その平和に意味はなく
『貴様とこうして戦うのは何度目だ? まさか、地獄に来ても戦うことになるとはな』
「ノルスイッチ……!」
青白い閃光が渦を巻く亜空間領域。
一度はチェルノボグを追い詰めたはずのドモヴォーイ。しかしビッグ・チェルノボグは突如として別人のような神域の機動を見せ、再びドモヴォーイとの激しい死闘を繰り広げていた。
「聞いてくれノルスイッチ! ここは地獄などではない! 俺たちの世界と同じ、大勢の人々が必死に生きているのだ!」
『地獄さ、ボタンゼルド――――その証拠に、こうして私は今も戦っている』
「く……っ!」
互いに光速を超えた速度で飛翔。ドモヴォーイは青のラインを、ビッグ・チェルノボグは漆黒のラインを。
共に亜空間を切断するように長く長く互いの色の尾を引いて加速。
生命のDNA配列にも似た螺旋機動で接近と散開を衝撃と共に繰り返し、そうかと思えば示し合わせたように左右に分かれ、無数の光の弾丸による射撃戦へと移行する。
ぶつかり合う二つの機神の戦いの余波は、惑星の爆発にも匹敵する閃光を何度も放ち、亜空間全体を大きく震わせた。
「チッ! この野郎とんでもねぇ腕だ! まるでボタンと戦ってるみてぇな……!」
「ノルスイッチは、かつての俺が唯一最後まで倒しきれなかった相手だ。一筋縄でいく相手ではない……!」
「ちょっとちょっとちょっと! 今はそんな再会の感傷に浸ってる場合じゃないでしょう!? あちらにどのような理由があるかはわかりませんけど、ボタンゼルドが直接戦えば倒せるのですか!?」
「待って下さいクラリカさんっ! 僕はボタンさんから聞いてるんですっ! ノルスイッチさんも信念を持って戦っていたって! 誰よりも強い平和への思いを持っていたって! きっと話せば分かってくれるはずですっ!」
『アハハハハ! それはどうでしょう? そちらにいるボタンゼルドさんがご存知なのは、互いに命を落とすまでのノルスイッチさん……果たして今の彼は、その時と同じ心境なのでしょうかねぇ……?』
ノルスイッチの操縦へと切り替わり、先ほどまでの力押しとは全く違う、洗練された圧倒的機動を見せるビッグ・チェルノボグ。しかもどうだろう。
先ほどまで道化じみた姿だったビッグ・チェルノボグの姿が、その両手の光刃を振るうたび、ドモヴォーイめがけて弾丸を放つ度に僅かずつ変貌していく。
太く滑らかで、流線型の装甲。深紅に塗り込められたボディに、黄金の獅子のエンブレム。
機体の主導権を握ったノルスイッチの思考をそのまま映し出すように、いつしかドモヴォーイの相手は巨大な深紅の人型兵器――――ボタンゼルドのいた世界で使われていた、
「その機体……! お前は、まだあの時のまま、そこに……!」
『答えろボタンゼルド……この戦いはいつ終わる? 全てを終わらせれば……全てを消し去れば、この戦いも終わるのか……?』
「っ……跳躍来ます。避けて、ミナト」
「速ぇえっ!」
瞬間、遙か離れた場所にいたチェルノボグが一瞬にしてドモヴォーイの背後へと転移。メインの操縦を行うミナトも反応はしていたが、ドモヴォーイを回避させるまでには至らない。
一閃。
背後から斬り上げられた光刃が、ドモヴォーイの左腕を吹き飛ばす。
「こ、のっっっっっっ――――! 左腕喪失っ! なにやってんですかミナトっ!」
「ま、まだですっ! キアさんっ!」
「はい――――ドモヴォーイの腕は、まだそこにあります」
だがしかし、ティオとキアは咄嗟にその弾かれた左腕をその場で固定すると、即座に創造主の権限で応急的に破損箇所を再構築する。
「くそ――――ッ!」
「ミナト! 俺とのリンクに集中するんだ! ノルスイッチの動きは俺が一番良く知っている……君ならば、やれない相手ではない!」
圧倒的操縦技術を備え、その創造主から与えられた最強の力を完璧に発揮し始めたビッグ・チェルノボグ。
コックピットに接続されたノルスイッチは、目の前でドモヴォーイが切断された腕を即座に再接続したことにも全く興味を示さず、ただ背面のスラスターを放出して怒濤の攻撃へと移行する。
『アアアアアアアアアッ! た、楽しいっ! 実に楽しいですよノルスイッチさん! 本当に貴方は、私にとって最高のパートナーですよ! もしかしてこの様子なら、ここをお任せしても大丈夫そうですかねぇ……?』
『……好きにしろ。全てが消えるまで、私は戦うだけだ』
『フフ……ちゃんと後でお迎えに上がります。それまで、よろしくお願いしますよ、ノルスイッチさん……』
だがしかし、ドモヴォーイがその猛攻を凌ぎつつ体勢を整えるその眼前で、チェルノボグ本人と見られる小さな光芒がコックピットから飛翔する。
「っ! ボタンさん、チェルノボグさんが逃げますっ!」
「野郎……逃がすかよっ!」
『貴様の相手は、私だ』
それを見たドモヴォーイはすぐさまチェルノボグを追う。
しかしそれはノルスイッチによって阻まれる。横から叩き付けられたビッグ・チェルノボグの巨大な回し蹴りが、ドモヴォーイの精神障壁と激しく激突する。
「やめろノルスイッチ! お前は本当に全宇宙の消滅を望んでいるのか!? お前が俺を殺したいというのならいくらでもそうしてくれ! しかしお前の――――お前の仲間たちの望みは、全ての人が平和に暮らせる世界だったのではないのか!?」
『もはや……貴様の命などどうでもいい。そして、貴様は一つ思い違いをしている――――』
「思い違い……だと?」
再びぶつかり合う二機の巨神。しかし先ほどよりボタンゼルドとのリンクを深めたミナトは徐々にノルスイッチの猛攻に順応し始める。
ドモヴォーイの聖剣とノルスイッチの光刃が激しくつばぜり合い、亜空間全域を一定の間隔で振動させる。
『私は……彼らと共に平和な世界を見たかった。彼らに平和になった世界を見せたかった。平和を見せるべき彼らを失った私には、もはや、平和すらどうでもいいのだ――――』
「――――っ!」
ノルスイッチの告げたその言葉。
それは、あの最期の刻と同じようにボタンゼルドの心を射貫き、抉った――――。
――――――
――――
――
「ドモヴォーイ、チェルノボグを追って亜空間に突入! 未だ損傷なし!」
「艦上のナハグリフ、Cy_37共に健在! ユーリーも無事です!」
「艦隊損耗率20%を超えました! 損耗速度、僅かですが上昇しています!」
亜空間領域で二体の機神が死闘を演じているのと同時刻。
激戦が続くチェルノボグ艦隊中枢。
突撃する陣形の先頭部分を、無双の奮闘ぶりで支える総旗艦ラースタチカ。
正面の閃光の渦をじっと見据えるラエルノアは、その身に伝わる振動の増加から、ラースタチカの展開する精神障壁への被弾が増していることを実感していた。
「頼んだよ、ボタン君。みんな……」
亜空間封鎖解除作業が開始されてから、間もなく二十五分が経過する。
封鎖解除まで残り五分。ラエルノアは前面ホログラムに描かれたドモヴォーイのデータを見つめて呟く。しかし――――!
『こ、こちら封鎖解除作業中のルミナス工作班っ! 化け物――――攻撃を受けたッ! 我々の亜空間領域に……道化のような巨大な機動兵器が――――ッ! うわああああああああああ!』
「……! やはり、このタイミングか……!」
亜空間封鎖を解除するルミナスの部隊から、敵の襲撃を受けたという通信が入る。
『アーハハ……別に、とーーーーっても強いラスボスが二体同時に出てきたって、ゲーム的にはOKですよねぇ? ところでこのくらいの難しさのゲーム、ラエルノアさんはどう思います? フフフ……ククク……ッ! アーーーーハハハハハハハッ!』
そしてそれと同時に映し出された映像には、先ほどドモヴォーイと共に亜空間に突入して消えたはずのビッグ・チェルノボグが、そのピエロのような笑みを醜く歪めて映っていたのだった――――。
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