第八話 光速を超えて

機神相搏つ


『チェルノボグ――――! 貴様は今ここで、俺たちが叩き潰すッ!』


『フフ……いいですねぇ! ならどうぞ、やってみて下さい!』


 人類とエルフの救世主。星辰の姫ラエルノアが、全宇宙の叡智を結集して建造した究極の機神、ドモヴォーイ。

 それに相対するは、全宇宙の完全なる消滅を望む黒き神。チェルノボグが自らの分身として創造したもう一体の機神、ビッグ・チェルノボグ。


 宇宙の命運をかけた大艦隊の決戦は続いている。


 しかしそのどれもが、この二機の展開する湾曲した領域にには触れることも出来ず、一切の干渉を許されない。


 ついに顕現した二体の神。

 それは今この瞬間、まさにより高次の領域へと到達したのだ。


『行くぜ――――ここでケリをつける!』

『はいっ!』

『いいでしょう!』

『はい……』


『この宇宙の力――――見せてやるぞ!』


 四人と一つの脱出ボタン。五つの思念が一瞬にして燃えがり、全長1000mを誇る巨神、ドモヴォーイの青い二つの眼光が輝く。


 ドモヴォーイはその巨大な四肢を大きく広げ、闘争心も露わに眼前の道化――――ビッグ・チェルノボグへと加速。

 光速を遙かに超えたその機動は、もはやあらゆるセンサーを用いても青い残像としか捉えられない。


『ククッ――――では、私も少しは真面目にやるとしましょうか!』


 それを受けたチェルノボグもまたドモヴォーイへと臆することなく突進。


 そのだらりと伸びた両腕の先端に全長数千メートルにも及ぶ巨大な光刃を形成すると、2000mにも達しようかというその巨体を光速回転。自身その物を弾丸としてドモヴォーイの突進を迎撃する。


『来い――――! 聖剣ヒストリアァアアアアッ!』


 その叫びはミナト。

 

 操縦席に座るミナトがその全身に虹色の輝きを灯す。するとそれに呼応し、ドモヴォーイの全身もまたミナトの力と同種の虹に包まれる。


 そして次の瞬間。突如として虚空に亜空間への扉が開き、普段は――――ヒストリアが、ドモヴォーイ専用の巨大な大剣となって出現。


 加速を一切緩めず、流れるようにヒストリアを握りしめたドモヴォーイは、眼前に迫るチェルノボグめがけて袈裟斬りに叩き付ける。


 刹那、激突する破滅と破砕。


 その激突の衝撃は二機の周囲を突き進んでいたチェルノボグ艦隊を、させ、巨大なブラックホール同士の衝突にも似た、凄まじいプラズマの渦と時空の湾曲を励起させる。


『アーーーハハッ! なるほど凄まじい力ですねっ! まさか時空間ごと消滅させる私の攻撃と拮抗できるとは!』


『拮抗だぁ……!? 舐めてんじゃ――――ねええええええええッ!』


 凄絶な回転からのビッグ・チェルノボグの斬撃。それを勇者の聖剣ヒストリアの一撃で受け止め、せき止めて見せるドモヴォーイ。


 喜色満面、賞賛の言葉を贈るチェルノボグだが、次の瞬間にはドモヴォーイの姿は


『なんとっ!?』


 ビッグ・チェルノボグの全身は宇宙最強とも言える強力な障壁で守られている。しかし数多くの異世界を救い、今も戦い続けるチート勇者ミナトの聖剣の前ではそれすらも無力――――!


 一瞬にしてチェルノボグの眼前からかき消えたドモヴォーイの全長1000mの巨体は、次の瞬間にはチェルノボグの両手両足を切断。さらにはその胴体から首まで全てを完全に破断する。


 しかも恐るべき事に、ドモヴォーイが放った空間断裂の斬撃は、チェルノボグだけでなく数光年先までをノータイムで無限に破壊。進路状に位置していた数億、数十億という大艦隊をまとめてなぎ払い、全てを亜空間の彼方へと葬り去って見せた。


『くぅぅぅぅぅ!? な、なかなかやりますねぇ!? せっかくのビッグ・チェルノボグがバラバラに――――』


「うっさいですねッ! 貴方がこの程度で終わりじゃないのはお見通しですよ――――! 重力子消滅砲――――てえええええええええええッ!」


 その攻撃に、まるで瀕死となったかのように振る舞うチェルノボグ。

 しかしもはや道化の言葉に耳を貸す者はいない。


 クラリカは即座に自身の視野を亜空間へ広げ、トリグラフが扱うタイプB装備――――最強の威力を誇る重力子砲を虚空から召喚。聖剣を躊躇なく捨て去り、瞬く間にフルチャージとして目の前のチェルノボグめがけて発射する。


『うおおおっ!?』


 これにはチェルノボグも焦りを見せる。


 チェルノボグは瞬く間にビッグ・チェルノボグの。亜空間転移してその場から別次元へと逃れる。


 直撃を逃した重力子砲がその後方の空間を更に焼き払い、再びチェルノボグの大艦隊を無数の火球と化して亜空間へと飲み込んでいく。


『アハハハハ! ストリボグさんが私ののはわかっていました! でも残念! 肝心要のこのビッグ・チェルノボグには、既に私の能力を再現可能なテクノロジーを移植しているのですっ! この機体にいる限り、私は永久不滅!』


「へっ! ストリボグのおっさんは、テメェがきっと! だからこういう時は――――頼むぜ、ティオ! キア!」


「はい、頼まれました……ミナト」


「任せて下さいっ! ミナトさんっ!」


 一瞬にしてダメージを回復させ、亜空間領域へと逃れたチェルノボグ。


 しかしドモヴォーイは逃走を許すつもりはない。コックピットの中でキアがその瞳を閉じ、リンクされた強大なボタンゼルドの認知を借りて、亜空間へ逃れたチェルノボグの座標を探る。


「――――いました。ティオ、ボタンゼルド」


「わかりました、キアさんっ!」

 

 虚空へと消えたチェルノボグ。残されたドモヴォーイはその白い翼を広げると、青白い光の閃光と化して、


 もはや光すらはるかに置き去りとするその機動。ドモヴォーイは青く輝く亜空間領域を閃光と共に突き進み、再びその手に聖剣ヒストリアを召喚して更に更に加速する。


『っ! 追ってきましたか。まさかこの宇宙で、ここまで亜空間での活動が可能な存在が生まれるとは――――!』


「私はキア――――我らが神に作られた、ただ一人のグノーシス。我らが神は――――いえ……。私にそれができるようにと、祈りを込めて生み出してくれたのです」


『あの人……? ああ、もしかしてスヴァローグさんですか? 私はあの方のことも大好きですよぉ! ハチミツみたいに甘くて、いっつも夢ばっかり見てる子供! それはそれは、動いてくれましたよっ!』


 全ての物理法則が無効化される亜空間領域。青い閃光と化したドモヴォーイの向かう先に、漆黒の粒子を纏うチェルノボグの巨体が出現する。


『フフ……追ってきたところで無駄ですよ。先ほどもご覧頂いたように、この機体に乗る私は不滅! どうぞ、好きなだけ切り刻んでご覧なさい!』


「だめです――――っ! あなたのそのロボットが持っている力。お父さんから引き継いだ創造主の名において――――! このティオ・アルバートルスが、使っ!」


『ひょっ!?』


 ドモヴォーイのコックピット。虹色に輝くミナトの後方に座るティオの全身が、白銀の粒子に包まれる。


 それはティオが父であるヴェロボーグから受け継いだ、創造主としての力。

 四人の創造主の中で最強の権限を持つ、白き神の力だった。


『い、一瞬で!? そ、そんなのアリですか!? ストリボグさんでも私以外の何かの権限をいじるには、それなりに時間が必要なはずなのにッ!?』


「言ったはずだ! 俺たちは一人ではない! 一人では不可能でも、力を合わせれば――――できるッ!」


 ティオによって万物創造の力を封じされ、慌てふためく黒き神。


 そしてついに黒き神の背を捉えたドモヴォーイは、ボタンゼルドの未来すら見据える視界と、神域の操縦技術を四人全員に共有。虹色の閃光を纏った大剣を、今度こそとばかりにチェルノボグめがけて振り下ろす――――!



「なに――――っ!?」


「えっ!?」



 だが――――しかし。

 その一撃がチェルノボグを捉えることはなかった。


 凄まじい加速領域の中。突如として見違えるような動きでその身を翻したビッグ・チェルノボグは、背後から迫るドモヴォーイの一撃を自身の光刃で迎撃。見事逸らしきって見せたのだ。



 ボタンゼルドの未来視は発動していた。創造主の力を今度こそ封じられたチェルノボグでは、その一撃を防ぐことはできないはずだった。



 そう、――――



『そうか。また、お前と戦うのか――――ボタンゼルド』


「ノル、スイッチ……っ!」



 かつて何度となく聞いた男の声が、ボタンゼルドの耳に響いた――――。

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