迫り来る結末


『怯むな、弓矢隊――前へ!』


『弓矢隊――――!』


『まて、直撃が――――っ!』


 敵陣の真っ只中を突き進む一際堅牢な造りのミアス・リューン宮殿戦艦。

 構築された強固な陣地から、次々と閃光の矢を放つ光神甲冑を纏ったエルフたち。


 しかし僅かな間隙をついてチェルノボグ艦隊から放たれた漆黒の粒子が彼らを直撃し、ついに精神障壁を突破して大きなダメージを与える。


「ッッッ――――! 直撃っ!? すぐに負傷者の救助を!」


「アーレンダル様。今の砲撃で、ここまで共に戦った我らが枝葉、第三の砦バルフロンテ、第十の砦クラウエレンが星辰に還りました――――」


「そうか――――すぐに我らも彼らの元へ赴くことになるだろう。しかしそれは――――今ではないッ!」


 ついに直撃を受け、大きく傾いて黒煙を上げるアーレンダルの居城。

 共に随伴していた二隻の宮殿戦艦が豪炎の尾を引いて光の速度から脱落。


 孤立気味となったアーレンダルの居城に、次々と敵艦隊の集中砲火が浴びせかけられる。


「耐えろ! 皆の心を一つにするのだ――――! まだ沈んではならん!」


 宮殿周囲に展開された精神障壁を輝かせ、赤黒い熱線の雨を浴びながらも堪え忍ぶアーレンダル。


 すでにラエルノアが予告した三十分は過ぎた。

 しかしまだワープの合図はない。それはつまり、この戦いが計画通りにいっていないということを意味している。しかし――――


「元より、我ら全軍などととは思っていない――――! だからこそ、たとえ一秒でも長くもたせろ! 星辰の姫ならば――――ラエルならば! 必ずこの状況を打ち破ってくれる! 進め、エルフの騎士たちよ! 今こそ銀河の守護者としての誇りを見せる時ッ!」


 アーレンダルの双眸が輝き、そのエルフの中でも突出した精神力を最大限まで高める。黒煙を巻き上げながらもなんとかその体勢を立て直す宮殿戦艦。


 しかしすでに戦況は大幅に不利。


 アーレンダルの言葉通り、この場にいる連合艦隊の誰一人として当初宣言された三十分ですんなり脱出できるなどとは思っていなかった。


 故に、三十分を超過した今でも、未だ連合艦隊の士気は


 しかし現実として、倒しても倒しても一向に減ることのないチェルノボグ艦隊の攻勢と、ギリギリの戦いを強いられるこの超接近戦は確実に艦隊の戦力を削り取っていた――――。



 ――――――

 ――――

 ――



『クククッ! アーーーハハハハ! 弱い弱い弱い! ただでさえ大したことのないルミナスさんたちの中でも、皆さんは更に弱い! 勉強ばっかりで運動不足なんじゃないですかぁ? でもまぁ、鍛えてるはずの護衛の皆さんもこのビッグ・チェルノボグにかかれば、ほら――――!』


『ぐわああああああああ――――ッ!』


 青白く渦を巻く亜空間。その一角に構築された、その渦の流れを断ち切る幾何学的な形の果てなき赤い壁の前。


 道化のような見た目の機神、突如として出現した二体目のビッグ・チェルノボグが漆黒の粒子を放ち、工作班を護衛していた歴戦のルミナス戦士たちを一撃の下に光へと変えていく。


『――――この通り、皆さんすぐに死んでしまいます! せめてそちらもをもう何体か作っておけば良かったですねぇ! まあ作ったとしても、でしょうけど……アハハハハハハ!』


 それはまさに暴虐の嵐。


 1800mの巨体をケタケタと震わせ、禍々しい笑みを浮かべて周囲の戦士たちを殺戮するチェルノボグ。


 この特殊な亜空間領域で活動できる存在は少ない。


 太陽系連合であればワープ時、もしくは座標を固定した亜空間ドックとして。

 ミアス・リューンですら、この領域で自由自在に戦闘を行うことはできないのだ。


 しかしルミナスの光の巨人たちにはそれが出来る。

 スヴァローグがその願いを託して生み出した、宇宙を守るヒーロー。


 彼らは亜空間での活動を得意とし、さらにはミアス・リューンですら不可能な別宇宙への移動すら、数万人のルミナス戦士が力を合わせることで可能としている。


 彼らの正体はと呼ばれる存在であり、実質的には永遠不滅の種族である。


 本体が情報であるが故に、別々の戦士たちが合体することも、分離することも自由自在。さらには合体することで互いの情報を集積させればさせるほど強くなる。なのだ。だが――――!


『チェルノボグめ――――! それ以上の暴虐は、このルミナスエイトがやらせんっ!』


『ホホッ! これは活きの良い方が来ましたねぇ? さてどうでしょうか、貴方は私を楽しませてくれますかねぇ――――!?』


 チェルノボグの巨体の背後。通常空間とのゲートが開き、そこから金色に輝く閃光をと纏ったルミナスの英雄、ルミナスエイトが出現。


 エイトは瞬く間にその姿をチェルノボグと同等の1800mまで巨大化させると、星すら砕く跳び蹴りを繰り出して上昇。そのまま互いに錐もみとなって超光速の近接戦闘へと突入する。


『大隊長ッ!?』


『俺が時間を稼ぐ! お前たちは封鎖解除作業を続けろ――――!』


『フフ……なかなかのパワーですねぇ。どうやら、ざっとあなた方数百人分の力が集まっているようだ。しかししかし! 実に舐められた物です――――まさかあなた方で、このビッグ・チェルノボグの相手をしようなんてねぇ!』


『ぬう――――っ!』


 だがしかし。

 

 エイトのその金色の輝きごと消し飛ばす漆黒のエネルギーが、チェルノボグの全身からマシンガンの連射のように全方位に放たれる。


『なんという――――! これが、創造主の力だと――――!』


『そのとーり! しかもこの私はチェルノボグ! 貴方たちを生み出したのスヴァローグさんとは、元から造りが違うのですよ――――!』


 エイトは必死にそのエネルギーを抑えようとしたが叶わず。エイトの金色の輝きが霧散し、さらにはその周囲でなんとか生き残っていた博士族のルミナス人たちもチェルノボグのエネルギーに飲み込まれる。


 亜空間そのものを消し飛ばしかねないその攻撃は、エイト諸共全てを吹き飛ばす。


 あまりにも絶望的な力の差。


 ドモヴォーイという、全宇宙最強の決戦兵器でようやく互角のビッグ・チェルノボグの力。それはルミナスの光の巨人の力をもってしても、そうそう太刀打ちできるものではなかったのだ。


『おや、気がついたら随分と綺麗になりましたねぇ。少々あっけないですが、まあいいでしょう。では約束通り、ノルスイッチさんをお迎えに上がりましょうか――――』


 湾曲した亜空間の震動が収まり、ルミナスを構成していた光の粒子が、その渦に飲まれて消えていく。

 暴虐と殺戮を果たし、文明連合艦隊の最後の希望である亜空間封鎖解除を阻止したチェルノボグ。


 しかし彼はその光景にどこかつまらなそうに溜息をつくと、ゆっくりとその場から立ち去ろうと背を向けた。


『ハィィイイイ――――……! ヤアアアアアアア――――ッ!』


『おおっ!?』


 だがしかし、背を向けたチェルノボグの真上。遙か頭上の彼方の領域が突如として解放。まさに雷鳴の如き裂帛の叫びと共に、がチェルノボグに襲いかかったのだ。


『アハハハハーッ! ここで帰るなんてとんでもなーい! 本当に面白いのはここから――――っ! ちゃんと私とも遊んで欲しいなぁー!?』


『おやおやおや、貴方はたしか…………えーっと?』


『私はユーリー! ユーリー・ファン! ってラエルから言われたからぁー! 久しぶりに全力で――――殺してあげるッ!』


 その閃光の先。その翡翠色に輝く長い髪をなびかせ、たった一人でチェルノボグの待つ亜空間へと突入してきた少女――――ユーリー。


『ミナトや他のみんなだけラスボスと戦うなんてとんでもなーい! 私だって、楽しませて貰うんだからねー! ファイナルフォーム――――イグニッション!』


 その一撃を受け止められたユーリーは、くるくると亜空間を飛翔して距離を取ると、流麗な動作で構えを取り、全身から美しく輝く翡翠の閃光を発する。


 決意を秘めた翡翠色の双眸は、どこまでも真っ直ぐに眼前の黒き神を捉え続けていた――――。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る