第九話 閃光の刻

勝利はどちらに


『フフ……勇者、ですか。それはそれは、また随分とですねぇ? どうやら貴方もスヴァローグさんと同じで、脳がお花畑なタイプなんですねぇ!』


「っ……ミナト……ありがとう。私もまだ、やれるよ……っ!」


 眼前にそびえ立つビッグ・チェルノボグ。その全長は1800mにも及ぶ。

 生身のミナトにとって、その巨体は正に巨大な山に等しい。


 しかしミナトは一切の恐れも動揺も見せず、自らの手を取って継戦の意思を示すユーリーをじっと見つめた。


 ユーリー自身が言うように先ほどビッグ・チェルノボグに貫通された胸の傷口は塞がり始めていた。ルミナスの力を破壊される前に助けられたことで、カレンの持つ強大な治癒能力が発動しているのだ。


「ああ……! やろうぜユーリー! 俺とお前が組めば、どんな奴にだって負けやしねぇ!」


「うん……っ!」


 ユーリーの翡翠色の瞳の中。未だ燃えさかる決意の焔を見たミナトはただ頷き、力強く応じた。

 そしてミナトは自身の聖剣を構え、そしてユーリーもまた普段の姿、全身から翡翠の輝きを発して二人共に並び立つ。


『おや、どうやら本気でその小さな剣と拳でこの私に挑むおつもりのようだ! では、貴方たち二人の蛮勇に敬意を表して――――一瞬で殺して差し上げますよ!』


「ミナト……! 私がここに来たのは――――っ!」


「わかってる! 俺もこっちに来たんだ! やろうぜ、俺達の道は俺達で――――!」


 瞬間、ミナトの全身が虹色の閃光を放ち、背を合わせて中段に構えるユーリーが翡翠の炎を上げる。 


「斬り拓く――――ッ!」

「穿ち抜く――――ッ!」


 それは正に飛翔する二頭の龍。


 1800mという距離が一瞬にして潰れ、ビッグ・チェルノボグの頭部が弾け飛ぶ。

 光そのものと化したミナトとユーリーの閃光。それはチェルノボグの巨体の周囲を一秒で何万という数叩き、切り裂き、貫いた。


『ああああ!? な、なんですかこれは!? ちょ、ちょっとお待ちなさい貴方たち! 仮にもこの宇宙は科学技術の発達したサイエンスの世界なんですよ!? そんな世界で生身の貴方たちがこんなに強くて良いと思って――――!?』


「あははははー! なんでだろ? ミナトと一緒に戦うのってこんなに楽しくて、幸せなことだったっけ――――? ユーリー絶好調ー!」


「そうだぜ! 俺だってもう! ロボに乗って戦うのもいいけどよ! やっぱ勇者はこうでなくっちゃなあああああ――――ッ!」


『なんだかムカつくやりとりですね!? リア充爆発しろというを知らないんですかッ!?』


 チェルノボグは二人の怒濤の連撃にその巨体を大きく揺らす。しかし次の瞬間には漆黒のエネルギーを周囲に放出。ルミナスの戦士たちを一瞬にして葬った攻撃がミナトとユーリーに襲いかかった。しかし――――!


「二人は、私が守ります――――!」


『消えた!?』


 亜空間で放たれたチェルノボグの破壊エネルギー。しかしそれは二人に直撃することはなかった。突如として出現した通常時空への扉が二人を飲み込み、亜空間にしか影響を及ぼさない攻撃から二人を守ったのだ。


「よっしゃ! 助かったぜ!」


「ありがとねー! キア!」


「ミナト、ユーリー。私は、二人とずっと一緒です」


 それはキア。亜空間と通常時空を自在に行き来する、スヴァローグの目指した完成の到達点。ミナトとユーリー、そしてキアは互いに頷いて一つの光となり、再び亜空間へと突入してチェルノボグへと攻撃を叩き付ける。


『このおおお!? 私にモグラ叩きをさせようと!?』


「私たちはモグラより厄介だと思うよ――――! 連環虎龍槍――――ッ!」


「必殺――――勇者キイイイイイイイイイック!」


「亜空間の座標は、私が支配します」


 四方八方から叩き付けられる翡翠の焔と虹の光。それは瞬間瞬間でその位置を変え、先ほどまでですら対応できかったチェルノボグを散々に打ちのめす。


 これがもし、であれば反撃も可能だっただろう。しかしいかにロボットが強くとも、チェルノボグの反応速度には限界がある。


 三人の連携は、もはや完全にチェルノボグの能力を上回っていたのだ。そして――――!


『――――ここまでだ、チェルノボグ。第七世代が半ばまで成し遂げた亜空間封鎖の解除は、


『おやまあ!? ストリボグさんじゃないですか! まさか、万年引きこもり体質の貴方がこのような場所まで赴くとは! 明日の天気はきっと台風ですねぇ!』


 ミナトたちに翻弄されるビッグ・チェルノボグの正面。大きく切り拓かれた亜空間領域に、全身を金属製のパーツで構成された機械生命体――――創造主の一人、ストリボグが出現する。


 そしてそれと同時。一同が戦いを続ける亜空間に立ち塞がっていた、赤い幾何学模様の封鎖領域に綻びが生じ、どんどんと崩れ落ちていく。


『お前の目論見はこれで潰えた。完成された種の力、お前も理解できただろう』


『フフ……なるほどお見事。この封鎖領域は貴方やスヴァローグさんでも解除できないようのですが、あの出来損ないのヒーローさんたちは、のですね』


「そういうことだぜ――――! てめぇのくだらねぇ野望はここで終わりだ!」


「私もラエルにそう言われて、ここには後ちょっとの時間稼ぎに来たってわけ!」


「貴方がストリボグの解除作業に気付かないように。解除されつつある領域を修復しないように、です」


 ついに封鎖領域を解除されたチェルノボグ。


 しかも無敵の筈のビッグ・チェルノボグは、ミナトたち三人の攻撃でその全身を穿ち抜かれ、黒煙を上げて崩壊を始めていた。



 しかし。だがしかし――――



『フフフ……クフフフ……!』


「てめぇ……!? なに笑ってやがる!」


 チェルノボグはその時、ついに抑えきれないとばかりに笑みを零す。

 その不気味な笑みは周囲を揺らし、どこまでも暗い虚無に満ちていた。


『いえいえ、お見事。さすがにこれだけのに囲まれては、この私といえども劣勢ということ。完全にお手上げ、白旗ですよ――――』


 崩壊していくビッグ・チェルノボグのだらりと伸びた両手を挙げ、おどけるように体を震わせるチェルノボグ。


『勇者ミナトさん。貴方はヴェロボーグさんがあのボタンゼルドさんと巡り会う前に、貴方こそが到達者だと信じるほどの到達者の近似値です。その力、とくと味わいましたよ――――』


「こいつ、何を……!?」


『ユーリーさん。貴方はまだ気付いていないでしょうが、今の貴方はすでにこの領域で命を落とした他のルミナスの力をその身に全て宿している。通常のルミナスであれば不可能な程の力を、ユーリーさんということで、貴方はすでに到達者と呼べる領域までそのエントロピーの集積度を高めています――――』


「なんのことー?」


『そしてキアさん。貴方はスヴァローグさんが完成された種を目指して生み出した存在。しかしあの人の悪い癖……貴方一人への思い入れが強すぎて、全てのパラメーターが上限まで引き上げられている。やはり貴方も、到達者に近い存在だ――――』


「……」


『これだけの数の到達者に囲まれ、そして通常時空では、完成された種の皆さんが今も戦いを続けている――――ここまで有能で活力に溢れた命が、ことは未だかつてないでしょうねぇ――――?』


 闇が広がろうとしていた。

 崩壊するビッグ・チェルノボグの内面。抑えられていたチェルノボグの闇が。


『チェルノボグ、まさか――――!?』


『気付いた時にはもう遅い――――! 別にね、自爆スイッチで全宇宙を消す必要なんて私にはないんですよ。ただ、それで私の勝ちなので――――! では……ポチっとな!』


 その言葉と同時、辺り一帯に冗談のような電子音が響いた。それはビッグ・チェルノボグに内蔵された、ありきたりな、ただの自爆スイッチの起動音。


 だがしかし、その自爆による破壊エネルギーは、宇宙開闢のするものだった。


 破砕は一瞬。


 光速すら超えて炸裂した漆黒の破滅は何もかもを消し去り、亜空間の壁を越え、通常時空で戦うラエルノアたち連合艦隊すら飲み込んでいった――――。


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