3.第二話 復讐と始まり


 翌日――


 いつものように昼休みに図書室にて本を読んでいた優牙の前に、クラスメイトである黒髪の女の子がゆっくりと歩いて来ていた。


「昨日、は、ありがとう」


 不慣れな手つきで手話をする女の子、昨日の事件の発端になった先天性難聴の少女。

 少し猫背気味な彼女の胸に付いていた名札には如月優那(きさらぎ ゆうな)という名前が書いてあった。


「やっぱり、多少は聞こえてたんだね。別にいいんだよ昨日は僕が我慢できなかっただけだから」

「でも、助けて、くれた」

「迷惑じゃなかったって事だけわかれば十分だよ、余計なお世話だ! なんて言われたんじゃ少しだけ傷つきそうだ」

「そんなことない、私、あんまり怒れないから」

「別に悪いことだとは思わないよ、僕も普段ならあそこまで怒らないし」


 その言葉を優那は表情を変え、不思議そうな顔で問う。


「ならどうして?」

「どうしてだろうね、わかりやすく言えば。僕が君に対して少なからず好意を抱いてるからじゃないかな。もちろん変な意味じゃなくてね」

「そう、だったんだ」

「昨日母さんにも言われたんだけどね、僕があそこまで感情を前に出すのは自分じゃ自覚してないけど、めずらしいことなんだってさ」


 昨日一度だけ、校長室で感情のままに敵意をむき出しにした優牙を結衣奈は見たことがなかったそうだ、元々温厚な性格で誰に対しても優しい感情を持てる優牙にとっては、誰かに対して明確な敵意や怒りを持つことは確かによくあることではない。


 学校以外ではほとんど一緒に居る母にすら見せたことのない姿を、優牙は昨日たった一人、彼女の為に見せたことになる。


「いつまでも立ってないで座ったら? 図書委員くらいしか居ないとはいえあんまり話してると迷惑だろうしね」

「うん」


 ※


 それから更に時は流れ二か月後。

 秋の風が吹き少し肌寒い季節になった頃、優牙は学校に通う時とあまり変わらない服装で、重いリュックサックを背負い都内のショッピングモールへと来ていた。


「おはよ~! 優牙!」

「おはよう美香、随分と気合が入ってるね」


 待ち合わせ相手との合流のためにショッピングモールの入り口で待っていた優牙の前に、気合の入った短めのスカートに今の季節には丁度いいであろうセーターを着た首元より少し長い茶髪の少女がやってきた。


 そして、その少女はちょうど二か月前にひと悶着あった相手だった。


「そりゃそうでしょ。今日はせっかく三人で買い物なんだからママに頼んで髪までセットしてもらったんだもん。それに比べて優牙は」

「僕はそんなに今日の事を特別視してなかったから、いつも通りの服装だよ」


 小学生という歳でも男女の間にある意識の差には差があるのか、優牙の服装は黒のパーカーに動きやすそうなズボンという楽な格好であった。


「せっかくかわいい女の子二人とのデートだっていうのに、少しくらい恰好つけるような服装できないわけ?」

「生憎と美香の事はそういう風に見てないし、優那に関して持ってる感情もそういうものじゃないから難しいかな」

「もーなにそれ」


 大人びた小難しい言い訳を使う優牙に美香は少しだけ飽きれ、同時に周囲を見渡した。

 そしてその視線が止まった方へと大きく手を振り始めた。


「優那ちゃーんこっちだよ!!」


 美香の声を聞き、その視線の先へと目をやると。優牙同様いつもとあまり変わらない服装の優那がいた。


「遅れてごめんなさい!」

「いいのいいの、まだ待ち合わせ時間五分前だよ」

「ほら、無駄に気合が入ってるのは美香だけだった」

「うるさい! ほら行くよ!」


 合流した優那と優牙を先導するように美香が前を歩く、一人だけテンションの高い美香を見て二人は見合い、少しだけ笑った。


「今日は無理言ったのに、来てくれてありがとう」

「まぁ美香と二人にするのはコミュニケーション的な意味で結構怖かったし、最近は少しだけ物騒だから大丈夫だよ」


 そういいながら優牙はポケットの中に隠していた有線式のイヤホンを耳に着ける。


「嫌だったら無理に付き合わなくてもいいから、ね?」

「いつも勉強漬けだからたまには息抜きしないとね、だから気になくていいよ。美香と二人思いっきり楽しんで来て」

「うん!」


 美香に当てられたのかそれとも純粋に楽しみにしていたのか優牙の聞く弾んでいた。

 一人そのテンションについていけない優牙のイヤホンには荒めの音質で不穏な言葉が聞こえた。


〔B1より本部へ、早朝の件やはりいままでと同一犯の可能性あり、二人組の男に拳銃で脅され鞄を盗まれたそうです、数キロ離れた場所に落ちていた被害者の鞄からは財布とスマートフォンが抜かれていましたが、通信用のチップも抜かれていたため今のところ足取りを追う方法はありません〕

〔追う方法が無いでは済まないのです、すぐに周辺の防犯カメラと目撃者を探してください、もし境界都市に逃げられるようなことがあればまだ被害は続きます。

 実際に撃たれた被害者も居るのですから、徹底的に捜索してくだい。

 境界都市の方向へ逃げた怪しい人物が居ないかの捜索と近隣区画への厳戒態勢をしいてください、本部から応援も送ります〕

〔了解しました〕


(境界都市方面へ逃げたならこことは逆方向か、慢心は出来ないが取り越し苦労で済んでくれればいいな)


 イヤホンの先についていたのは無線をジャックするために改造した携帯用無線機、そしてそのジャック先は警視庁の警察とその司令本部。

 数週間前から起きている連続強盗事件の件で自身の回りに被害が出ないよう細心の注意を払っていたが、今初めて耳に入った早朝の事件に関しては多少の焦りを覚える。


 被害者は二桁以上、そして犯人は本物の拳銃を握っている可能性がある。

 いままで散々美香や優那と出かけることを拒んできた理由はこれだが、それにしても十数年前から東京都内の犯罪件数は増える一方になっている。

 理由の大半は境界都市新宿へと駆り出された調査団と、その警護に着いた警察組織の人員不足による治安悪化。


「優牙くん?」

「ん? どうかした? 優那」

「やっぱりいつもより浮かない顔してるから、気になって」

「大丈夫だよ、ほら美香を見失う前に行こう?」


 入り口から少し進んだところで立ち止まってしまっていた優牙は優那の手を取り少し先に居る美香へと向かって歩いた。


「んー、何回来ても綺麗な内装」

「結構来ることあるんだ」

「家族でよくね、月に一二回くらいはここのレストラン街で家族揃ってご飯食べたりするし」


 縦に長い四階建てのショッピングモール、天井はガラス張りで屋内だというのに強めの日差しが差し込んでくる、建物の中央にある広い通路とその左右に広がる様々な店。二階以上のフロアも似たような作りだが、大きく吹き抜けがある構造のため一階部分にもしっかりと日が差し込む。

 屋内にいるのに、少しだけ暖かい日差しを浴びれるのは不思議な気分でもあり、日の光だけ浴びれることに多少の気持ちよさも感じられる。


「僕は来たことなかったから、結構新鮮かも」

「私もあんまり、お洋服とかはお母さんが買ってきてくれるし」

「二人は本当に似たもの同士だね~、事情があるからしょうがないだろうけど」


 そんな感じの他愛も無い話をしながら、三人はモール内を見回り、主に美香の買い物に付き合いながら楽しく散策していた。


 ※


「あー楽しかった、少し休憩して今日はもう帰ろうか」

「そうだね、美香はだいぶ買い込んでたみたいだし荷物も重いでしょ」

「少しだけ買いすぎちゃった、荷物持ってくれてありがとうね優牙」

「たまには、悪くないかと思ってさ」


 男の優牙には少しだけ退屈な女の子同士の買い物に付き添い疲れた優牙は三階にあるフードコートエリアで一息つこうとしていた。


「優牙お礼になんか飲み物買ってくるから、なにがいい?」

「お茶でいいよ、僕はここで荷物番してるから優那も行っておいで」

「うん、ありがとう」


 店へと買い物へ向かった二人を待つ間に荷物を置こうとした優牙の右耳に、少しだけ大きな耳鳴りが響いた。

 モールに入ったときに着けていたイヤホンはもう外していて、ノイズや異音だとしても耳鳴りのようになったことは無かった。


(今の音、なんだ?)


 音の聞こえた方を見渡してみるも、大勢の客が居る中に耳鳴りの様な音が聞こえそれを気にするような素振りを見せるものは居なかった。

 耳鳴り自体、外から聞こえたというよりは体の中で響いたような感覚だった。


 そして、無数の考えが頭の中によぎった優牙の中で。

 一つだけ、思い立った最悪のケースと過去に出会ったことある感覚が、点と点を線で繋いだように結びつき。

 優牙の身体を一瞬だけ震わせた。


(朝から嫌な予感はしていた。でも、これだけ人が居る中で相手を特定して周りを巻き込まないように、この非力な体で無力化する方法なんて今の僕には思いつかない。ましてや美香や優那が近くに居る状況で危ない賭けはすることが出来ない)


 優牙の中で結びついてしまった最悪のケース、それは早朝の連続強盗犯がこの周辺に居る可能性。


 数年前優牙と結衣奈が街へ出かけていた時に似たような耳鳴りを聞いた、その方向には裏路地で襲われている女性と強盗が居た。

 その時はたまたま近くにいた警察官によって強盗は捕まったが、その時と似たような感覚を感じた今、すぐそばに犯人が居ても何ら疑問には思わない。


(いまここで無理に捕まえようとする必要は無いはず、特定だけして後は警察に任せれば。でも、現行犯じゃない相手を子供の言葉一つで怪しむ大人は母さん以外にはそうそう居ないはず)


 安全な策を取って見逃す、そういう選択肢が一瞬だけ優牙の頭を過る。

 それと同時に、いま誰もかれもが楽し気に過ごすその水面下で見ず知らずの誰かが被害にあっている可能性も過る。

 それがその相手が、自分の母である結衣奈や今そばにいる優那や美香だった時。


 家族連れが多いこの場所でと思ってしまった時には、優牙はもう考えるより先に自分のリュックサックを漁っていた。


 これだけの人が居る中で怪しい人物を探すのは骨が折れる、視覚情報だけに頼れば尚更。

 リュックサックからスタンガンと警棒を取りだし、腰に隠した優牙は元居た席から離れず過ぎないように周囲を歩き回る。


(早朝の強盗と同一犯で尚且つ情報通りに本物の拳銃を持っているのだとしたら、多少の火薬の匂いがするはず、そうじゃなくても硝煙匂いはそうそう取れるものじゃないはず)


 一人一人の表情を見逃さず怪しまれないよう、二十秒から三十秒の間隔で歩き回る優牙の五感には何も引っかからない。

 少々、というかかなり誤算だったのは近くにきつい香水をつけている客が居たことだった、かなり頼りにしていた優牙の嗅覚はほとんど頼りにならず、追跡されてるかのように匂いはなかなか消えない。


(この匂い、鼻に着くようなきつい匂いじゃないのにずっと残ってる。これだけ強力な匂いなら硝煙や火薬の匂いも―――)


「お兄ちゃん迷子かい? さっきからふらふらと探し回ってるみたいだけど」


(しまった)


 こちらの存在に悟られることを全く考慮していなかった優牙の後ろには、声だけ聴けば三十程度のとしであろう男が立っていた。


「おっと、動くなよ。こっちも人気があるところで騒ぎは起こしたくないんだ、わかってくれると嬉しいね坊主」


 腰に手を回そうとした優牙に男が釘を刺す。


「どこで見られてたのは知らないが、世の中には首を突っ込んじゃいけないことってのがある、坊主みたいに力の無い奴は特にな」

「力がないって思った理由の方が僕は気になるけど、大人の忠告は正直に聞いておくよ」

「それでいい、中々肝が据わってるじゃねーか」

「片割れは現在進行形で悪さをしてるって所だろうけど、まさか分かれて行動してるとは思わなかったよ」

「そうだな、相棒はいま坊主の目線の少し先にいるカップルに絡んでるよ」


 そういわれ優牙が視線を向けた先には女性の肩に腕を掛け、対面に座る男と楽しそうに笑いながら話をする、少し衣服の汚れたみすぼらしい男が見えた。


「今度からは先入観っていうのを持つことにするよ、警戒してれば一目見ただけでわかるような感じだ」

「いや、坊主はかなりいい線をいってた。あと数分すればたどりついていただろうよ、だから俺が先に仕掛けたのさ」

「そっちの方が一枚上手だったのは認めるけど、こんなところでいつまでも立ち話してたらあなたも怪しまれるんじゃないの?」

「そうだな、坊主の魂胆はわかってる。一緒に来てた嬢ちゃん達を巻き込みたくないんだろう? それにそろそろ移動する時間だからな」


(次の獲物の場所へって意味か、警察の動きを把握した上での逃走ルートの話か。どちらにせよ、こう行く先々で手癖の悪さを発揮してたらそうそう振り切れるとは思えない)


「条件がある、ここで抵抗しない代わりにあのカップルを開放して欲しい」

「自己犠牲の心まで持ってるとは殊勝な心がけだな? 坊主」

「人質にするにしても、数は少ない方がそっちも都合はいいと思うからね。最終的に殺すにしても二人より一人の方が都合がいいはずろうし、僕はまだ子供だからね埋めるにしても隠すにしても楽なはずだ」

「そうだな、ならまっすぐ俺の相棒の方へ歩きな」


 お互いに姿勢を変えず言われるがまま優牙は相棒と呼ばれていた男の方へと少し早足で歩みを進める。


(歩幅と後ろに立たれた時の感覚からして、身長は175~180くらいスタンガンの方には正直元々期待はしていなかったけど、リーチの差を考えると単純に殴り合いになっても警棒だけは取られたらまずい。

 相棒の方も身長は同じくらい、出来れば人の少ない所で相手にしたいけど、今日は最悪な事に日曜日で、どこもかしこも人だらけ。

 こっちに有利な状況にする方法はほとんどない)


 相棒の元へと向かう短い時間に解決策は思い浮かばなかった、それどころか優牙自身がどれだけ不利で危険な状況に立たされているかという明確な情報だけはいくらでも出てきた。


「お、もう移動の時間か」

「あぁ、それとその二人はここに置いていけ、代わりの人質は手に入った。俺たちの事を嗅ぎまわっていたから口止めだけで済むそっちの二人に比べたら、よっぽど危険だったんでな」

「へへ、そんなガキがかい?」

「見た目で判断するとまた痛い目にあうぞ、この前殺されかけた相手の事をもう忘れたのか? お前たちはここで大人しくしていろ、もし警察に通報するような事があればその時はどこまででも追いかけて冷たい地面の中に生きたまま埋めてやる」

「わ、わかってます! わかってますから!!」


(タイミングは今しかない、それでもまだ賭けの要素は多いが。それでも賭けに勝てば勝率は半分半分って所までは上がる)


「にしても、よくこんなガキを捕まえられたな兄貴」

「賢い坊主だったからな、抵抗しなかったうえにおまけに自己犠牲の心まで持ってる仲間に欲しいようなタイプだ」


 2人組が後ろで話し始めたのをスタートのサインに優牙は目をつむり、カップルの男を強く頭に浮かべた。


『聞こえますか?』

「えっ?」

「あ? なんだ兄ちゃん見逃してやるっていうのに文句でもあんのか?」

『反応しないで。今から言うことを、よく聞いてそのうえで自分で判断してください。まず、僕はこれからこの二人組に連れられてどこかへ連れていかれるでしょう、あなた達二人の代わりとして。

 僕たちが移動し始めて姿が見えなくなったら、その十分後にこのフロアのどこかにある非常ベルを押してください、そうしてくれれば僕は死ななくて済みます』


 優牙は目を開け男の方へと視線を向けた。


『恩を返せと酷なことまでは言いません。でも、あなたが動いてくれることを僕は信じます』


(少し脅すような言い方で悪いけど、僕の方もあんまり余裕は無い。本気で銃を持った二人を相手にすることになったら。どれだけ周りに被害を出すかわからない、それでも誤作動の非常ベルの後に銃声なんか鳴った時には、音がした方とは反対方向へ逃げるはず)


 優牙から向けられた真剣な眼差しへ男は何も言わず小さく頷いた。


「無駄話はもういいだろう、行くぞ。坊主もな」

「あいよ!」

「後ろは振り返るなそのまままっすぐ歩いていけ。そこがお前の墓場だ」


 今振り向き反抗するような態度を見せれば、この場で騒ぎを起こさせないように努力したのが無意味になってしまうと悟った優牙は言われるがまま歩き出し、後ろには二人分の存在をしっかりと感じていた。


(条件は飲んでくれるみたいだ)


「これからどこに向かうかは教えてくれないの?」

「自分の死に場所に興味があるのか」

「それはそうだよ、自分の死ぬ場所も知らないで殺されたんじゃもやもやして成仏できなそうだしね」

「変わった坊主だ本当に、殺されるとわかっていながら口数が減らないのも大したものだが」

「悪人に褒められても嬉しくはないよ、自分を殺そうとしてる相手になら尚更」

「少し行った所に空きテナントがあるそこが坊主の死に場所だ」


 美香たちとモール内を歩き回っていた時の事思いだした優牙はその空きテナントの場所を思い出す。


(メイン通路のすぐ近く、確か店の正面側は吹き抜けになってて分断するにも逃げるにも都合がいい場所だ、おまけに周囲に店は人気の無い向かいの店と映画館くらいしかない、タイミングさえ合えば戦っても問題は無いはず)


 刻一刻と動き出さなければいけない時間は迫る、額に滲む汗が優牙自身の緊張を表していた。

 先程不審な動きを見せたにも関わらず腰回りを調べられるような素振りはない、疑問は幾らでも出てくる。

 時間を気にしている割には男達はモールを後にするわけではなく場所を移すという選択肢を取った、優牙を始末してから移動するにしても道中で捨ててく方がよっぽど効率的だ。


(まるで誰かに指示を出されているみたいだ、でもそうだとしたら誰から? 何のために?)


 空きテナントが三人の視界に入った、周囲に人はいるが多くはない。

 これなら戦っても問題はない。


「入れ」


 空きテナント内は支えとなる支柱以外に目立った物はなく、通路側はガラス張りになっているがスモークガラスになっているため外からの視界も悪い。


「銃を貸せ、そっちの方が残弾は多いだろ」

「へいへい、なんせこっちは兄貴が渡されたのと違ってオートマチックですから」

「渡された?」

「あ、いけね余計なこと言っちまった殺しちまえば一緒か!」

「その坊主に大人しく殺される気が本当にあれば、だがな」


 肌に感じた男からの殺意で自身に銃が向けられたことを優牙は感じ取った。

 しかし、自分の頭に銃が向けられているとしても簡単に殺される気は優牙にはなかった。


「ご名答!」


 姿勢を低くしながら振り返った優牙は、そのままの勢いで銃を握っている手を右足で蹴り上げようとするが。


「あれっ」


 予想外の出来事が一つ、175~180程度だと思っていた身長は予想していたより20センチ程度高かった。


「おいクソガキ! 抵抗すんじゃ」

「でもそっちには届く!」


 体勢を変える間も無く捕まえようと掴みかかってきたみすぼらしい男の方へと左足で思い切り地を蹴り腹部へと飛び蹴りを放つ。


「てめっこの野郎!」

「リーチの差は道具でカバーする!」


 腰元から取り出した警棒を思い切り左手で振り上げ向かい合った男の肩に叩き落す。

 そのまま顎へと切り返し振り上げる。


「いてぇ! あれ、痛く――」

「少しだけ眠っててくれると嬉しいよ、お兄さん」


 そのまま回転蹴りをもう一度腹部へ蹴り込み、ガラス張りの壁を突き破りながら男は倒れながら勢いよく床を滑っていく。

 ガラスの割れる音と共に、モール内に異常を知らせる非常ベルの音が鳴り響く。


「少しだけ派手にやりすぎたけど、これでお互いに邪魔は無くなったんじゃない?」

「そうだな」


 いつの間にか構えていた銃を降ろしていたもう一人の大柄な巨漢の男は特に身構える事もなく優牙と向かい合う。


「別に興味はないんだけど、どうしてこんな事を?」

「個人的な恨みだよ、無能な警察たちと世の中に居るゴミ共へのな」

「ゴミって、いままで襲ってきた人たちがみんながみんなそうな訳?」

「さぁな」

「復讐のためだけにそんなことをやってたなら僕はあなたの事を見逃すつもりは無いよ」

「そうだろうな、子供だと思っていたがそれにしては正義感に溢れすぎているよ坊主は」

「生憎と生まれつきだよ、僕の自己判断だけど間違ったことをしてる人は許しておけない、ましてや復讐なんて誰も幸せにならないことはね」

「誰も幸せにならないか、少なくとも気は晴れたさ」

「一時的な物だよ、時間が経てば忘れて。あなたはまた、復讐を繰り返す」

「あぁ、そうだ。時間は何もかも忘れさせてくれるが、家族の無念と俺自身の恨みは忘れさせてはくれない」


 警報を聞いた客たちがモールの外へと人々の声が消えていくのを感じる。

 襲ってこないということは話し合いで解決できる可能性もあるかと信じた優牙は時間稼ぎも兼ねて話していたが、どうやら話し合いで解決できるような事ではないようだ。


「話は変わるがな坊主、意識を失った人間が三階の高さを頭から落ちたらどうなるんだろうな」

「なにを」


 慌てて振り返る優牙の後ろに倒れ床を滑っていたもう一人の男が、通路の中心にある吹き抜けその囲いであるガラスを突き破っていたことに気が付く。

 そして男はズルズルと自身の体重によって吹き抜けの中へ落ちようとしていた。


「気が付いたのなら助けてあげようとは思わないのかな?」


 額に汗を浮かべ迂闊に背中を見せられない優牙は巨漢の男にそう問う。

 答えは聞かずとも予想出来ていたのか、少しずつ体勢を横にし視界の中に常に二人をとらえるようにする。


「助けようとすれば邪魔をすると思ってな」

「違うよね、多分あなたは助ける気がないんだ」


 落ちかけようとしていた男の身体は半分以上吹き抜けの中へ落ちた所で腰が引っ掛かったのか止まった。

 しかし、勢いよく人がぶつかった程度で壊れる囲いの耐久度はあまり当てにはできなかった。


「なぜそう思う」

「助ける気があるなら50センチ以上も身長差がある子供なんか無視して引き上げようとするはずだ、その体格なら僕が二人とも落とそうとしてもびくともしないだろうしね」

「そうだな。それなら今俺が持っている銃でギリギリ落ちてないあいつの支えを撃ち壊したら、坊主はどういう行動をとるんだろうな」


 一発の銃声がモール内に響き優牙の身体の横を通り抜けた弾丸が、倒れこんでいた男の足に当たる。

 奇跡のような状態で留まっていた男の身体は加えられた力によってまた滑り落ち始める。


「やっぱりそうだ、あなたは手を貸してくれる人ですら! 復讐の為の道具としか思ってないんだ!」


 落ちていく男の足を掴もうとする優牙の手は届かず、男はそのまま落ちていく。


「くそっ!」


 悪態をつきながら優牙は囲いを上から飛び越え、自分も大けがをする可能性を気にせずに落ちていく。


「届け!」


 ズボンの裾に手が届いた優牙はそのまま軽く男を上に投げ、頭を抱えながら一階のフロアへと落ちていった。

 地面に落ちた衝撃で優牙は弾んで転がったが、気を失っている男の方は特に頭をぶつけた様子もなく出血はしていなかった。


「よかった、生きてる。いてて、僕の方が頭ぶつけちゃったか」


 弾んだ衝撃で近くにあったベンチの角に頭をぶつけた優牙の方も額から少し出血する程度で済んでいた。


「かなり予想通りの動きをしてくれて助かった、それじゃあさよならだ」


 上のフロアから見下ろし逃げようとしている巨漢の男に向かい優牙は腕を伸ばす。


「逃がすわけないだろ!」


 右腕のそで下からアンカーのようなものが射出され三階フロアの天井へと突き刺さる。

 アンカーとつながっていた金属製のロープが勢いよく巻き取られ優牙は三階のフロアへと戻った。


「いいおもちゃだな坊主」

「お褒めいただきどうも。でも、逃がすつもりは無いよ」

「銃を二丁も持つ俺をか?」

「銃の有無は関係ない、自分の為に他人を利用して邪魔になれば簡単に切り捨てるような人を僕は見逃さない絶対にだ」


(落ちた衝撃で左腕が外れた気がするけど、何とかなるはずだ。少なくとも痛みは無い)


 優牙の顔をゆっくりと垂れる血が地面へと落ちる。


「俺がここで捕まったら家族の無念はどうなる」

「復讐だけが無念を晴らす方法じゃない!」

「そうだろうな、だが俺はこれしかしらないんだ」

「なら僕はそれを止めるそれだけさ」

「まっすぐだな、羨ましいくらいに」


 男の右手に持っていた銃の引き金が引かれ弾丸が飛ぶ、先ほど残弾を気にしていた事と今右手に持っている銃がオートマチック銃という事を考えれば、もう一丁はリボルバー式の拳銃。


(弾丸を避けて攻めるようなことはしなくていい!)


 右腕からアンカーをもう一度打ち込み壁に刺さったと同時に巻き取りながら拳を握り思い切り振る。

 簡単に避けられた拳をブラフに大きく左足を蹴り上げる。


「銃に向かって恐れずに突っ込める勇気は認める。だが、攻撃までまっすぐではな!」


 アンカーのロープを銃で撃ち切られ、体勢を崩した優牙の腹部に巨漢の男からの強烈な膝蹴りが入った。

 優牙はその場で膝をつき悶え苦しむ。


「無力なままでは何も守れん、俺の復讐を止めるにはまだ若すぎるんだよ坊主」


(止める、絶対にこの人を)


 息ができず声が出せない程に苦しむ優牙の頭に男が銃をつきつける。


「本当はこのテナントに縛り付けて放っておくつもりだったが、抵抗したのは坊主だ悪く思わないでくれよ」


 巨漢の男の銃を持つ右手を優牙が強く掴む、動けないと思っていた男は引き下がろうとするが、強く握られた手は離れず男は動くことも出来なかった。


「どう、せ、ならさ。死ぬときは、相打ちで死んでみたかったんだよね」


 絶え絶えの呼吸を整え優牙は左腕を巨漢の男の頭へと向ける。

 そしてその手にはリボルバー式の銃と金製のロケットが握られていた。


「っ、いつの間に!?」

「下からはよく見えてたよ、あなたが隠してたも一丁の銃の場所と。大切そうに着けてたこのロケットがさ」

「坊主!」

「でも、あなたが僕の命一つで復讐を辞めるなら、下で寝てるあの人と一緒に罪を償うなら僕はこの引き金は引かない」

「俺がなにも考えず撃つ可能性は頭に入れてないんだな坊主」

「撃てないさ、撃つつもりが最初からあれば腕を掴まれた時点で引き金を引いて、僕はもう死んでるだろうから。

 それに標準は動かせないだろうから、僕は顔を横にずらすだけで当たらなくなる」


 息を整えた優牙はリボルバーのシリンダーを横に弾き、三発の弾を地面へと転がし銃本体も床を滑らせる。


「随分と銃の作りに詳しいな」

「これくらいはね、両方ともオートマチック銃だったら面倒だったけど」


 喋りながら男が握っていた銃のマガジンを抜きスライドを引いて残弾をゼロにする。


「これで対等だ、まだやりあうなら殴り合ってもいいけど」

「いや、止めておこう銃を取られてロケットも取られたら俺の負けだ」

「そう、ならよかった」


 右手を放し奪ったロケットを開けると、そこには目の前に居る巨漢の男と綺麗な女性そして五歳くらいの子供が写った写真が入っていた。

 優牙と男は脱力しきったようにその場に座り込み、話し始めた。


「これがあなたの家族?」

「そうだ、一か月前に殺されてしまったがな」

「それと強盗がつながる意味がわからないけど」

「殺される二か月ほど前だ妻がストーカーに遭ってな。警察に再三相談しに行ったがまともに掛け合ってはくれなかった」

「よくある話、って言い方は良くないか」


「いや、実際にそうだ。警察は結局最後の最後までなにもしてくれなかった、妻と娘が死ぬその時まで」

「じゃあ、奥さんと娘さんはそのストーカーに?」

「あぁ、警察に駆け込んだせいで怒りを買ったようでな、俺が仕事から帰ってきた時には血まみれのリビングに二人とも倒れていた」


 男の拳が強く握られ、殺意に満ちた表情をしていた。


「警察がしっかりとそいつを捕まえていれば妻も娘は今も変わらない笑顔で入れたはずなのに、国民を守るのが警察の仕事じゃないのか!」

「でも、復讐するのは間違ってると僕は思う。死んだ人が戻ってくるわけじゃないしあなたの家族はそれを望んでなかったんじゃないかな、僕は死者と話せるわけでも気持ちがわかるわけでもないけど間違ってることはわかるから」

「本当は復讐するつもりなんてなかった。だがある日捕まらなかったその男の情報が家に送られてきてな、その男も妻子持ちで情報を頼りに見に行ってみれば幸せそうな家庭があった。俺はそれを見た時には我を忘れ、一緒に送られてきていた銃でその男を殺していた」


「じゃあ、こっちの銃に三発しか入ってなかったのはそういう事だったんだね」

「最初は足を撃ってな、許しを請うその男の頭に二発撃ち込んだ。証拠を残さなかったせいか警察は俺を怪しんでくることも無かった」

「あなたの家族をストーキングしてたっていう証拠も見つからなかったんだ」

「そうだ、妻と娘を殺した後証拠は全て消したみたいでな。家の中を調べたがそれらしい物も出てこなかった」

「その、言いにくいんだけど家に送られてきた証拠を疑わなかったの?」

「不思議と疑うようなことはしなかったな、その証拠と男の顔、妻から聞いたストーカーの背格好と顔の印象はよく似ていた」


「ねぇ、その送られてきた情報って今持ってるの?」

「あるにはあるが」

「見せて」


 優牙の中で勘のような物が働き、違和感を覚えた。

 男から渡された紙を見ると、そこには鮮明に色々な情報が書いてあった。


「確かに、これだけちゃんと書かれてたら疑う余地はなさそうだね、正常な判断ができない状況で出されたら尚更」

「何が言いたい?」

「可能性ね、あくまでも可能性の話だけど。あなたが殺した人が他人の空似で尚且つ誰かに恨みを持たれてたって可能性があるとするでしょ? その場合自分の手を汚したくないけどそいつには死んで欲しいって人がいたら、あなたは利用するには最適の人間だったんじゃないかな」


 優牙が可能性の話をし始めた時、遠くの方からサイレンの音が徐々に徐々に近づいてきていた。


「時間がないから手短に話すけど、ストーカー被害のうち一回を別の誰かが何かしらの方法で、別の人間の印象をあなたの奥さんに植え付けたとしたら? 僕は状況を知らないから詳しいことは言えないけど、ストーキングって大体夜道とかで人気がないときにするものでしょ? その中で人一人の印象をはっきり覚えてるくらい植え付けるって不可能に近い気がするんだよね」

「難しい話だな」

「少なくとも可能性としてはあるかもって話、さっき足を撃った時に許しを請ってたって言ってたけど、自分のしたことをわかってるような素振りだった?」

「い、いや。言われてみれば罪を認めて許しを請うというよりは、ただ単純な命乞いに見えた」

「じゃあ、本当にそうだったのかも。あなたの復讐は誰かに利用されたもので、事実じゃなかったのかもしれないね。昔本で読んだけど事実は一つでも真実は一つじゃないことがあるんだってさ。

 今回の件での事実はあなたの家族がストーカーに殺され、何者かによって提供された情報によって一人の男が殺された事、それとついでに運悪くここで僕に捕まったことかな?」


「な、なら俺はなんてことを」

「それはわからくてもいいし、望むなら僕が調べて事実を伝えてあげる。後悔しない方法を自分で選んで」

「頼んでもいいのか? 俺は」

「別にいいよ、僕としても他人の悲しみを利用した人が居るならその人を許しておけないから」


「突入!!」


 下のフロアを警察隊が入ってきたのか沢山の足音が聞こえ始めた。

 散々銃声をならしたから当然といえば当然なのだが。


「ならば頼みたい、俺が関係のない人を巻き込んでしまったなら。その罪をしっかりと償いたい」

「わかった」


 立ち上がりズボンを軽く掃って巨漢の男へと手を差し伸べる。


「僕は雪白優牙、あなたの名前を聞いてもいいかな」

「後藤満(ごとう みつる)だ」

「満さん、このロケット返しますね。大事にしてください。人が死ぬときは命が終わった時じゃないです、誰の記憶からも居なくなっちゃった時人は本当に死んでしまうんです、だから忘れないであげてください娘さんの事奥さんの事」

「あぁ、絶対に忘れない」


 優牙が満へロケットを返した時、ちょうど三階のフロアへと警察隊が上がってきた。


「それと、この紙は預かりますね」

「よろしく頼む」

「はい!」


「そこの二人! 手を挙げて両手にその場に跪け!」

「俺だ! ここで銃声をならしていたのはな」

「あ、そうです、僕は全く関係ない一般市民のただの小学生です。下に共犯の人が寝てます」

「ありがとうな優牙くん」

「いえいえ、お気になさらず」


 警察隊に大人しく捕まった満は手錠をかけられ、床に転がった拳銃と弾丸そしてマガジンと共に、連れていかれようとしていた。


「あ、それともう一つ聞き忘れていたことがあったんだけど。どうして強盗の時とか今日のフードコートで絡んでた人とかは既婚者とかカップルが多かったの?」

「なぁに、ただの妬みさ幸せな家庭へのな」

「黙って歩け!」


 先程まで背中で感じていた大きな男の姿が、いまは凄く小さく感じられた。

 復讐は復讐しか呼ばないのなら、いつか満自身も何者かによって復讐されることがあるかもしれない。

 そう優牙は心の中で思った。


「君も外に出て詳しい事情を聞かせてもらえるかな?」

「えっどうしてですか、僕は何も悪いことはしてませんよ!?」

「関係者からの話は聞かないといけないからね、大丈夫僕らみたいに怖い男の人じゃなくて女性の警察官が話を聞くだけだから」

「怖いっていう自覚があるなら、見下ろすように話さないで目線を合わせて話すのが大人のマナーなんじゃないですかね」


 ※


「それで、君はどうしてあの場所に居たのかな?」

「あの、違うんですよ」

「何が違うの?」

「あ、いや、あの、その」


 女性の警察官の方が詰め方が凄まじいことに若干引き気味の優牙であったが、ありのまま出来事を話すわけにもいかずかなり困っていた。

 そして、あの場所にいた理由の説明から一歩も進まずかれこれ一時間が経過していた、いい加減警察官の方も痺れを切らしてきたのかイライラとしている。


(なんでこういう時に限って母さんは来るのが遅いんだ)


「あそこにいた理由は――」


 観念して事情を説明しようとしたのと同じタイミングでドアがコンコンっとノックされた。


「雪白さんの親御さんがお見えになりました」

「お通ししてください」


 ガチャっとドアが開きやっとうまく事情を言語化してくれる人が来た! と思った優牙の希望はぽっきりと折られた。

 入ってきたのは先程まで相手にしていた満よりも大きくてガタイのいい白髪の男だった。


「ドク!? どうしてここに!?」

「結衣奈さんが仕事の事情で迎えに行けないというので代理でこさせてもらった」

「お父様でしたか、中々調書の作成がいかず困っていたんですよ」

「ご迷惑をおかけしています、父ではなく代理のドクトリン・ウェーバーといいます」

「うぅ、もっと厄介になってきた」

「優牙真実を包み隠さず話すんだ」

「わかった、わかったから出てってくれ!」


 入ってきたばかりのドクをずいずいと部屋の外へと押し出そうとする優牙だったが、ドクの身体はびくともしなかった。


「そう、邪険にすることはないだろう」

「うるさいどっかいけ部外者!」

「ふぅむ、まいったな。これが早く片付けば結衣奈さんに挨拶する時間がとれそうだったのだが」

「やかましい! 一人で帰れるし真実もちゃんと話すから」

「わかったわかった、私は外に出ていますので」

「はい、わかりました」

「ったく」


 ドクは悪い人ではないのだが、優牙は多少の苦手意識を持っていた。

 それは今に始まったことではなく、保育園時代も何度か結衣奈の代理で迎えに来ることが多々あったのだが。

 人としての素行以前にドクの放つ不思議な雰囲気に優牙は不安を覚えるのだ。


「じゃ、気を取り直して。どうしてあの場所に居たかから教えてもらえる?」

「友人と一緒にモールに来てた、それでトイレを探してるうちに怪しい事してる人が居てそれについてったら人質にされた」

「なるほどね~今度は随分素直に話してくれるんだ」

「あの人が苦手なだけです」


 ※


「じゃあこれで最後の質問。優牙君のリュックサックを調べさせてもらったんだけど色々と防犯グッズとかが入ってたよねその理由は?」

「中二病をこじらせてまして、変なものを持ち歩くのが趣味なんですよ。一緒に出掛けてた女の子たちに自慢しようと思って」

「なるほど、それじゃあこの無線機はなにかな」


(確かに防犯グッズは幾らでも言い訳できるけどポケットに入ってた無線機だけは何も言い訳が思いつかない、どうしよう)


「あ、あれですよ、ガチャガチャの景品でそういう無線機にハマってまして」

「調べてみたら最後に設定されてた周波数は警察無線に繋がってたらしいんだよね、一般人にバレてるのも問題だけど、こんなものを持ってる君は一体なにものなのかな」

「た、たまたま拾ったんですよ?」

「落し物は警察に届けようって親御さんとか学校で教わらなかった?」

「教わりました、ごめんなさい」


 以上に汗が汗をかく優牙が最後にひねり出した言葉は謝罪、大体の人間が観念したときに最終的に出す言葉ではあるが。

 優牙の謝罪には「嘘をついていること」と「一切重要事項を伝えていない」という含みがあった。


「君と一緒に居たおじさんね、今日の朝あった強盗事件の犯人だったみたいなの」

「そ、そうだったんですね! いや、世の中から悪い人が居なくなってよかったですよ」

「君は朝その情報を聞いてあのモールに居たのかな?」

「はぁ、わかりました逃がしてくれそうにないんで大人しく言います。その警察無線をジャックしてる無線機は僕の私物です。でも本当に満さん達にあったのは偶然です新宿方面に逃げたって無線で言ってたから、一緒に居た優那や美香に危険はないだろうと思ってました」

「彼と何を話してたの?」

「簡単に言えば懺悔を聞いてただけです、かなり余罪があるみたいですから。彼にもあなた達警察にも」

「そう、彼からなにかを預かったりはしてないのよね?」

「はい、なにも。僕は僕の意思で行動しただけです、嘘はありません」


「わかったわ、とりあえず君が両腕に着けてる変な機械の事は他の人たちには黙っておくから」

「あ、そうしてくれるとすごく助かります」

「今日はこれで終わりだけどまた後日呼ばれる可能性はあるから、覚悟はしておいてね」

「お断りします」


 調書を書き終わった女性警官がドアを開け、外に居たドクへ終わりを知らせる。


「あ、でも。残念ながら一回は確実に来てもらうかもしれないわね」

「なんでですか」

「今日の件が上に報告されたら勇敢な少年にって賞状が出るかもしれないから」

「勇敢と無謀をはき違えてる馬鹿な子供で済ましてくれると助かるんですけど」

「そう伝えておくわ、それと荷物は全部返しておくから無線機もね」

「いいんですか?」

「悪用しなきゃいいわよ、今回の件警察じゃろくに調べても無かったからね」


 優牙にとってはありがたい話ではあるが、本当にそう思ってるならちゃんと捜査をして欲しいと心の中で思ってしまう。


「お姉さんの声どこかで聞いたことあると思ったら、本部で指示だししてた人にそっくりなんですよね」

「余計な詮索はさけましょうね、お互いに。それとこれ渡しておくわ」


 そういって紙切れを一枚受け渡される。


「なんですこれ」

「私の連絡先、またなにか事件に巻き込まれそうになったら今回みたいに一人で行動する前に大人に相談しなさい」

「それは考えておきます」

「これは警告であり忠告だからね、このままじゃあなたいつか死んじゃうわよ」

「ご忠告ありがとうございます、僕からも一つ言いたいことがあるので言わせてもらいたいんですけど、いいですか?」

「えぇ、いいわよ。私に対する直接的な文句じゃなければ聞いてあげるわ」


「今回の事件、引き起こしたのも被害者を出したのもすべてあなた達警察です。この言葉の意味をよく嚙み締めてください。ついでに言うと解決したのはただの小学生だったって事もね」

「よく言い聞かせておくわ、自分の心と部下達にね」


「いこうドク、もう用事は済んだよ」

「そのようだな、それでは」


 八つ当たりのようにそう言い放った優牙は重い荷物を背中に背負い、歩き始める。


「ドク、僕から一つだけ頼みがあるんだけど」

「言ってみろ」

「僕に対人戦闘の訓練をしてくれ、いまのままじゃ力不足なのはよくわかった」

「いいだろう、だが私の特訓は生半可な覚悟ではできないぞ?」

「覚悟はある、僕の力不足は僕が一番わかってるから」

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