願いは星を超えて


『フッフッフ……! このデーモニウスに挑もうとは! なんと愚かな者ども――――』


「だっしゃーーーーッ!」


「ハイヤーーーーッ!」


『グワーーーーーーッ!?』


 禍々しいオーラを漲らせた全長5000mの巨体が、――――二条の閃光に切り裂かれてばったりと倒れる。


 そしてそれと同時。


 その宇宙全体を覆い尽くしていた邪悪な瘴気が一瞬にして晴れ渡り、どこまでも広がる蒼穹の空が黒雲の向こうに現れる。邪悪の根源たる凄魔王が倒されたことで、この宇宙は救われたのだ――――!


「なんだなんだー!? 図体ばっかで全然大したことねぇじゃねえか!?」


「あははー! これならこの前手合わせした超魔王さんの方が全然強かったよねー! だよー!」


「お疲れ様です、ミナト。ユーリー。凄魔王デーモニウスの魔力レベル低下……この宇宙のマイナスエネルギーの消滅を確認しました」


『見事だ、三人とも。しかし、この宇宙の組成もとても興味深い。暫く滞在し、植生などを調査するとしよう……!』


 倒れ伏す凄魔王の足下。

 

 そこには凄魔王を打倒した張本人である二人、チート勇者ミナトと、ルミナスの戦士カレンとの融合少女、ユーリーがグータッチを交して笑い合っていた。


 そしてそこからやや離れた場所には青い肌の少女、グノーシス人のキアと。全身機械の人造生命体――――かつての創造主ストリボグが、てくてくと二人に歩み寄っていく。


 あの最終決戦でチェルノボグの自爆を食い止めたミナトたち三人。

 彼らは無事にストリボグによって救出され、ボタンゼルドが再構築した宇宙の一つに流れ着いていた。


 あれから数ヶ月の月日が過ぎた。


 なぜかミナトが転移すると、ユーリーとキアも一緒に転移してしまうようになったため、三人は今もこうして様々な宇宙を共に旅している。


 どこまでも広がる美しい草原と、その上を渡る清涼な風。

 邪悪の根源が滅ぼされたその世界もまた美しく、素晴らしい光景を広げていた。


「はははっ! ストリボグのおっさんもすっかりラエルみてぇな感じになってきたな! 暇があれば調査調査ってさ!」


「ストリボグのエネルギーレベルは、かつてより80%もアップしているようです。とても良い傾向だと思います」


『私は君たちに教えられた! 願いを持つことの強さと尊さを。こうして新しい世界を訪れるたび、私の中の集積回路が熱く滾るのを感じる……こんなことは創造されてから初めてだ……!』


「楽しみすぎてショートしたりしないようにねー? おじさんは私たちの命の恩人なんだからー!」


「だな! そういや、ラースタチカとはことになってんだろ? せっかくだし、それまで俺もおっさんと一緒にその調査っての、やってみるか!」


「それなら、私もお手伝いします。私の願いは、ミナトやユーリーといつも一緒にいることですから」


「待って待ってー! その前に、このへなちょこ魔王さんのこと、ぐるぐる巻きにしてうごけなくしとこうねー! あははー!」


 その場に集った四人はすっかり打ち解けた様子で笑みを浮かべると、駆け抜ける風にその身を晒し、わいわいと何事かを言い合いながら、昏倒した凄魔王の体にぐるぐると光で出来た縄を巻いていく。


 三人と一人の創造主は友人たちとの再会に思いを馳せ、なにか彼らへの土産になるような物でもないかと、のであった――――。



 ――――――

 ――――

 ――



「――――でも良かったのかい? 君は次のそうじゃないか。私もやっていたからわかるけど、今が一番忙しい時なんじゃないかな?」


「フッフーン! なーに言ってんですか! この宇宙で公式に記録される……このクラリカ・アルターノヴァがそこに名を連ねなくてなんとします!? 大体、連合総長なんてこの私が本気を出せば楽勝でなれるのですよっ!」


 地球に設けられた巨大な造船ドック。


 あの決戦でのダメージを癒やし、さらには新たに可能となった別宇宙跳躍システムを搭載したラースタチカの真下。


 鮮やかな青いドレスに青いフレームの眼鏡をかけた銀髪の少女――――クラリカと、いつもと何も変わらぬ白衣姿のラエルノアが、船員用の休憩所に腰掛け、互いに笑みを浮かべて談笑していた。


 あの戦いの後。


 もはや何度目か分からぬ救世主となったラエルノア。

 しかし彼女はそれらの声など聞こえないかのように、そのまま即座にチェルノボグによって破壊されたルミナスの本星跡地へと直行。


 帰る場所を失ったルミナスの人々のため、最後の瞬間にターミナルから吸い出していた万物創造のエネルギーを使い、ルミナス本星を復活させてみせたのだ。


 それは表向き、ラエルノアの行いであることは伏せられている。しかし、真実を知るルミナスの戦士たちは、ラエルノアのこの行為を決して忘れることはないだろう。


 元より、今回の決戦は殆どの民衆にはその存在すら知られていない。

 

 最後まで共に戦ったエルフも、オークも、ルミナスも。そして名も無き多くの文明の戦士たちも。この戦いはあの場に集った者たちだけによって記憶され、語り継がれていくのだろう。


「でも貴方も変わりましたね。今回の異世界への旅はラースタチカだけではなく、ミアス・リューンのも同行するのでしょう? 以前の貴方なら、絶対にそんなことさせなかったでしょうに」


「フフ……アーレンダルにはずっと私の我が儘に付き合って貰っているからね。一段落ついたこの機会に、一度今後の太陽系人類とミアス・リューンのことについて話しておこうと思っているんだ」


「あら、そういうことでしたら是非私も同席願いたいですね。時期連合総長としてご意見を伺いたい所ですので」


 談笑を続けるクラリカとラエルノア。あの戦いの後、ミアス・リューンと太陽系連合の関係は依然変わりなく続いている。


 独立派による動乱はひとまず収まりを見せたが、彼らの存在は今後のエルフと太陽系人類の関わりを考える上で決して無視して良いものではない。


 互いの共存共栄のため、常に最適な距離感と関わりを模索する。

 それもまた、これからの彼女たちに与えられた大切な役割だった。


 そして――――。


「おーいラエルー! クラリカー! 迎えに来たにゃー! ダランドがもうすぐ出発するって呼んでるにゃー!」


「へけっ! 僕も地球にいる1200匹のファミリーにお別れしてきたのだ! また新しい戦いが僕を呼んでいるのだっ!」


「しかしようやくラエルの夢が叶うのだなワン。別宇宙……このルドルフを楽しませてくれると良いのだがワン……!」


「はわわ……っ! や、やっぱり何度見てもこの子達ってとっても可愛いです……っ! 独立派の中には人類以外の高等知類も認めない派閥がありますが、私はそんな人たちとは断固として戦いますよ……っ! はいっ!」


「俺は仕事がありゃあそれでいい! こうして皇女様が俺に仕事をくれる限りは、俺も家族も毎日ちゃんと食べていけるってもんだ!」


「やあ、ミケ。それに君たちもわざわざありがとう。でももう少しだけ待って貰っても良いかな。ティオとボタン君がまだなんだ」


「全く……あの二人と来たら、……それを見せつけられる私の身にもなって貰いたいものですっ!」


 呼びに来たミケたちボール隊の面々と、すっかりラースタチカの正クルーに収まってしまった独立派のロッテとアーレク。


 ラエルノアは彼らに向かって軽く手を振ると、ぐぎぎと拳を握りしめるクラリカを優しく見つめて微笑み、飲みかけだったティーカップに優雅に口をつける。


「フフ……まあそう言わずに。君もあの二人も。もちろん私も――――今のこの時間を得るために、みんな本当によく頑張ったんだ。今は、その果実を目一杯楽しむとしようじゃないか――――」


 ミアス・リューンを救い、太陽系人類を救い。そしてついに宇宙そのものを救ったエルフと人類の血の結晶。星辰の姫――――ラエルノア・ノア・ローミオン。


 彼女はこの場にいない二人に思いを馳せつつも、まるで彼女が知る存在全てを愛しているような慈愛に満ちた表情で、ドックの先に覗く青空を見つめていた――――。

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