冷めない心


 ユーリー・ファン。


 火星を実質的に支配する中華華僑の裏社会。そのどん底で生まれた彼女にとって、闇とはいつも心地よく、自らとは切っても切り離せない物だった。


 闇は全てを覆い隠してくれる。

 この身についた返り血も、自らが手を下した命が背負っていた物も。


 ユーリーに罪の意識があったわけではない。

 彼女にとって、指示された標的を殺すことは物心ついた時からの日常だ。


 常にその心を虚偽と猜疑で塗り固め、隠し通さなければ生きていけない闇の世界。そこで行われる命を賭けた殺し合いは、ユーリーにとって唯一他人の心を垣間見ることが出来る場所だった。


 容赦なく相手の骨を折り、心の臓を穿つ。

 ユーリーに狙われた相手もまた、決して殺されまいと彼女の拳に抗う。


 血が滾る。


 その瞬間だけは、闇に隠して貰う必要もない。

 互いの全てを曝け出し、ただ命のやりとりをする。それがユーリーは好きだった。



 しかし――――だがしかし。



 つい先ほどまで燃えるように熱かった命。


 が急速に熱を失い、

 彼女はそれを、どうしても好きにはなれなかった。


『助けて貰ったことには感謝してるけどー……なんで人を殺しちゃだめなのー? そんなのつまんなーい!』


『うーんとね。それは……貴方が本当に好きなのは、人を殺すことじゃないから――――かな!』


 火星都市の広々とした料亭。張り出しに設けられた中華様式の椅子を傾け、ユーリーは一人ぶつぶつと呟いていた。


 千人以上を乗せた地球へ向かうシャトルが、隕石と激突する事故――――正確には、それはユーリーがたった今対話するルミナス人――――ルミナスカレンと宇宙怪獣の戦闘の余波によるものだった。


 その事故で命を落としかけたユーリーはカレンと融合。

 凶悪な宇宙怪獣を撃破し、こうして九死に一生を得て火星へと帰還していた。


『貴方が本当に好きなのは、自分の全てをぶつけられる相手との真剣勝負っ! だからよーくわかるよ! うむうむ!』


『そうなのかなー? でもさー、ルミナス人のカレンと合体しちゃったから、強すぎてもうそんなこと出来る相手なんていないんじゃないのー?』


『そんなことないよっ! ユーリーはまだ知らないだろうけど、この宇宙はとーっても広いんだ! 私がどんなに頑張っても勝てないような人だっているし、今も増え続けてる! だからね、ちょっとでも自分が嫌だなって思うことなんて、やらなくていいんだよっ!』


『へー! それはちょっと楽しみかもー!』



 そうして――――。


 ユーリーは今や一心同体となったルミナスの女戦士カレンと共に火星を飛び出し、遙かなる宇宙へと飛翔した。


 宇宙を脅かす怪獣と戦い、時には同族となるルミナスの戦士にも戦いを挑み、エルフとも、オークとも、面白そうな物とはなんでも戦った。やがてその旅の先でラエルノアの乗るラースタチカと出会い――――



 ――――そこで、ようやく私は見つけたんだよ。


 いつ拳を交えても、いつ言葉を交わしても絶対に冷えたりなんてしない。

 火傷するくらいに熱い、――――!



『すぅ――――ふぅぅぅぅ――――七星転結! 参る――――ッ!』


 瞬間。そのしなやかな肉体を包む、燃えるような輝きが完成された正円を描く。

 裂帛の気合いと共に、ユーリーが眼前の黒き神に挑む。


 全てのシミュレーション宇宙の中でも最強の力をもつチート勇者、ミナトとの修練の果てに身につけた新たなる力――――カレン・イグナイテッド。その最強の力を纏い、ユーリーは臆せずチェルノボグに肉薄、激しいながらも流れるような連撃を間断なく繰り出す。


『ハイッ! ハイッ! ハイッ! ハイヤ――――ッ!』


『フフ……まさか、合体もせずに私に挑むお馬鹿さんがまだいるとは! ですが残念! 今の私は一人ではない! 別の場所でノルスイッチさんをお待たせしていますので、貴方に構っている暇は――――』


『そっちになくてもんだよねー! 私だって、ここにただ死ににきたわけじゃない――――ッ!』


 ユーリーからの打撃をいなし、チェルノボグは蔑むような視線を彼女に向ける。


 一度目の拳を受ければ分かる。いかにカレン・イグナイテッドが単体戦士として強かろうが、所詮は一人のルミナス人。


 彼女の力は、先ほどチェルノボグが容易く一蹴して見せた合体戦士、ルミナスエイトにすら及ばない。チェルノボグはそう判断し、激しい連撃を浴びせるユーリーを一息にひねり潰そうと手を伸ばす――――!


『神槍雷砲掌――――ッ! セイッ……ハアアアアアア――――!』


『おおおっ!?』


 だがしかし、瞬間的にユーリーの翡翠色の輝きが爆発的に増大。

 下方から叩き付けるようにして繰り出されたユーリーの掌打が、ビッグ・チェルノボグの巨体をまるで弾かれたピンボールのうに吹き飛ばす。さらに――――!


『まだまだッ――――! トライイドラディウム光線ッ!』


 一瞬で遙か彼方へと弾かれたビッグ・チェルノボグめがけ、その翡翠のエネルギーを収束したユーリーの腕がX字を描き、凄絶な破壊の光芒を撃ち放つ。


『おーほほっ! これはまた、ですねぇ!?』


 それは見事ビッグ・チェルノボグの本体を飲み込むが、機体を守る強力な障壁によって光線が四方へと拡散。無効化される。


我が心は炎我心火焰――――! 翠焔天双砲――――ッ!』


 だがしかし、ユーリーの姿は最早そこにはない。


 自ら放った光線の後を即座に追い、光速すら超えて一条の光芒と化したユーリーは、鍛え抜かれた自身の技を信じ、力を信じて燃えさかる拳をチェルノボグの障壁へと叩き付ける。


『お、おおお……!? マジですかぁ!?』


『貫けええええ――――ッ!』 


 まるでガラスの球体が砕けるように、チェルノボグを守護する障壁が砕け散る。

 障壁を失ったチェルノボグは、未だ終わらぬトライイドラディウム光線の奔流と、ユーリーの拳に挟まれるようにして閃光に飲まれる。



 閃熱。そして何重にも及ぶ衝撃波。


 翡翠色の豪熱に焼かれ、ビッグ・チェルノボグの半身が粉々に吹き飛ぶ。

 その瞬間、ユーリーの拳は確かに黒き神の肉体を粉砕していた。



 しかし――――!



『がっ――――……!』


『ユーリー・ファンさん――――でしたか? 先ほどはすぐに名前を思い出せず失礼しました。ちゃんと覚えましたよ。どうやら――――貴方もまたようだ』


 ユーリーの背後。突き出された禍々しい漆黒の光刃が、彼女の胸を貫いていた。


 その半身を砕かれたビッグ・チェルノボグ。

 砕かれたはずの黒き神は、ユーリーのしなやかな胴体をその漆黒の光刃で貫きながら、禍々しさを増した道化の笑みを浮かべていた。


『フフ……流石の私も、今のはほんの僅かにでしたよ。まあ、というやつですがねぇ――――!』


 ユーリーの肉体を貫く光刃が、翡翠色の光を焼く。

 人体から血液が溢れ出すようにユーリーの体から輝きがこぼれ落ち、消えていく。


『ぐっ…………ま、だ……終わって……ない……っ! ……ま、だ…………ッ!』  


わかりませんが、終わりですよ、ユーリーさん。美しい貴方に免じて、もうそのように頑張らないで良くして差し上げます。では――――さようなら!』


 ビッグ・チェルノボグがその腕に力を込める。収束されたエネルギーが刃へと流れ込み、ユーリーの光を飲み込もうとその顎を開き――――


「――――ユーリイイイイイイイイッ!」


 だがその時である。ビッグ・チェルノボグが掲げた漆黒の光刃が虹色の閃光によって真っ二つに両断。突如として出現した虹色の閃光は、力尽きて人間体へと戻り、そのまま亜空間の渦に落下していくユーリーの身を抱えて飛翔する。


「しっかりしやがれユーリー! お前はまだ、そんなもんじゃねぇだろッ!?」


「がはっ……げほっ…………み……ナト……?」


 現れた虹の正体。それはチート勇者ミナト。

 なんとかその身の消滅を免れたユーリーの瞳に、ミナトの力強い眼差しが映る。


『これはなんとも予想外! でも貴方、とーってもよ! じゃないですかぁ!?』


 チェルノボグの嘲笑が響く。


 彼の言う通り、ミナトはドモヴォーイにも、クルースニクにも

 ミナトはただ一振りの聖剣のみを背負い、傷ついたユーリーを抱えて亜空間の渦の上に立っていた。


『まさか貴方、そんなちっぽけな体でこのビッグ・チェルノボグと戦おうっていうんですかぁ? アハハハハ、思わず乾いた笑いが出てしまいますよ――――!』


「――――そう思うか? なら、教えてやる――――!」


 ユーリーを抱きかかえたままのミナトが、鋭い眼光を背後のビッグ・チェルノボグへと向ける。


 そしてその背に差した自身の聖剣、ヒストリアをゆっくりと抜き放ち、虹色に輝く切っ先を眼前にそびえたつビッグ・チェルノボグに向けた。


「俺は、ってことをな――――ッ!」




 

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