道化は舞台に上がり


 それは正に破滅の光芒だった。

 

 混迷極まる大乱戦の中、突如放たれた漆黒の閃光。


 それは細長く伸びきった連合艦隊の丁度中央を断ち切るように放出され、その場で強固な戦陣を構築していた、ルシャナ率いる太陽系統合軍主力艦隊を飲み込んだ。


 既に全方位を無数の敵艦隊に埋め尽くされたこの状況。

 中央を断ち切られ、艦隊力が分断されることはそのまま全滅を意味する。


 ラエルノアもそれを分かっていたからこそ、最も信頼に足ると判断したルシャナにその要衝を任せていたのだ。しかし――――!


『フッフッフーーン! ごきげんよう、完成された種の皆さん! 初めましての方は初めまして! 皆さんの親であり、偉大なる創造主でもあるこの私! チェルノボグがついに登場しましたよっ! はい、拍手!』


 瞬間、その場に集う連合艦隊全ての通信に、神経を逆なでするような軽薄な青年の声と、繰り返される拍手の音――――。


 その声の出所は、放たれた漆黒の光芒の先。

 味方であるはずのチェルノボグ艦隊すら諸共に巻き込んだ破滅の主。


 全長1800m程の巨大な人型。


 細く頼りない胴体と四肢。しかし両手と両足は異様に大きく、頭部には人を小馬鹿にしたピエロのメイクに似た赤と白のカラーリングが施されている。


 背面には燕尾服のように二つに分かれた短いマントを纏い、全身からは今も赤と黒が混ざり合った禍々しいエネルギーを放出していた。


『フフフ……どうです? 驚きましたか? 驚きましたよねぇ!? この機体の名前はビッグ・チェルノボグ! 私がこの最終決戦のために長い歳月をかけて作り出した最強の――――』


「――――インドラの反応はっ!?」


「い……インドラの反応、途絶しています。恐らく今の攻撃で――――」


「……っ」


 しかしその青年の――――チェルノボグの声に応える者はいなかった。

 ラースタチカのブリッジではラエルノアが必死に被害状況を確認し、その思考を高速で駆け巡らせていた。


 今もチェルノボグ艦隊の猛攻は続いている。破断された陣形を立て直そうと、ルミナスの戦士に率いられたマージオークの大軍団がその穴を埋めようと殺到する。


『って――――誰も聞いてないじゃないですかっ!? ちょっとちょっとちょっと! チェルノボグですよチェルノボグ!? 皆さんがこんな大変な目に遭っている元凶がこうしてやってきたのですっ! そこのところ、ちゃんと皆さん理解してるんですかぁー!?』


 満を持して登場したはずのチェルノボグと、その搭乗機体であるビッグ・チェルノボグ。しかし連合艦隊は早急に受けた被害を立て直そうとまるで陣容全体が生き物であるかのようにうねる。そして――――


『…………っ。こちら、USS.インドラ…………本艦…………戦闘継続、不能。以後……太陽系統合軍……指揮……二番艦ヴィシュヌ…………委譲する…………』


 だがその時。ラースタチカのブリッジと太陽系統合軍の各艦に、酷いノイズ混じりの通信が入る。


 ラースタチカのブリッジにホログラムが投影され、陣形中衛部、破壊された無数の艦隊の黒煙と業炎の渦を抜け、隊列を外れて轟沈していくUSS.インドラの姿が映った。


「ルシャナっ!? 待っててくれ、今すぐ救助隊を――――」


『…………フフ。また、そのような……姫様……らしく……ないですなぁ…………』


 ラエルノアの呼びかけに、弱々しいルシャナの声が応える。

 すでにルシャナの姿は見えない。ただその声だけが二人を繋いでいた。


…………確かに、果たしましたよ…………』


「ルシャナ……っ!」


 その言葉が最後だった。


 映し出されたホログラムの向こう。太陽系統合軍旗艦――――USS.インドラは青白い反物質の閃光を残して爆沈。光速の流れから一瞬で外れ、遙か後方へと消える。


「ルシャナ……今までよくやってくれた。ありがとう……」


 ラースタチカのブリッジで天を仰ぎ、瞳を閉じるラエルノア。

 彼女の脳裏に、満面の笑みで自分を見上げる幼い少女ルシャナの面影が浮かぶ。


 連合艦隊は中衛を支え続けたインドラを失い、太陽系統合軍は実質的な指揮官を失った。それは今の攻撃で受けた被害の中で、もっとも大きな痛手のはずだ。


 しかしどうだろう。


 チェルノボグの攻撃によって中衛部分を吹き飛ばされ、もはや陣形の分断は確実と思われた連合艦隊。


 だがその断たれた陣形の中央部分に、残された太陽系連合の艦隊が先ほどルシャナが見せていた戦陣と


 ルシャナはすでにこのような事態に備え、二番艦ヴィシュヌ、三番艦シヴァへと、陣形の綻びを埋めるよう指示を出していたのだ。


『ほっほーーーー? これはお見事。かと思いましたが、なかなかどうして、流石は完成された種といったところですか!』


 銀河を埋め尽くす大艦隊と、連合艦隊三十億の決戦。

 その大乱戦の中にあって、チェルノボグの与えた被害は相当なものだった。


 しかしそれでも連合艦隊はその速度を緩めぬまま、さらには無数のクヴァレと艦隊の攻撃を凌ぎつつ、見事に陣形を再構築してみせる。


 その光景に、チェルノボグは自らの乗る機体の両手を広げて大げさなリアクションを取って見せた。


『しかしですよ? もし私が――――――――皆さんどうします?』 


 チェルノボグはそう言うと、ビッグ・チェルノボグを一気に加速させ、再度の攻撃を行うべくその全身にエネルギーを漲らせる。


 チェルノボグが次に狙うは

 ラエルノアが自ら指揮を執る総旗艦ラースタチカの座標――――!


『ウフフ……これはさすがにスルーできませんよねぇ? これを撃てば、皆さんちゃんと私のこと、見てくれますかねぇ――――!?』


 ビッグ・チェルノボグがその全身から禍々しい赤黒の粒子を放つ。

 それは、先ほどインドラごと数万隻の艦隊を轟沈させた破滅の光芒。


『これでまた何百万もの命が消えてしまいます! とても悲しい出来事が起こりますよ! 良いんですか!? 本当に撃っちゃいますよ!? 10、9、8、7……アハハ……なんかもう面倒なので、撃ちますねぇ!』


『このクソ野郎が――――っ!』


『そんなもの、この私たちが――――!』


『させません――――っ!?』


 だがしかし。ビッグ・チェルノボグから放たれた破滅の一撃は、


 発車直前に強烈な衝撃を受けた1800mの巨体はその体勢を大きく崩し、直後に発射したエネルギーは、なぎ払うようにして味方であるチェルノボグ艦隊を殲滅。


 跳ね飛ばされたビッグ・チェルノボグは、凄まじい加速で別の船の甲板に直撃。叩き付けられた船をへし折りながら、さらに後方へと吹き飛ばされていった。


『アバーーーーーッ!? な、なんですかいきなり!? と学校で習わなかったんですか!?』


『馬鹿が――――! これ以上てめぇの好きにさせるかよ!』


 はじき飛ばされ、連合艦隊からかなりの距離引き離されたチェルノボグ。そんなチェルノボグめがけ、三機のTWが青白い閃光の尾を引いて飛翔する。


『クラリカ! ティオ! ここまで来て出し惜しみはしねぇ――――! 一気に片をつけるッッ!』


『分かってますよっ! いいですか!? 二人ともちゃーんと私の指示に従うのですよ!?』


『はいっ! 僕もバーバヤーガも、いつでもいけます!』


 それはラースタチカに集う三体の巨神。

 クルースニク、トリグラフ、そしてバーバヤーガ。


 チェルノボグを追撃する三機は、互いにぐるぐると渦を巻くような機動を描いて更に加速。そして眼前に立ち塞がる1800めがけ、ついにその時を告げたのだ。


『よし、いくぞ三人とも――――! だッッ!』




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