎが大きくなれば母さんが来るかもしれないなんて思ってたけど、その望みはもう捨てなくちゃいけない)


 一瞬、天が光った。


「来る!!」


 天から降り注いだ雷が優牙に直撃し、その衝撃で周囲に居た者たちも吹き飛ばされた。

 烏合による人為的な物なのか、それとも自然が優牙へ牙を向いたのかそれはわからなかった、だが優牙の中で答えは出ていた。


「本当にしぶといな」

「僕はあなたを止める、絶対にだ」


 優牙の中で何かが切れた音がした。


「お前に俺は止められん」


 視界から消えた烏合を優牙の蹴り上げた足が捉えた。


「なに!?」

「そう何度も同じ手は使わせない」


 力の限りに振った飛ばした足は骨が折れた代わりに烏合をはじき返す。


「かかってこい、僕の後ろにあなたは通さない」

「小僧!」


(多分高速で動いてるだけであの移動は瞬間移動してるわけでも、消えてるわけでもない。その上でさっきまでの2回は全て直線にしか移動してなかった、それはつまり早い分精密には動けない証拠)


 烏合が両手を構え雷撃を放とうとしていた。


「ここに居る者共と一緒に木端微塵になるがいい!」

「うおぉぉぉぉ!」


(雷撃はこの雨の中なら多少クッションを挟むだけで飛散させられる。そうじゃなかったとしても)


「肉が焼け焦げようと、骨が折れようと構うもんか!」


 最後のフックショットを烏合へと放ちながら走り出す、烏合の身体へと突き刺さったフックショットを巻き取り直前まで接近する。


「150パーセントだ! 燃え尽きろ!」


 ゼロ距離で放たれた雷撃へ優牙が拳を伸ばす、その場で爆散した雷撃は優牙と烏合を吹き飛ばし、残った一部の雷は水に乗って飛散した。


(もう、体がいう事を利かない、動いてくれ頼む目の前の敵をあの人を止めなくちゃいけないんだ)


「ねぇこの辺にメガホンとかない?」

「な、なにするんですかこんな状況で」

「頑張ってるあの子を助けてあげたいの、何の力にもならないかもしれないけどでも私の歌を届けたいの。だって私の歌は誰かの力にしたいものだから」

「か、観覧車の操作室にありましたよ! それを使ってください!」

「ありがとう!」


(まだ、あの人は立ち上がってない、動け、今動かなきゃどうにもならないんだ)


 動かなくなった身体を無理矢理動かそうとする優牙の目にボロボロになりながらも、立ち上がる烏合の姿が目に入った。


(負けられない、あの人にだけは負けられないんだぁ!)


 拳を握り締める優牙の元へうるみの歌声が聞こえた。


「うるみ、さん?」


(頑張って、名前も知らないけど誰かの為に頑張ってる君が負けるのを私は見たくないよ)


「耳障りだ小娘」


「うるみさん、あの人こっち見てますよ!」

(大丈夫、きっと)

「ま、万が一こっちに来たら守るぞ!?」


「消えろ有象無象のゴミ共が」


 烏合の構えた腕がうるみとその周りに居る者たちに標準を定め、雷撃が放たれる。


「やめろぉ!」


 最後の力を振り絞る優牙が雷撃を弾く、弾かれた雷撃は避難の終わった観覧車へと直撃し、飛散する。


「ありがとう、うるみさん僕はおかげさまで元気になりました!」


 身体の自由は長くは利かない、左腕のフックショットも先程の雷撃で故障し今はもう使えない。


 そんな中でも優牙は両手を広げ1歩ずつ踏みしめるように烏合へと近付く。


「まだ俺の前に立ちはだかるか!」


 片腕でなんども雷撃を放つ。もう、ほとんど標準は定まらず優牙は当たった雷撃を気にもせず烏合の前へと立ちはだかる。


「なんでかな、すごく力が湧いてくる」

「くそぉ!」


 優牙の腹部へやけくそのような拳が飛ぶ。


「僕はあなたを許せない、だから」


 そのまま拳を受け流し、烏合を宙へと投げる。


 倒れた観覧車の鉄骨と折れた支柱を蹴り上げ優牙自身も宙へと舞い上がる。

 そして、落ち始めた烏合の上へと飛び上がり右足を構える。


「わざわざ殺されにきたか俺は、切り札は最後まで取っておく人間なんだよ!」


 蹴り落そうとした右脚の先に折れた支柱が見えた。


(まずい!?)


「死ねぇ!」

「やめろぉぉ!」


 天から降り注いだ雷が優牙に直撃し、地面へ叩き落される。


「俺の雷撃は雲の中に帯電させてチャージすることが出来るんだよ! 小娘は殺せなかったが! これでお前は―――」


 烏合が言葉を言い終える前に観覧車の支柱が烏合の身体を、心臓を貫いた。


 身体を起こしその惨状を目の当たりにした優牙は、膝から崩れ落ちる。


「僕のせいだ、僕が周りを見てなかったせいで」


 身体中が今は自力で治せない程ボロボロになっいた優牙にとって、そこまで見るほどの余裕はなかった。

 不慮の事故というには後味が悪く、故意の殺人とも呼べない結果に優牙は頭を抱えた。


「く、そ」


 後悔するよりも先に優牙の意識が途切れた。


 ※


「すまないね、今日も優牙は部屋から出てきていないんだ、ご飯は食べてるから生きてはいると思うんだけど」

「そうですか、ならこれを渡しておいてもらえませんか? 私と優那からの優牙への誕生日プレゼント、本当はこの前渡すつもりだったんですけど。こんなことになっちゃったので」

「もしかしたら、もう二度と、渡せないような、そんな気がして」

「ありがとう2人とも、優牙には私から渡しておこう」

「お願いします」


 テーマパークでの一件から1週間、優牙は部屋に閉じこもり続け、外には出ていなかった。

 自分の手で人を殺してしまったという感覚が、まだ優牙の中で処理できていない。

 事件に関しては、この一件に関わっていたほとんどの者が事情を正直にはなし、その上で事故死として処理された。

 現場に居たウェイの死体と烏合によって切り落とされた優牙の腕が現場に残されていたが、状況を一部知っていた本田の計らいもあり、テーマパークが長期休業になったこと以外でのことは世間へただの自然災害による大規模停電での事故となっていた。


「優牙また2人が来たよ、渡し忘れていた優牙への誕生日プレゼントを持ってきてくれたらしい、私は少し出かけてくるから、ゆっくりでいい気持ちに整理を着けられるようにね」


 結衣奈の優しい言葉と、美香と優那の優しさが、さらに優牙の心を苦しめる。

 結衣奈自身は事情を優牙から聞いたうえでの言葉だが、美香や優那はあの日何があったのかそれを知らない。


 玄関のドアが閉まる音がした。

 優牙は外に出て、美香と優那の誕生日プレゼントを手に取った。


「ありがとう2人とも。でも、僕はもう2人のそばにいる資格なんか」


 2人のプレゼントを開け中身を見る、中には2つとも手紙と小さな箱が入っていた。

 美香の方の中身を開けると中には小さなブローチが入っていた。


「ルビーのブローチ、絶対高そう、でも、ありがとう美香」


 そのまま美香の手紙を開く。


「誕生日おめでとう優牙。

 よくよく考えたら優牙に祝ってもらうことはあったけど私が優牙の誕生日を祝うことってなかったなと思って先生に優牙の誕生日を聞いて、優那と2人で祝うことにしたの。

 改まって手紙を書くことにしたんだけど、特に書くことが無くて困っちゃった。

 これからもよろしくね」


 いたって普通の文章の手紙と、もう一枚書き足したような手紙が入っていた。


「私は普段優牙が何をしているのかわからないけど、いつも私たちを守ろうとしてくれて、実際に守ってくれてるのはわかってる。

 だから、本当に辛いときは私の事は気にしなくていいから。優那のそばには居てあげてね」


「美香らしいな」


 もう1つの箱を開け、中身と手紙を開く。

 優那からのプレゼントは懐中時計だった。


「優牙くんへ、誕生日おめでとう。

 普段優牙くんのおかげで美香ちゃんが仲良くしてくれて、小学生の頃から初めて知り合ったときからたくさんの物を私は貰ってると思う。

 でも、いつも優牙くんを見てて無理してないかなって不安に思うこともあるし、なにもしてあげられない私がそばに居ていいのかなって思うこともあるの。

 だから、いつもたくさんの物を貰ってる私が今度は私の宝物を上げようと思って大事にしてた懐中時計を送るね。

 色々思い出があるものだけど、それ以上の思い出を優牙くんがくれたしこれからもくれると思うから。

 私と友達になってくれてありがとう。これからもよろしくお願いします」


「優那、美香。本当にありがとう」


 2人の手紙を抱きしめながら優牙は崩れ落ち泣き出す。


「僕は、どうすればいいんだ」


 やりきれない気持ちがこみ上げる、ぐちゃぐちゃになった感情が抑えきれずこみ上げてきたものが今優牙自身が流している涙なのだろう。



 しかし、優牙の気持ちとは裏腹に世界は残酷に進み続ける―――。

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