命の意味


「っ――――! ミナト……! この……ブルシット……勇者……っ!」


「ユーリーさんも……っ。キアさんも……ずっと、遠くに……っ」


「くっ――――おおおおおおおおおッ!」


 青く輝く亜空領域に凄まじい閃光と衝撃が吹き荒れる。

 通常の空間とは違う距離感を持つ亜空間で、ノルスイッチの操るビッグ・チェルノボグと戦闘を継続しているドモヴォーイ。


 四人乗りのコックピットには、もうミナトもキアもいない。


 メインパイロットはボタンゼルド。

 索敵をクラリカが、その他全てをティオがこなすという変則的な操縦。


 もはやドモヴォーイには、ミナトの力である無敵の聖剣も勇者パワーも、キアが持つ亜空間を自在に行き来する力もない。


 しかしそれでも、ボタンゼルドの神域の操縦技術はビッグ・チェルノボグとの性能差を埋め、こうして拮抗した戦いを繰り広げていた。


『チェルノボグは、死んだか……』


 それは超光速の攻防。


 ドモヴォーイがその拳を突き出せばビッグ・チェルノボグは受け、ビッグ・チェルノボグの放つ破滅の弾丸をドモヴォーイは完成された未来予知で躱しきる。


 パイロットである二人の到達者を失い、実質その戦力が半減したドモヴォーイを操るボタンゼルドと、悪魔の機神ビッグ・チェルノボグを操るノルスイッチは全くの互角だった。


「ノルスイッチ……! 今のお前ならば見えたはずだ……! この宇宙を、帰る家を守るために命をかけて戦った人々の姿が……! 彼らとお前、そしてお前と共に戦った仲間たちの何が違う……っ!? 俺もお前も、たった今消えたのではないのか――――ッ!?」


『……っ! やめろ……っ! 私はもう、誰かを憎むことも、殺すことも、戦うことにも疲れた…………死した後も休むことを許されなかった私に、再び思考させるな、ボタンゼルド……!』


 亜空間の光芒が渦巻く。未だ億を超える艦隊が一斉に始まりの地を目指してワープしたことでエネルギーの整流が置き、戦闘中の二機すら共に始まりの地へ引きずるように押し流されていく。


 元より、ドモヴォーイはラースタチカと同等の時空間跳躍が単機で可能だった。

 故にラエルノアからも、ワープが開始されれば即座に始まりの地へと向かうように指示を受けている。


 封鎖が解除された今、ここでこれ以上ノルスイッチと戦う理由は最早ない。しかし、しかしそれでも――――!


『お前たちだってそうだろう……!? 今この時も全宇宙で多くの命が失われ、悲しみと苦しみが生まれ続けている。確かにこの宇宙は素晴らしい……私とお前が生まれた宇宙とは違うのかもしれん。だがそのような素晴らしい世界でも、命は、ならば全て――――』


「――――ふっっっっざけんじゃねぇええええですよッ! さっきから黙って聞いてればジメジメメソメソと! テメェだけが悲劇の主人公気取りとは良いご身分だなゴラァッッッ!?」


「く、クラリカ!?」


「ひえッ!? く、クラリカさん!?」


 だがその時、それまで必死にボタンゼルドのサポートに回っていたクラリカがその銀色の眼光を輝かせて叫んだ。その叫びはドモヴォーイを通じて亜空間を震わせ、巨大な波紋すら起こす裂帛の怒気だった。


「テメェご自慢の良く見える目で、一体今まで何をみていたのですかっ!? 私の――――この私の大切な友達が、消えて……ッ! 更に数百万を超える命がここで既に失われているのですよッッ! 何のために!? 、生きて私たちの時間を続けるために、皆命をかけたのです――――ッ!」


「クラリカ、さん……っ!」


 そのクラリカの姿にティオは思わず涙ぐみ、思わずその視線を逸らした。


 クラリカは泣いていた。青いフレームの眼鏡から覗く、銀色に輝く瞳から大粒の涙を零し、歯を食いしばって必死に前を向いていた。


『生きてどうする……!? 事実、お前たちの心からは今も深い悲しみが伝わってくる。全て終われば、全員で消え去ればもうそんな思いをしなくても済むというのに――――』


「こ、の――――馬鹿野郎осёл がッ! いつどこで――――誰がそんなこと頼みましたかッッ!?」


 ボタンゼルドから半ば操縦権を奪い取るほどのクラリカの激昂。それは一気呵成にノルスイッチを責め立て、ついには拮抗していた戦いを打ち破り、至近距離で放った三重反物質ミサイルがドモヴォーイ諸共ビッグ・チェルノボグの片足を吹き飛ばす。


「そんなに終わらせたいのなら、テメェ一人で終わればいい――――ッ! そんな勝手な個人の思想で――――私たちの未来をッ! 邪魔するんじゃあないッッ!」


『ぐっ……!』


 クラリカの双眸から零れ落ちる涙と共に、ついにドモヴォーイの巨大な拳がビッグ・チェルノボグを捉えた。


 その衝撃で遙か彼方まで弾かれるビッグ・チェルノボグのコックピットで、自爆スイッチとなったノルスイッチがその表情を歪める。


 余りにも熱い魂の激流。クラリカからも、今この場で渦巻く連合艦隊の戦士たちの命からも。ミナトやユーリー、キアの生き様からも。到達者となり、それらを見れるようになったノルスイッチには、彼らの全てが流れ込んでいた。


 それらの全てから、ノルスイッチはかつての自分と彼の仲間達が抱いていた平和への思いと、希望の未来への渇望を痛いほど感じ取っていた。のだ。


 そしてそれは、彼が虚無だと思い込んでいた偽りの心を揺さぶり、少しずつ、だが確かに再びその冷えた心に熱を灯そうとしていた。


「…………お前の負けだ、ノルスイッチ。やはりお前は、一つも。お前が……お前にそれを捨てることなど、できるはずはなかったのだ……」


「ノルスイッチさんの、心が……」


『私は、私は――――!』


 ビッグ・チェルノボグの動きが止まる。


 ノルスイッチはその思念を燃やし、それでも戦いを続けようとした。

 しかし機体は動かない。


 ビッグ・チェルノボグのコックピット内部。自爆スイッチとしての姿ではなく、かつての人間だった頃の姿となったノルスイッチの思念が、ビッグ・チェルノボグを動かそうと操縦桿に手を伸ばし、焦りによってその表情を歪めていた。だが――――


『もういいんですよ、ノル――――』


『あ……ああ……っ』


 その時である。


 操縦桿を握るノルスイッチの手に、もう一つの小さな手が重なった。


 驚き、振り向くノルスイッチ。するとそこには彼を見て安堵の笑みを浮かべる、今は亡きかつての仲間たちが立っていた。


『貴方を長く一人にして、すみませんでした。でもこれからは、もうずっと一緒ですよ、ノル――――』


『……っ……くっ………うう……っ!』


 かつて失った仲間たちとの再会。

 それは、果てしなく続いたノルスイッチのを意味していた――――。



 ――――――

 ――――

 ――



「ノルスイッチさん…………」


 目の前で片膝を突き、微動だにしなくなったビッグ・チェルノボグ。


 ティオはその創造主としての力によって、今この場に、ことを感じていた。



 周囲の空間が湾曲し、徐々にドモヴォーイの巨体すら押し流していく。

 その先に待つのは始まりの地。全てを救う旅の終わりの場所。



 全てを察したボタンゼルドは最早何も言わず、ただ自らの宿敵の魂の安らぎだけを願い、その流れの中に機体を任せた――――。



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