果たされた約束


『てええええええ――――ッ!』


 光速の約半分ほどまで加速した超高速の世界。


 立ち塞がるチェルノボグ艦隊を、まるで小型の戦闘機のような鋭い機動で回転しながら躱し、それと同時に一斉に主砲を撃ち放って轟沈させていくラースタチカ。

 

 光すら引き延ばされ、赤く染まる周囲の景色。


 もはや上下すら定かならぬラースタチカの甲板上で、白と黄色に塗り分けられた細身のTW――ナハグリフが、まるで軽業師のようにクルクルと側宙を繰り返しながら二丁拳銃を連射。


 ラースタチカの対空砲かをかいくぐり、船体に取り付く寸前まで迫ったチェルノボグ艦隊の機動兵器――――の700mにも及ぶ本体に無数の風穴を開ける。


『うおおおおおおお!』


 ナハグリフの攻撃で僅かに怯むクヴァレ。しかしそれだけでは破壊には至らない。

 

 だがその瞬間、クヴァレと互角の巨体を誇る700mのTW――Cy_37が、その両手を突貫。


 ナハグリフが開けた風穴めがけてドリルを叩き込むと、その巨体を軋ませながら頭上へと持ち上げ、引き裂くようにして左右へと断裂。バラバラに粉砕する。


『大丈夫か嬢ちゃん!? こいつら、とんでもねぇタフさだ!』


『ありがとうございますアーレクさんっ! 一機倒すのにもここまで手こずるとは……っ!』


『そう焦るなよ! さっきティオも言ってただろ、俺たちは俺たちに出来ることをやりゃいいんだ! ほら、次行くぜ!』


 元より、二人のTWは一対一の戦闘を想定した高火力集中型の機体である。

 しかしだからこそ、こうしてラースタチカに迫るクヴァレをなんとか押さえ込むことに成功していた。


 集中火力で一機ずつ確実に仕留める。


 奇しくもこの超高速艦上戦闘という特異な状況が、二機の特性を発揮する最適な戦場になっていたのだ。そして――――。


「亜空間封鎖解除作業、開始から十分が経過! 残り二十分ですっ!」


「やれやれ……なんとも長い十分じゃあないかい!? 我が太陽系艦隊の損耗率はどうなっているか!?」


「健闘しています! 艦船損耗率18%! 完全大破、及び航行不能は未だ一万隻未満ですっ!」


「TW稼働率、87%! クヴァレ出現時に一度損耗率が上昇しましたが、現在は拮抗しています!」


 太陽系統合軍旗艦――――USS.インドラのブリッジ。無数に炸裂する閃光と、一歩間違えば正面衝突確実という距離まで接近する敵艦隊。

 ブリッジのすぐ目の前を横切ってクヴァレと格闘を演じ、ついには共に爆発四散するTWの巨体。


 今この瞬間もシールドを突破した細い熱線がインドラの青い船体に突き刺さり、外部装甲を焼き切っていく。


 それは、並の軍人であればこの場にいるだけで卒倒しているであろう大乱戦。


 しかし太陽系統合軍元帥として指揮を執るルシャナは、その白髪交じりの長髪を後方で束ね、目元の皺を深めながら、鷹のように鋭い眼光を眼前に向けていた。


 ラエルノアからの技術供与を受け、武装、装甲、機動性の全てにおいて強化されたインドラだが、全長5000mという巨体はこの乱戦では明確に不利となる。


 しかしルシャナはインドラの、インドラの周囲に計算しつくされた多種多様な艦船と、多数のTWによる


 それはさながら高速機動する移動要塞として機能し、連合艦隊中衛の戦線を見事に支えきっていた。


「フフ……いいねぇ! やはり軍人ってのはこうじゃなくっちゃなぁ!? 左舷火力集中! 弾幕を張ろうと思うな! 薄い弾幕など何の役にもたたんぞ!」


「前方仰角60度、十一時方向からクヴァレ多数! 見つかりました!」


「ならばよしッ! 全火力で迎え撃て!」


 高速で突き進むインドラめがけ、前方から黒い帯状に連なったおびただしい数のクヴァレが飛来する。


 しかしルシャナは冷静。


 むしろそれを待っていたとばかりに号令を発すると、インドラを含む周囲数十隻の統合軍艦隊の火力をクヴァレの群れに一点集中。次々と閃光の渦に飲み込んでいく。


「お見事です、ルシャナ提督。この決戦の場まで貴方と共に戦えること、光栄に思います」


「はん、馬鹿言うんじゃないよオクタビオ。そういう台詞はね、無事に生きて帰ってから言うもんさ。そん時は、いくらでも褒め称えてくれて結構!」


「なるほど、覚えておきます」


 指揮官席に座るルシャナと、その横に控える副官オクタビオ。

 グノーシス戦の時と変わらぬ軽口を叩き合いながらも、二人の表情に笑みはない。


 まるで突き進む一本の矢のように、細長く伸びた連合艦隊の陣形。


 もしここでインドラが支える、前方と後方はそれぞれ孤立し、チェルノボグ艦隊の圧倒的物量に為す術もなく押し潰されるだろう。


 本来であれば、遙かに戦闘力で勝るミアス・リューン騎士団が固めていても不思議ではないこの要衝。


 しかしラエルノアは自らが知る中でであるルシャナにその要衝を任せたのだ。


「フフ……ようやっと、と肩を並べられたってことかね……」


 眼前の混戦を見据えたまま、ルシャナはその脳裏に、、にっこりと微笑む美しいラエルノアの姿を思い出す。



『――――いつか、私と一緒に太陽系の人々を守りましょう。貴方が立派に成長するのを、楽しみに待っていますね――――』


 

 それは、もうのこと。

 しかしルシャナは、ラエルノアからかけられたその言葉を忘れたことはない。


 自らは老い、ラエルノアはあの頃の姿のまま。


 たとえ、百年以上の年月が流れても。

 たとえラエルノアが太陽系から去り、その心を閉ざしてしまったとしても。


 ルシャナにとって、ラエルノアは今でも太陽系を救った憧れのヒーローだった。彼女といつか肩を並べて戦うことが、太陽系統合軍元帥、ルシャナ・バラクリシュナンの夢だったのだ。


「だからこそ――――! ここは絶対に支えるのさ! 陣形確認! ダメージの大きい前列二艦は隊列後方へ! ガルーダと交代させる!」


「はっ! 陣形変更! 三番館ガルーダは前方へ! ガネーシャとラクシュミは後方へ――――!」



 ――――その時である。

 


 突き進む連合艦隊めがけ、一条の――――kmにも及ぶ漆黒の閃光が奔った。


 人類との共同戦線によって展開された精神障壁は機能しなかった。

 否。機能はしたが、のだ。


 放たれた漆黒のエネルギーは、ミアス・リューンのシールドをまるで存在しないかのように貫通。


 細長く伸びた連合艦隊の陣形中衛部分。


 USS.インドラに座乗するルシャナが、チェルノボグ艦隊からの猛攻を防ぎ続けていた正にその場所を、狙い澄ましたように穿ち、飲み込んだ――――。


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