第十話 脱出ボタン転生
ただ一つの約束
四人の創造主の一人。完全なる情報生命体、スヴァローグ。
光にしか見えないその小さな姿が両手を掲げると同時、一光年も離れていない位置を周回する七つのブラックホールが、まるでビリヤードの球のように弾かれる。
それは物理的にあり得ない機動で集合と散開を繰り返し、最後には幾何学的な構造を取って制止。
先ほどまで光を飲み込むブラックホールに見えていた七つのそれは、困難を乗り越えてこの地へと到達した連合艦隊を祝福するかのように、眩いオーロラー状の輝きを放ってある一点を指し示した。
『さあ――――門は開かれた。君たちは間違いなく、外の世界のシステムが想定した、完成された種の条件を満たしている。ヴェロボーグの言う通り――――ボクたちがやってきたことは、何一つだって無駄じゃなかった。失敗なんて、一つもなかったんだ――――』
「スヴァローグ殿……」
宇宙を渡る巨大なオーロラの光。その先に輝く一点の光を見つめ、スヴァローグは静かに、しかし感動と長い年月の感慨を滲ませた声でそう言った。
『ボクたちの生まれた世界は極まっていた。ボクが生まれたときには、宇宙中の様々な文明や異星人が、残されたとても狭いスペースに寄り集まっていて――――宇宙の温度はひたすらに上昇を続け、ボクたちはその宇宙の熱から簡単に無限のエネルギーを取り出すことが出来た――――』
スヴァローグは言いながら、光の向こうから微笑みを浮かべてラースタチカとドモヴォーイに手を差し伸べる。
『そんな時、救済の望みを託して建造した一基の高性能演算システムが導いたのが、完成された種の存在だった。けれど、システムは完成された種を定義はしたけど、誰にもその答えを教えようとしなかった。今思うと、その完成された種を探すためにやったこと全てが、世界を救うために必要なことだったのかもしれない』
「完成された種を、探すためにやったこと…………お父さん…………」
ティオはスヴァローグのその話に、父ヴェロボーグの言葉や、今までの全ての出来事を想起する。
完成された種を探すために無数のシミュレーション宇宙が生まれ、しかし誰も答えに到達出来ず、挫折した。
ヴェロボーグは確かに完成された種の答えを導いたが、同時にそれだけでは全ての宇宙を救うには足りないことにも気付いていた。
それはヴェロボーグたちが生み出したこの宇宙ではなく、全く関係のない他の宇宙で出現していたのだ。
そう考えれば、システムが示した完成された種を探すために行った全ての歩み。そしてその過程で起きた全ての因果が、今この瞬間を導いたのだと。ティオにはそう思えて仕方がなかった――――。
『わかった――――ターミナルの仕組みについてはストリボグから聞いている。第一、第三編成は負傷者と被弾した友軍の救助を。今この時から、ミアス・リューンのアーレンダルと、マージオークのゲッシュB911にこの場で全ての指揮を委譲する』
ラースタチカを指揮するラエルノアは、ここまで辿り着いた仲間たちに向かって静かに、はっきりとそう告げた。
『ドモヴォーイはラースタチカの亜空間ドックに帰投。本艦はそのまま、スヴァローグとターミナルに向かう』
「わかった。ティオ、クラリカ……最後まで、よろしく頼む!」
「はいっ……! お父さんや皆さんが願った最後の役目――――絶対に果たして見せます!」
「ええ……ここまで来たら、何処までだってお付き合いいたしますよ」
ドモヴォーイのコックピット内部。
数奇な運命の果て、こうして最後まで共に戦うことになった三人は互いに目を合わせると、力強く頷き合うのだった――――。
――――――
――――
――
「――――ここが、君たち創造主がこの世界を作り出した場所か。随分と殺風景な場所だね」
「でもここ……今までに僕やボタンさんが何度か来たあの場所にそっくりです……!」
それから数刻の後。開かれた門をくぐり抜け、始まりの地の最深部、ターミナルと呼ばれる場所へと到達したラースタチカ。
そこはティオの言う通り、かつてボタンゼルドやティオがヴェロボーグに招かれた、どこまでも広がる純白の地平が広がる空間だった。
『ここは、正確には場所ではなくて階層なんだ。ティオ君やボタン君が前にボクを外に送り出してくれた時に使ったのは、ここのすぐ下。管理者権限を持つ創造主の許可がなければ入れない階層。このターミナルはそこより上の、ボクたち創造主でも任務を達成しなければ入れなかった階層なんだよ』
「そうか……そしてそこには、任務を果たした君たちを無事に脱出させるためのソケットがあると」
「そこにボタンゼルドを填めてボタンを押せば、本来の想定を超えた、途轍もない数の宇宙全てを巻き込んだ大脱出が起きると。そういうわけですね?」
『そう――――そしてその脱出は、ボクたちの宇宙にある究極のシステムでも導き出せなかった答えなんだ。システムが導いた完成された種の力では、救えるのはあくまでもボクたちの宇宙だけだった。ヴェロボーグは、きっとそれじゃ嫌だったんだろうね――――』
白い地平をゆっくりと進むボタンゼルド、ティオ、ラエルノア、そしてクラリカの四人。このターミナルに入れるのは限られた人員のみ。そして、無事に戻れるかもわからない。
ラエルノアは後のことをルミナスの戦士たちやアーレンダルに任せ、こうして最も信頼出来る者たちと共にスヴァローグの導きに応じた。
『ストリボグから聞いてるだろうけど、それでも全てのシミュレーション宇宙を救えるわけじゃない。救えるのは、ボタン君の力の及ぶ範囲までだよ。でもそれでも、君たちのように自分で考え、ボクたち創造主の手を離れた数え切れない数の命が助かる。ボクは、それがとても嬉しいんだ――――』
「俺の力の及ぶ限り、か――――」
スヴァローグのその言葉に、ティオの肩に乗るボタンゼルドは僅かに考え込む素振りを見せて俯く。そしてそのまま歩みを進める一行の前に、白い地平にその頂上すら見えぬ白い塔が現れる。
そのあまりの巨大さに目を見張るボタンゼルドたち。しかし、その塔に寄りかかるようにして待っていた人影の姿は、彼らを更に驚愕させた。
『――――ふ、ふふ……どうやら……この勝負は、ヴェロボーグさんの勝ちと……そういうことに、なりそうですね……』
「あ、あなたは……っ!」
「お前は……! チェルノボグ……っ!?」
巨大な円筒形の塔の根元。
ボロボロになった白いシャツ。オールバックの黒髪は崩れ、その全身の傷口からは赤い粒子が0と1、そしてその二つが重なり合った数字の羅列になって虚空へと消えていく。
今も立っているのがやっとという様子のチェルノボグが、ボタンゼルド達に傷ついた笑みを浮かべていたのだ。
『チェルノボグ……君は、まだ続けるつもりなの?』
『ふふ……お久しぶりです、スヴァローグさん……また会えて、嬉しいです…………本当ですよ……?』
しかし、チェルノボグの姿を見たスヴァローグはもはや慌てることもない。ただ哀れみと悲しみの思いだけを乗せた言葉を、共に世界を生み出したかつての仲間へと向けた。
『そして……ええ。勿論、続けます…………最後まで……諦めない。それが、こんな私が、私としてただ一つ、一番の友達だったヴェロボーグさんと交した約束なんです…………私は、最後まで……! 私の欲を諦めない……ッ!』
そのチェルノボグの叫びは虚空へと響き、決着の刻の訪れを告げる。
ターミナルの直上から一機の人型――――すでにその大きさは300m程となり、今にも霧散してしまいそうな弱々しい姿となったビッグ・チェルノボグが、音もなく、あまりにも静かにその場に舞い降りた――――。
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