3.第三話 隠された真実
「話はドクから聞いた、かなり無茶をしたみたいだね」
「無茶なんてしてないよ、ケガもしてないしただ現場に居合わせただけだもん」
「まったく、危険なことはしないって約束しただろう?」
目線を合わせて叱る結衣奈に目を合わせない優牙は一生懸命に言い訳を考えていた。
「今回は近くに美香と優那が居たから仕方なかったんだよ、警察に電話するわけにもいかなかったし」
「だからって自分の身を犠牲にする必要はないだろう? 一歩間違えば死んでいたかもしれないのに」
「自分の力に賭けてみただけだよ、案の定怪我はすぐに治ったし」
「今度は危険なことになる前にドクか私を呼ぶんだ」
「うん、次があったらそうするよ」
「お母さんは無い事を祈るよ」
※
「結衣奈さんは納得したのか?」
「するわけないから話してないよ、反対するに決まってるしなにより僕のこともよくわかってないような人だし」
「母親に向かってそういう言い方はどうにも好まないが」
「本当なら僕も危ない事はしたくないけど、この世界がそうさせてくれないんだからしょうがないでしょ」
「ふむ、しかしな」
ドクへ戦い方の指導を求めた優牙は小休憩の最中、正直に結衣奈へ事情を伝えたのかを問われていた。
自分以外の誰も巻き込みたくないと思う優牙にとって、自分以外の誰かの犠牲を出さないために考えられるのは力を付けることだけだった。
「それより、早く再開しよう。その老体が疲れて動かないって言うならもう少し休憩してもいいけど」
「師に対する言葉とは思えんな」
「別に戦い方を聞きたいわけじゃなくて単純に全力をぶつけて大丈夫な相手と戦いたいだけだから」
「その思い上がりをへし折ってやるために相手をしようと思っていたのだがな」
ドクと優牙の身長差は約50センチほど、優牙がまだ成長段階に入っていない身体とはいえドクの2メートルを超える身長に対してリーチの差は歴然。
だからこそ素早く懐に潜り込み力押しをするしか方法のない優牙には、かなりの瞬発力と一発一発の打ち込みを強烈にするための破壊力が求められた。
そこでドクから出た提案は体重移動さえまともにできれば問題の無い足を主体にした戦闘のスタイルを勧めたのだが。
飲み込みも学習も早い優牙は二時間ほどの組み手でドクが押されるほどには成長していた。
技能はそこそこ、しかしくぐってきた場数の差もあるのか優牙の今の力量を図り切ったドクの強烈な一撃をくらい、気を失ってしまうのだった。
※
東京境界都市新宿、その近隣区にあるビル街の地下へと優牙は足を踏み入れた。
悪人が身を隠すには最適な一般人たちが境界都市を恐れ遠く離れていったこの地は殺人鬼や盗みを生業とするもの、空き家を取引場所に使う極道風の者たちなど顔をみるだけでも普通の者なら震えあがるような場所だった。
「かれこれ十数年で都心部周辺がこんなに荒れ果てるだなんて当時の人たちは夢にも思わなかったんだろうな」
地に転がる空き缶や異臭を放つ中身の見えない黒いごみ袋、人が寄り付かない上に管理もされていなければ廃れるのも当然とは思えるが。
始めてこの地に踏み入れた時と変わらない景色に呆れつつも、目的地のドアを開け中に入って行く。
「あいかわらずだねここは」
「上ならともかくこの地下に法律は無いからな、本来ならお前のような子供が出歩く所でもない」
「そう邪険にしないでよ、わざわざ人目を避けてここまで来るの結構大変なんだから」
数十台に及ぶモニターと大量のデスクトップパソコンで埋め尽くされた広い部屋の最奥、モニターに向かいキーボードを叩き続ける後ろ姿に優牙はいつものように言葉を交わした。
「今日はどっちだ、また変な秘密道具を作れっていうならしばらくは無理だが」
「いや、今日はそういうのじゃないよ情報を貰いに来たんだ」
「この前の発砲事件絡みか?」
「流石に知ってた?」
「まぁな、捕まった後藤満は殺人の余罪付きでしばらくは出れないだろう、もう一人のおまけに関しては強盗だけだったから一年も入ってれば出てくるって話だ。これ以上は有料の話だ、調べるにしてもな」
「刑務所への輸送予定っていつ頃?」
「しばらくかかるらしい、短くても二週間長ければ一か月以上」
何かを調べて報告するにしても最低で二週間という期間は短いのか長いのかは人によって異なるだろうが、今回に関しては確実に短い。
「調べて欲しいのは満さんをたぶらかした張本人と殺された人の情報」
「二時間もあれば情報自体は集められると思うが、今回の支払いはどうする? いつも通りのおつかいか、お前がいつも選ばない手っ取り早い方かだな」
「今日は早い方でいいよ、少し体が動かしたかったんだ」
「えっ」
優雅の言った言葉を予想してなかったのかずっと背中を向けていた身体を180回転させてこちらを向いた。
ぼさぼさの黒髪とそれなりに整った顔立ちのその男は優牙の持つ無線機や腕に着けている機械の作成をしてくれた、【アビス】と呼ばれる裏の世界では有名な情報屋だった。
そして優牙が独自の情報源として利用している相手だった。
「何か問題でもあるの?」
「今回もおつかいだと思ってきっつい仕事用意しといてやったのに」
「いつもそうでしょ。というか初めからおつかいって呼んでいいレベルのものは無かったでしょ」
初めてこの場所に優牙が足を踏み入れた時、支払い能力の無い優牙に対してアビスから提案された交換条件は。
一つがアビスのおつかいを受けること、二つ目がこの地下街のさらに下にある闘技場で掛け金の配当倍率が一桁に落ちるまで戦い続けるというものだった。
ここに来た当時は特に戦う理由もなくそして危険性もあまりないお使いの方を選んでいた優牙だったが、そのおつかいと呼ばれるものも名前通りの生易しいものではなかった。
初めてのおつかいはこのアビスの部屋からさらに二つとなりの店に居るヤーさんからアビスへのツケを回収するように言われるが、相手が素直に払うわけもなく十五人近い相手に囲まれそれを撃破しつつボロボロになりながらもツケを回収できたのだが。
それ以来似たような仕事ばかり押し付けてくるアビスによって地下街では一目置かれるどころか知らない者などいないというレベルにまでなってしまっていた。
そのせいか地下街での仕事がなくなり最近のおつかいは外に出ることも多くなった。
「お使いの方はどんな感じなの?」
「少し前に調べ物を頼まれてな、終わったから書類を届けてきてほしいんだ代金と交換でな」
「ここに直接取りに来させないってことはそういうことでしょ」
「あぁ、ちなみに守備の多さは保証するぞなんて言ったって鳳凰会の本部だからな」
「トラブルになる前提なのが問題なんだけど、支払ってくれなそうなの?」
「クライアントの望むような情報を手に入れられてないからな、それでも調べた事実を包み隠さずに報告するのが仕事だ。それを不都合に思って逆恨みされる可能性はあるって話だ」
「人をヤクザ屋さんの的に仕立て上げようとするのは勘弁してほしいかな」
※
「おい坊主ここはガキの来るよな場所とちゃうぞ」
「情報屋の使いだってさっきから言ってるでしょ、上人に話を通してくれれば伝わるはずだからまずは連絡してよ」
「俺は鳳凰会に入って一年になるもんだが、うちの会長はお前みたいなガキも直接来ないような情報屋を頼るような方でもないんだ、帰った帰った」
(入って一年って下っ端も下っ端だよね)
鳳凰会本部、東京ドーム一個分の広い敷地の大きな門の前で下っ端の男に通してもらえずかれこれ一時間近く経過しているが、いまだに中に連絡を入れる様子もない下っ端に優牙は痺れを切らしていた。
「極道の世界には報連相ってのは無いわけ? こっちとしてはこんな紙切れ燃やして捨ててもいいくらいなんだけど」
「だからその中身を確認させろって言ってるだろうが、それで本当に会長が必要としてるような情報なら通してやるって言ってるんだ」
「情報屋からの指示で会長以外には見せるなって言われてるんだから無理に決まってるだろ!」
お互いに痺れを切らしヒートアップする中一台の黒いセダンが門の前へと停車した。
「何の騒ぎだ、本部の前でみっともない」
「あ、瀬川組長。いやね情報屋からの使いを名乗る妙なガキがしつこくてですね」
セダンの後部座席側の窓が下がり中から声を発した顔に大きな傷のある瀬川と呼ばれる男に事情を説明する下っ端だったが、優牙の顔をみるなり呆れたような表情を浮かべた。
「会長が依頼していた情報屋、アビスの使い。ということは君が最近うちの下部組織を締めている少年か」
「あっ、そういえば最近そんなこともしたような記憶があるようなないような」
「乗りな、会長の所まで連れてってやろう。無駄に足止めされたお詫びにな」
「それはどうも」
中から空いた後部座席のドアを見つめ、交互に瀬川の顔を見た優牙は一瞬だけ考えて大人しく車の中へと乗り込んだ。
「そんなに僕の悪名は広がってるんですね」
「元はと言えばアビスへ仕事を依頼して支払いを怠ったうちの下部組織の連中が悪いだけなのだが、一応我々にも面子というものがある。たった一人の子供に痛い目に合わされたとあってはな」
「あと十分あなたが来るのが遅かったら強行突破してましたよ、鳳凰会直系瀬川組組長瀬川泰三(せがわ たいぞう)さん」
「よく知っているようだな」
「一応下部組織も含めて組長と若頭、それと若頭補佐の人たちの顔は記憶してますよ、それにあなたの場合は要注意しろってアビスから言われてるのもありますけど」
日本最大級の組織である鳳凰会、その中で一番のやり手とされているのが今優雅の横にいる強面の男。
直系組織は瀬川組をはじめ十数個の組織があるが、次期会長に一番近い男と呼ばれるほど現会長からもほかの幹部からも信頼が厚い男。
(この人がここに来るなら、騒ぎを起こさなかったのはいい判断だったってことだよね)
「なんでも調べつくしてしまう伝説の情報屋にそこまで警戒されているとはな」
「警戒なんて大それたものじゃないですよ、戦うことになったら注意しろってレベルですから」
※
本部の大きな屋敷の中にあるただっ広い会長室へと招かれた優牙は広い空間に木製のデスク一つという簡素な空間で、書類を確認する男の前に佇んでいた。
「問題がなさそうでしたら、指定された口座にお金を振り込んでください。三日以内に入金が確認されない場合はまたお伺いすることになると思います」
「あぁ、わかっているよ。無いとは思うがこの情報に不備や虚偽は無いんだね?」
「もちろん、と言いたいところですが。今回は力不足を認めるそうです、僕もよくアビスの情報を買いますけど、多少時間で風化したり予期しないトラブルが起きたりすること以外は大体信じて大丈夫だと思います」
「ふむ、一つ聞きたかったんだが」
「なんでしょうか」
「君個人に依頼を出すことは可能かね?」
「基本的にはお断りしますよ、僕は何でも屋でもなければトラブル大好き人間でもないですから」
そう言い残し書類の確認を終えたことを確認した優牙は会長室を後にする、優牙が個人的に仕事受けないのは今こうしてこの場にいるのも嫌々である上に、結衣奈を必要以上に心配させたくないという気持ちからであった。
※
「仕事は終わったけどこっちの依頼はどうなってるの?」
「ある程度は調べ終わったが結構厄介な相手みたいだな」
鳳凰会本部から帰宅したその帰り道、当初の予定よりも早く済んだ情報収集に驚きつつも優牙は事実を受け入れる覚悟を決めた。
「厄介なのはわかってるよ、誰が仕組んで何のために人が死んで、なぜ殺されないといけなかったのかが知りたいんだ。これ以上人の弱みに付け込むような行為を許すわけにはいかない」
「なら全貌を話す、が。正直な話首を突っ込むのはお勧めしない」
「それでも、だよ」
「なら簡単に話す、後藤満に殺害された男にはストーカー行為をしていたような証拠も記録もなかった。それと噓の情報を渡したのは境界都市を調査するイギリスから派遣された調査団の一人だった」
「イギリスの調査団とストーカーがどうつながるわけ?」
「少しきな臭い話なんだがどうやら殺された男は日本の境界都市調査員だったらしくてな、境界都市内で何かを見つけちまったらしい。その何かを調査&報告する過程でなにかイギリスの調査団にとって都合の悪いもんでも見つかっちまったのかもな」
「その調査してたものに関しては何かわからないの?」
「そこまでは流石にな、境界都市の中は防犯カメラはあっても電源が落ちてるせいで映像は記録されてないし、日本の調査団体に報告が入る前の話だからな」
「現地に行っても手掛かりはなさそうだね、それに日本国内で外国人と問題は起こせないし」
「話を聞くだけなら拉致監禁だけで済むがそもそも大した情報は出ないだろうしな」
「ただの仕事上のトラブルって感じだね、とりあえず僕はこの情報を持って満さんの所に行くしかないか」
「そうだな、中途半端な情報で申し訳ないが」
「大丈夫だよ、証拠が無いものをどうこうしようって気にもならないしね」
話を聞き終えた優牙が部屋のドアを閉じ出て行ったあと、アビスは独り言のように呟いた。
「悪いな優牙、今のお前をサイファーと衝突させるわけにはいかないんだ。それにサイファーと事を構えるべき人間は、また別にいるからな」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます