その地へ
光が流れていく。
全ての光がどこまでも流れ、青一色に染まっていた世界がやがて黒へと変わる。
無数の光芒が後方へと流れ、そして止まる。
静かに目を見開いたボタンゼルドは、静寂のコックピットでティオとクラリカの息づかいと、一定の間隔で届くセンサーの電子音を聞いた。
「どうやら、ここが目的地のようだな……」
「う……?」
「凄い……これが、始まりの地……」
目を見開いた三人が見た光景。
それは、あまりにも美しく、静かで、凄絶な景色だった。
そこにあったのは七つの漆黒。
周囲の光を湾曲させ、全てを飲み込もうとその大口を開く、七つものブラックホール。それは互いに奇跡的な重力バランスを保ち、一定の間隔を置いてクルクルと、極狭い一点の周囲を回っていた。
歪められた光はブラックホールの周りに沿うように輝き、流れていた。
そして、その場に到達したのはボタンゼルドたちだけではない。
一隻、また一隻と――――。
黒煙を上げ、今にも沈んでしまいそうな傷ついた連合艦隊の生き残りたち。
しかしそんなボロボロの姿になりながらも、その最後の地を望む約束の場所へと辿り着いていく。
マージオークの緑色の船体が。ミアス・リューンの荘厳な宮殿が。
互いに肩を貸し合い、傷つきながらも生き残ったルミナスの戦士たちが。
そして旗艦インドラを失いながらも、最後までその指揮系統を乱さなかった太陽系統合軍と、彼らと共に戦った無数の少数文明の船があった。
当初、三十億もの数で宇宙を埋め尽くしていた彼ら多文明連合艦隊。
見回してみても、辿り着いた船はその半数も残っていないとわかる。
あまりにも多くの命が失われた。
しかしそれと同時に、今も彼らの背を押す決意の炎は強まるばかり。
彼らはついに辿り着いたのだ。
全てを乗り越え、全てを救う始まりの地に――――。
『――――こちらラースタチカ。聞こえるかい、みんな』
「ラエル……! 聞こえている、俺たちは無事だ!」
始まりの地を望む虚空に浮かぶドモヴォーイ。
その巨体はすでに隻腕となり、スラスターも、背面の翼も損傷している。
正に死闘の後といった姿のドモヴォーイのコックピットに、ラエルノアの静かな声が届く。
『無事でよかった……本当に、よくやってくれたね』
「ラエル……」
傷ついたドモヴォーイに寄り添うように、自身も損傷を受けながらも、未だその美しさを保ったままの純白の船――――ラースタチカがワープアウトする。
「ミナトたちは……?」
『…………私たちがこうしてここに来られたのは、三人のお陰だ。最後まで、立派に戦ってくれた』
「っ……」
「うっ……うぅ……っ。ミナトさん……ユーリーさん……キアさん……っ!」
一縷の望みをかけて尋ねたクラリカの言葉に、ラエルノアは努めて冷静に。しかしはっきりとそう告げる。
クラリカはその言葉に俯いて歯を食いしばり、ティオは今まで抑えてきた感情を爆発させるように涙を流した。
『――――ううん、まだわからないよ。諦めないで、みんな』
「っ!? この声……?」
だがその時である。
意気消沈するラースタチカクルーの耳に、どこかで聞いたことのある声が響いた。
驚いて周囲を見回すティオやクラリカ、そしてラエルノアの視線の先。
始まりの地へと続く七つのブラックホールを背に、光り輝く人影が現れる。
『キアたちはまだ生きてる――――だから、君たちは君たちの役目を果たすんだ』
「君は……まさか、スヴァローグ殿っ!?」
「スヴァローグさん!?」
「スヴァローグって……あの時ティオを撃ちやがったブルシット野郎ですかっ!?」
突如として目の前に現れた光る影。創造主の一人にして、かつてグノーシスを率いて文明連合と激しく戦ったスヴァローグは、かつてとは全く違う穏やかな声でそう告げた。
『やあ、久しぶりだねスヴァローグ。三人が無事というのはどういうことだい?』
『あの時。消滅しかかっていたキアたちの情報を追って、すぐにストリボグが飛んだんだよ――――おかしいよね、前のストリボグなら、そんなこと絶対にしなかったのに』
「ストリボグ殿が……ミナトたちを……!?」
『うん……元々、キアと一緒にいたあの男の子はいくつものシミュレーション宇宙にデータが偏在している存在だった。だから、そんな簡単に消えたりはしない。そんな彼と深く繋がった、キアと、もう一人の女の子も』
光り輝く影――――スヴァローグは、一同を安心させようという思いが伝わる口調でそう説明した。
『だから、キアたちを助けに向かったストリボグの代わりに、ボクが君たちを導くためにやってきたんだ。もう外の世界の消滅派は鎮圧されてる。後はボクが君たちをターミナルに到達させれば、全部終わり――――本当に、ありがとう』
「生き、てる……? ミナトも、ユーリーも……キアも、まだ生きてる……っ? っ…………うぅ……!」
「そう、だったんですね……っ! ありがとう……ございます……っ。良かったよぅ……っ!」
スヴァローグの言葉に、最早何度目かもわからぬ涙を零すクラリカとティオ。
二人はもはや何を気にすることもなく、しかし今度は安堵と嬉しさから出る涙をその瞳から流した。
「そうだな…………本当に、俺も感謝しても仕切れない。そして、そういうことならば――――!」
『――――尚更、ここまで来てしくじるわけにはいかないね。三人が戻ってきた時に、私たち皆でちゃんと出迎えてあげないといけない』
『さあ――――行こう、完成された種のみんな。最後の門の扉を開くよ――――!』
静寂が支配する漆黒の宇宙。
スヴァローグはボタンゼルドとラエルノアのその言葉に頷き、勢揃いした連合艦隊にくるりと背を向けると、自らの両手を眼前の闇に掲げた――――。
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