エピローグ 続いていく願い
二人の願い
彼が気付いた時。
そこは薄暗く、赤い光に照らされた狭い空間の中だった。
目の前には大きな三枚のディスプレイが広がり、映し出された周囲の光景に重なるようにして、いくつもの数値が絶え間なく状況を知らせている。
彼の名はノルスイッチ・フォン・ジーンレイス。
かつて、宿敵との戦いで全てを失った男――――
『隊長――――? どうしました?』
「……? この声は……ペネ、ロペ……?」
『ええっ……!? あ、はい……そうですけれど……?』
『ヒュー! なんすか隊長? 一体いつから少尉のことを名前で呼ぶような仲になってたんです? まあ、薄々そんな気はしてましたけどね!』
『ちょ……! 茶化すのはやめて下さい! わ、私も驚いているんですっ! 本当に大丈夫ですか隊長……? もしかして、先ほどの戦闘でどこかお怪我でも……』
「ノーラス……っ。ペネロペ……! なぜ……なぜ、お前達が…………?」
自らに呼びかけられる声。その声が呼び水となり、ノルスイッチの意識に少しずつ状況の理解が追いついていく。
ここは彼の乗るMAWのコックピット。
そしてディスプレイに表示されているデータを確認するに、その時系列は忘れもしない――――彼がボタンゼルドと初めて出会った、内惑星連合の火星基地襲撃の日だった。
『しっかし、今回の敵も楽勝でしたなぁ! 向こうが早々に降伏してくれたんで、俺たちも下手な殺しをする必要もありませんでしたし!』
『あの基地にいたのは、実戦経験もない訓練生ばかりだったようです。もし彼らのような年若い子供達を手にかけなければならなかったらと思うと、ゾッとしますね……』
「訓練生…………そうか、ボタンゼルドは…………」
火星の上空を飛翔する機体の中。残された任務遂行のログをみつめ、何事かを悟るノルスイッチ。全ては宿敵の――――ボタンゼルドの願いだった。
二人の生まれ故郷であるこの宇宙も、当然あの脱出の際に再構築されていた。
だがその時、ボタンゼルドは自らの願いを込めてこの宇宙を再構築したのだ。
それは――――
「私にやれというのだな…………かつての私と貴様が出来なかった、願いを諦めない道を…………」
『大丈夫ですか隊長……? 本当に様子が……』
「いや、大丈夫だ少尉――――少し思うところがあってな。さて……まずは全員無事に家に帰るとしよう。誰一人……欠けることなくな」
ノルスイッチは眼前の操縦桿を握り直し、そして前を向いた。
彼の愛機である深紅の機体がスラスターを吹かせ、一糸乱れぬ隊列で飛ぶ部隊の先頭を伸びやかに飛翔する。
再構築されたこの世界に、ボタンゼルドはいない。
ボタンゼルドという神域のライバルが不在であれば、この世界で二百年続く戦争は、ノルスイッチたち外惑星連合の勝利で終わるだろう。
だが、ノルスイッチには分かっていた。自分に託された願いは、決してこの戦争を一方的な虐殺で終わらせろということではない。
ボタンゼルドが死の間際になってようやく気付き、恐れず突き進んだ自らの力と仲間を信じる願い。
今のノルスイッチならば、きっとかつてボタンゼルドが成した未来よりも良い未来を敷くことが出来る。ボタンゼルドはそう願い、僅かに時の遡った状態で、この宇宙を再構築したのだろう。
「ボタンゼルド……貴様から託された願い、確かに受け取った。また……いつか必ず会おう。私と貴様が共に願った、平和になったこの世界で――――」
その後――――
外惑星の英雄、ノルスイッチ・フォン・ジーンレイスは、国民からの圧倒的支持を受け、若くして外惑星連合総長の座に就任。
硬軟織り交ぜた巧みな外交戦略によって、硬化しきっていた両国の交渉を主導。
総長就任から数年後には、両国の間で歴史的停戦合意を実現させる。
そして、かつての歴史で二人が共に命を落としたあの戦いと同日。
両国の間で、恒久的な講和条約が締結された。
無論、それでも講和に至るまでには多くの血が流れた。
だがしかし――――その流れた血の量は、かつての歴史よりも遙かに少なかった。
かくして数百年の時を超え、ついに一つとなる礎を築いた太陽系人類。
これからの彼らは、新天地を求めて外宇宙へと飛び立っていくことになる。
再構築された世界から消えた、平和を願ったもう一人の英雄。
ノルスイッチが友と呼ぶその英雄と再会できたのかどうか。
それは、公式な記録には残されてはいない――――。
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