欲と夢の螺旋
『ふ、フフ……! フフフフ……っ! 無敵の合体ロボじゃなくて良かったのですか……? そんな通常機体では、このビッグ・チェルノボグを倒すことはできませんよ……!』
「チェルノボグさん……! 以前、あなたは僕に言いました。僕はお父さんのバックアップだって……! ただの未熟なヴェロボーグだって……!」
空も大地も。地平線の彼方すら白で埋め尽くされた最後の空間。
既にその力を失った巨大な道化と、何度となく世界を滅ぼす機神の前に立ち塞がってきた機械仕掛けの魔女――――バーバヤーガが、無限の高さを持つ塔を挟んで対峙する。
「あの時は凄くショックで……じゃあ僕はなんなんだろうって、凄く悩みました……! でも、今はもう平気です…………僕はティオ・アルバートルスっ! お父さんの願いを受け継いで、この宇宙のみんなと同じ日々を過ごして……ボタンさんのことが大好きな……ティオ・アルバートルスですっ!」
『フフ……少し見ない間に、さらにヴェロボーグさんに似てきたじゃないですか…………では、バックアップ君改め、ティオ・アルバートルスさん……! 宇宙の命運を賭けた最後のお楽しみを、始めるとしましょうか……!』
瞬間、ビッグ・チェルノボグの全身から漆黒の粒子が溢れる。スラスターもバーニアも存在しないその巨体がふわりと浮かび上がり、信じられない加速でバーバヤーガに迫る。
しかし機動を開始したのはバーバヤーガも同じ。機械仕掛けの魔女はその全身に備えられたバーニアを細かく制御し、さらには脚部の大型スラスターを全開。一瞬にして最高速へと到達すると、白い塔に沿うような機動で加速上昇する。
『逃がしませんよ……っ! どこまでだって私はついて行きます……! これでも、しつこいだけが取り柄なので……!』
純白の空。遙か上空へと昇ったバーバヤーガをビッグ・チェルノボグも追跡。
物理法則を無視した機動で直角に急上昇し、一瞬でバーバヤーガの背後へとチェーンソー型の光刃を生成して斬りかかる。
「ボタンさんっ! やります!」
「うむ! タイミングはティオに合わせるっ!」
しかし今やボタンゼルドと完全に一体化した未来視を持つティオには通じない。
ティオは即座に操縦桿を左右逆に押し引き、同時に最も右のフットペダルを全開。操縦桿横に備えられた攻撃ボタンをタン、タン……と二度連打する。
ティオの操縦の元、バーバヤーガは最大加速を維持したままに空中で急旋回。チェルノボグのチェーンソーを紙一重で躱しつつ、一瞬で背後へ。更には既に生成されていたビームクローでビッグ・チェルノボグの後方と左腕部を切り裂く。
『ぐあっ……!? ま、まだまだ……っ!』
だがチェルノボグは動く。
背後から攻撃を受けたチェルノボグは、そのまま振り向かずに機体前方へと加速。
そびえ立つ白い塔をぐるりと周回すると、そのままバーバヤーガの頭上へと飛翔し、そこから無数の黒い弾丸を連射する。
『は、ははは……っ! これならどうです……!? この攻撃を避ければ、下にいる皆さんが吹き飛びますよ……!』
「チェルノボグ……お前は……っ」
チェルノボグの言う通り、塔の基部周辺にはラエルノアやクラリカがいる。
バーバヤーガがこの弾丸を回避すれば、確かに二人は攻撃に巻き込まれるだろう。
しかし、それはあくまで二人だけならばの話だ。
今、その場所には創造主であるスヴァローグもいるのだ。
いかにチェルノボグが攻撃をしかけようと、スヴァローグは二人を完璧に守るだろう。つまり、このチェルノボグの攻撃も、その言葉も全てが虚ろ――――ほんの僅かな希望に縋るような、空しい強がりだった。しかし――――
「――――
『なんと……っ!?』
バーバヤーガは、否――――ティオは、簡単に回避できるその無意味な攻撃を受け止めた。バーバヤーガの装甲板が解放され、紫色の閃光が輝く魔女の大釜がその口を開く。
漆黒の弾丸は全てその中へと吸い込まれ、渦を巻くエネルギーとなって滞留する。
「チェルノボグさん……っ! 僕には夢があるんですっ!」
『ゆ、夢……!? このような時に、何を……!』
チェルノボグの攻撃を全て受け止めたバーバヤーガが、再び自身のスラスターに炎を灯す。スラスター開口部に描かれた炎輪が幾重にも重なって解放。バーバヤーガの巨体を一瞬にして光の速度近くにまで押し上げる。
「僕は……ボタンさんやみんなとずっと一緒にいたい……! 起きたらおはようって言って……そうしたら、ボタンさんにもおはようって言って貰って……! その後は、おいしいお料理をみんなと一緒にお腹いっぱい食べて……!」
『速い……っ! 私の……ビッグ・チェルノボグが、反応できない……っ!?』
「僕はこの世界が好きですっ! みんなのことが好きですっ! そしてこの大好きな世界でみんなと過ごす毎日が……! 涙が出るくらい嬉しくて……っ!」
それはまるで青い流星。
頭上のビッグ・チェルノボグとの距離を一瞬にして潰したバーバヤーガは、そのビームクローを通常よりも延伸して突撃。
ビッグ・チェルノボグの残された右肩を貫通して固定すると、そのまま更に更に加速して果てない天空の白めがけて飛翔する。
「だから……っ! 僕はこの世界が大好きだからっ! 消えて欲しくないからっ! だから、あなたの願いを受け入れることはできませんっ! でも、それでも――――僕にそう思わせてくれたのはあなたなんですっ! この世界の尊さを教えてくれた……消えて欲しくないって思わせてくれたっ! あなたの願いを知ったから! あなたの欲があったから! 僕は自分の願いを知ることが出来たんです――――っ!」
『私の欲が……貴方の願いを…………? そう…………そういうこと、ですか…………』
光を超え、純白の中をどこまでも上昇するバーバヤーガとビッグ・チェルノボグ。
限界を超えた二機の姿が赤熱し、青と赤の混じり合った輝きに包まれる。
『は、ははははは! そうですか……っ! そういうことでしたか! いいでしょう……! なら私も、最後までその役目を果たすとしましょう……! 道化は道化らしく、死ぬまで踊り続けようじゃありませんかっ!』
しかしその時。
ティオの裂帛の叫びを聞いたチェルノボグは、突如としてその全身から漆黒の粒子を放出。残された最後の力を全て振り絞り、自らのビームクローを貫通させたままのバーバヤーガへとその眼光を光らせる。
「ティオ……やれるか!?」
「はい……! やってみせますっ!」
それは、つい先刻ミナトやユーリーが防いで見せた、ビッグ・チェルノボグに搭載された自爆攻撃。
1800mの巨体から小型化した今のビッグ・チェルノボグでは、その威力は数段落ちるだろう。しかしそれでもその威力は、このターミナルを破壊しうる可能性を持っていた。
『さあ……! 見せてご覧なさい。貴方のその夢とやらの強さ……! そんな甘っちょろい戯言で、ヴェロボーグさんも認めてくれた、この私の欲を超えられるのかどうかを――――っ!』
閃光。
それはチェルノボグの欲をエネルギーと化した、正真正銘最後の一撃だった。
ティオは眼前で膨れあがるその閃光を、まだ幼さの残る大きな瞳でまっすぐに見据える。
そして同時に、この戦闘中ずっと自分の心に寄り添ってくれていたボタンゼルドの――――熱く、力強いぬくもりに心の中で手を添えた。
「僕は、一人じゃない――――っ!」
全てを飲み込む漆黒の渦。
その漆黒に対峙するように、一拍遅れて紫色の閃光が輝く。
二つの光は激しく拮抗し、辺り一面の白を揺らし――――――――しかしやがてその漆黒は勢いを失う。
黒き神の欲。その全てを注いだ渾身のエネルギー。それは、一人の少女の願いと夢を込めた紫色の輝きに受け止められ、消えた――――。
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