二人はその手を繋ぎ


 どこまでも続く白い地平の中心。

 そびえ立つ巨大な塔の眼前に、音もなく舞い降りるビッグ・チェルノボグ。


 その道化じみた長い手足と、ピエロ状のカラーリングを施された頭部は健在。

 しかしその全長は1800mから300mほどと小さくなり、あれほど周囲を圧倒していた強大なエネルギーの渦も、最早一欠片も感じることはなかった。


『フフ……さ、さあ……! 私自慢の……私の分身……! この、ビッグ・チェルノボグが、貴方たちの最後の相手ですよ……! もう、私には……ノルスイッチさんもおりませんが……それでも、外の宇宙が滅びるまで、耐えれば……私の勝利……!』


 薄汚れ、血にまみれたチェルノボグがよろよろと柱から離れ、その手を掲げる。

 ビッグ・チェルノボグは主の指示に応え、チェルノボグの傷ついた肉体を光の中に飲み込み、収納していく。


「チッ……! この期に及んでまだやろうというのですかっ!? ラエル、私たちのTWは使えますか!?」


「いや、トリグラフとバーバヤーガは流石にまだ出せない。ここは、私がノア・シエラリスで彼の相手を――――」


 小型化し、その力も失われたように見えるとはいえ、相手は人間など歯牙にもかけぬ巨大ロボット。ビッグ・チェルノボグに行く手を遮られたクラリカとラエルノアは、互いに自らの機体でその相手を買って出ようとする。しかし――――


「待って下さい――――っ!」


 だがその時、二人の背後から決意に満ちた声が響いた。


 そこには、同じくその瞳を燃やすボタンゼルドをしっかりと抱きかかえ、一歩一歩その歩みを前に進めるティオの姿があった。


 ティオはそのまま二人の横を通り過ぎると、扇動していた光の影、スヴァローグに尋ねる。


「スヴァローグさん。外に残されたお時間は……」


『この宇宙の時間で言えば、まだ数時間は大丈夫……それに、チェルノボグのあのロボットは、使、簡単に消すことが……』


「待って下さい! チェルノボグさんの相手は僕に……いえ、僕たちにやらせて欲しいんです!」


「ティオ……」


 ティオのその言葉は、お願いの体を取りつつも、有無を言わせぬ意思に満ちていた。ティオはその大きな丸い瞳を輝かせてスヴァローグを、クラリカを、そしてラエルノアを見た。


「わかっているのかい、ティオ? 君たち二人が揃わなければ、皆を救うことは出来ない。絶対に……万が一も許されない、そういう戦いになるんだよ?」


「わがままなのは分かってます……でも……でもお父さんなら……!」


 ラエルノアから投げかけられた、念押しするようなその言葉。

 しかしティオはラエルノアの視線を正面から受け止め、言葉を続けた。


「お父さんなら、絶対にこうしたと思うんです……っ! お父さんは、みんなが自由に欲と願いを持って生きられる世界を作ろうとしたんですっ! それが、世界を前に進める力なんだって信じていたんです……っ! そしてその願いの中には、あの人の……チェルノボグさんの願いだって入っているんです……っ!」


『ヴェロボーグ……』


「だからお願いします……! お父さんの願いを……僕に果たさせて下さい! チェルノボグさんの欲を……僕たちに乗り越えさせて欲しいんですっ!」


「そんな……! スヴァローグの力を使えば、あのロボットも簡単に消し飛ばせるのでしょう!? ティオの気持ちは分からなくもないですが……全宇宙の運命を賭けたこの土壇場で、そんな無意味な戦いをすることになんの意味があるというのですっ……!?」


 ティオに抱かれたままのボタンゼルドは、ただ黙って彼女の言葉を聞いていた。

 クラリカは明確な疑問を呈し、ラエルノアはその瞳を閉じ、ほんの僅かに逡巡する様子を見せた。そして――――


……ここまで来たんだ。最後まで君の好きなようにすると良い」


「ラエル艦長……っ!」


「ラエルっ!? 貴方、何を言って……!?」


「ここにこうしてやって来るまで、私たちは。この私だって、ヴェロボーグは地球にいたにも関わらず、ずっと遠くの銀河を探したりしていたしね――――でも、今の私たちは、私たちの判断に無駄なこと、無意味なことなんてないことを知っている」


 ラエルノアはティオと、そしてその腕に抱かれるボタンゼルドを見つめると、笑みを浮かべてティオの肩にそっと――――どこまでも穏やかにその手を置いた。


「思えば、私がティオと出会ったのも、ボタン君と出会ったのも。そんなをしている最中だったね…………だから私は、もうあの日々を無意味だったとは思わない。そして…………他でもないティオがそうしたいと願った決断なんだ。それが無意味だなんて、私は思わないよ」


「まったく…………また、貴方らしくないことを…………」


「二人とも、思い残すことなくやってくるといい。でも約束してくれ。絶対に、よ」


「――――はいっ!」


「ラエル……感謝するっ!」


 それは、ラエルノアから送られた餞別だったのだろう。

 ラエルノアはそう言って二人の背を押すようにその肩を叩き、頷いた。


 ラエルノアから送り出されたティオと、その腕の中から飛び出し、ティオの小さな肩へと飛び移るボタンゼルド。


 二人もまたその場にいる三人に対して頷いて見せると、眼前にそびえ立つビッグ・チェルノボグめがけ、二人にとってを発した。



「――――冬が来ます! 敵が来ます! 全てを殺す寒さが来ます!」



 ティオがその小さな手を頭上へと掲げる。

 彼女の纏う民族衣装が輝きと共にはためき、周囲に膨大なエネルギーが渦を巻く。



魔女様バーバヤーガ――――僕たちにみんなの願いを続ける力を!」

「俺たちの願いを守る力を――――!」



 それと同時。ラースタチカの亜空間ドックに格納された、破損したバーバヤーガがその場へと転送。ターミナルの白い壁面に巨大な亜空間の穴を開ける。


 そしてその穴から破損したバーバヤーガが現れると同時。

 それはティオの力によって再構築され、完全な姿となって二人の前に降り立つ。



「さあ、行くぞティオ! 君と……君の父上の願いを果たしに!」


「はいっ! ボタンさん!」



 二人は顕現した魔女を見上げると、未だ果たされていないこの宇宙最後の欲に決着をつけるため、その身を光の中に躍らせた――――。

 

 

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