一番の友達
閃光。
崩壊していくビッグ・チェルノボグのコックピット内部。
そこに座る傷だらけのチェルノボグは、消えゆく自分の命を見つめていた。
『――――あなたの願いを知ったから! あなたの欲があったから! 僕は自分の願いを知ることが出来たんです――――っ!』
チェルノボグの脳裏に浮かぶティオの言葉。
彼女の言葉を思い出しながら、チェルノボグは笑っていた。
彼のその笑みは普段の他人を馬鹿にしたような、道化じみた笑みではない。
本来の彼が持つ、心の底からの笑みだった。
「まったく……この私としたことが……まんまとやられました…………まさか、この宇宙の人々の完成を早め、彼らの願いを結集するために、私の欲をカウンターとして利用するなんてね……さすが、ヴェロボーグさん……」
閃光の中に飲まれていくチェルノボグの肉体。
既に、彼にはわかっていた。
このビッグ・チェルノボグの自爆も、ティオならば受けきるだろうと。
たわいもない――――何気ない日々を愛し、守りたいという少女の願い。
自分が拠り所としていた自慢の欲望は、その少女の願いに阻まれるだろうと。
「もしや貴方は、最初からこうなると読んでいて、それで私にあんなことを言ったんじゃないでしょうね……? そうだとしたら……私は本当にただの道化だったというわけだ…………!」
自嘲気味に呟かれたチェルノボグの声。
しかしその言葉とは裏腹に、チェルノボグの表情はどこまでも穏やかだった。
なぜなら――――
『――――そう思うかい? チェルノボグ――――』
閃光に飲まれ、もはや周囲すら見ることが出来ないチェルノボグの意識。
しかしその最後の刻。チェルノボグは確かに彼の声を聞いた。
「まさか…………そんなこと、これっぽっちも思いませんよ。ヴェロボーグさん。随分と、遅かったじゃないですか…………」
最早何も見えず、痛みも、消滅による喪失感も感じない。
ただシミュレーション宇宙のデータの中へと霧散し、溶けていくチェルノボグの前に、穏やかな笑みを浮かべたヴェロボーグが立っていた。
『ごめんごめん。でもちゃんと見ていたよ――――君のことを』
「そうだと思いました――――だから私も、貴方に不甲斐ないところを見せないよう、全力で頑張ったんです…………結果はまあ、ご覧の通りですが」
『とても楽しそうに見えたよ? でも、いくら何でも途中で僕にウィルスを仕込むのは酷いと思うんだよ。おかげで僕も死んでしまったし……』
「フッフッフ! 勝負の世界は非情なのですっ! それにね……結果として私もこうして死んじゃったわけですし、もう良いじゃないですか! お互い過去のことは水に流して! ねぇ?」
『ははは! そうだね。君の言う通りだ』
それはまるで、久しぶりの再会を喜ぶ親友同士のよう。
二人は目を見合わせて肩をすくめ、軽口を言い合い、失われたデータの世界で互いの健闘を称え合った。
「しかしやられましたよ。まさか貴方の残したお子さんが、あそこまでお強くなるとは……あれも計算通りだったのですか?」
『全然そんなことないよ。君も知っている通り、最後の方の僕は放任主義だったからね。ティオはとても強くて優しい子だから、僕が何もしなくたってきっとこうなっていたさ』
「おやおや、貴方程の方でも親バカになるものなんですねぇ……? でもまぁ、確かに強かったですよ。ティオ君も、他の皆さんもね――――」
『なんといっても、みんな僕の自慢の子供たちだからね』
傷つき、座り込んだままのチェルノボグに手を差し伸べるヴェロボーグ。
チェルノボグはその手を取り、服についたほこりを払って立ち上がる。
『それで、何度も聞かせてくれた、君の本当の願いは叶ったのかい?』
「フフ――――ええ、叶いましたよ」
ヴェロボーグとチェルノボグ。
かつてと同じ、傷一つない姿となったチェルノボグと肩を並べ、遙か上空から無数の光り輝く星々の世界――――彼らが生み出した宇宙の輝きを見つめる二人の神。
『それは良かった。たしか、一度で良いからゲームのラスボスをやってみたかったんだっけ?』
『ノンノン! それはジョークだと何度も言ったじゃないですか。いいですか? 今度こそ覚えて下さいよ。私の本当の願いは、貴方と――――』
二人は慈しむようにその世界を見つめると、やがて自らが創造した世界に背を向けて何処かへと歩いて行く。
既に過ぎ去った、データの残滓が集う世界へと遠ざかっていく二人の青年。
楽しそうに言葉を交す二人の声は、いつまでも止むことはなかった――――。
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