完成の力
遙か離れた位置からは巨大な影に見えた百万光年の要塞。
しかしその巨大な影に迫るうち、やはりそれは無尽蔵に思える圧倒的数の大艦隊であることがわかる。
光速の数十パーセントという凄まじい速度で突き進む、多文明連合艦隊の各艦のセンサーがその詳細を捉える。
その全長は1000mから3000mまで様々。
飾り気のない鈍色の装甲板。デザインなど存在しない、ただ継ぎ接ぎされただけの鉄塊が張り付いただけの錆び付いた船体。
そしてそんなガラクタのような船体に不釣り合いな、異様な数の砲塔やスラスター、用途不明のチューブやアンカー類が、まるで針山のように無数に突き出している。
チェルノボグが自ら生み出したというその艦隊の一隻一隻の姿はどれも異なり、そしてどれもが退廃的な虚無感に満ちていた。
「ふむ……どうやら、チェルノボグはあまり外見に拘らない性格のようだね?」
「敵艦隊から重力震反応! 攻撃、きます!」
「全艦、最大加速! ミアス・リューンの障壁艦を前方に展開! 後方部隊は直ちに亜空間潜行、封鎖領域の解除開始!」
「敵艦隊、射程内に入りました!」
「反物質爆縮放射砲、爆縮完了!」
「いいだろう――――! 目標、前方チェルノボグ艦隊! ラースタチカ全砲門、一斉射開始!」
「アイアイサー! 全砲門、一斉射開始!」
それは正に宇宙の命運を賭けた戦いの開始を告げる光芒だった。
艦隊総旗艦、ラースタチカから放たれた32射にも及ぶ主砲からの熱線。
すでに太陽系で徹底的に改修されたラースタチカの主砲は、砲門から放たれると同時に真っ直ぐではなく、まるでのたうつ蛇のように蛇行し、全ての友軍艦隊を自らの意思で躱しながら、一直線に敵艦隊へと突き刺さる。
その青白い閃光は鈍色の装甲板に直撃するよりも前に湾曲した強力な時空間障壁とぶつかって激しいプラズマの放射を放つが、うなりを上げてのたうつ超エネルギーは、チェルノボグ艦隊の持つ強力なシールドをついに貫通。
いびつに形作られたその錆びついた巨体を、一撃の元に轟沈せしめる。
そしてそれが合図だった。
反撃とばかりに眼前のチェルノボグ艦隊から無数の赤いレーザーが豪雨のように放たれる。辺りを埋め尽くす敵艦隊から放たれたレーザーの数は数兆、数十兆を超え、もはや衝突寸前となった多文明連合艦隊めがけて降り注ぐ。
『障壁艦前へ! 我ら前線のミアス・リューン騎士団の力、今こそ見せる時!』
『
しかしどうだろう。巨大な恒星すら瞬く間に粉砕するであろう熱線の雨は、三十億の艦隊の要所要所に配置されたミアス・リューンの誇る防壁艦が展開した強力な精神障壁によって悉く逸らされ、無力化される。
時空間をねじ曲げるシールドや、次元に断層を生み出すシールドと違い、ミアス・リューンの精神障壁は生命体が持つ思念による純粋なエネルギー障壁だ。
それはつまり、先の二つと違い乗り込む生命体の精神力の強さによって、シールドの強固さは無限に上昇可能と言うこと。そしてそれは――――!
『エルフの人々が、私たちの思念を導いてくれている! これがエルフの力――――!』
『いいえ、太陽系の皆さん。この障壁の力は貴方たち人類だからこそ為しえたこと。私たちエルフではこれほどに強固な障壁は生み出せません。だからこそ今は手を取り合い、力を合わせて皆を守りましょう――――!』
ミアス・リューンの防壁艦の内部。もっとも巨大な樹木を支柱とした、ミアス・リューンの船に思念を送り込む壮麗な祭壇。
なんとそこには、普段からこの船で戦うエルフだけではなく、太陽系連合からやってきた統合軍の兵士たちがエルフと互いに手を繋ぎ、穏やかに輝く樹木を囲んで祈りを捧げていた。
エルフだけでは、これほどの火力を防ぐことはできない。
しかし宇宙でも屈指の安定性を持つエルフの精神と、強大なピーク性能を持つ人類の心が力を合わせた時。その力は全てを防ぐ神の盾へと進化したのだ。
大艦隊の火力が最も高まるのは、互いに一定の距離保ったまま行われる砲撃戦。しかし今、数で劣る多文明連合艦隊がチェルノボグ艦隊に砲撃戦を挑めば、いかにミアス・リューンのシールドがあろうと勝利することは出来ない。故に――――!
「さあ、ここからだよ! 全艦、チェルノボグ艦隊中枢に突撃! 敵艦を盾にする――――!」
「砲撃射角、コントロール! 三重反物質ミサイル、全弾一斉射! 対空砲、稼働開始します!」
「ボール隊、全機発進! ボール隊は敵の実体弾から各艦を防御! ラースタチカらから絶対に離れるな!」
「TW全機、発進用意!」
百万光年を覆い尽くす漆黒の影と、無数の文明が結集した三十億の艦隊の輝き。
その双方が一点で重なり、相対距離がゼロに近づく。
それは艦隊戦の終わりを意味する。
ここからはもはや至近距離での殴り合い。
接近した艦隊同士は互いの巨体が敵味方の射線を遮り、もはや数の有利は消える。
そしてそれを見て取った多文明連合艦隊から、続々と各文明が誇る機動兵器が射出されていく――――!
『ギャッ! ギャッ! ギャッ! 頼んだぜぇ巨人どもぉー! 俺たちオークをどこまでもすっ飛ばしてくれよぉーー!』
『いいだろう! 我らルミナス、君たちマージオークと共に戦えることを誇りに思うぞ!』
エルフの障壁を越え、数十万ものルミナスの戦士たちが次々と飛翔。
見れば、彼らは技術で劣るマージオークの機動兵器を多数引き連れ、自らの力で次々と敵艦めがけて投げ飛ばしていた。
『ヒャッハーーーー! 野郎共ぉー! 狩りの時間だぁああああ!』
『俺たちの獲物は誰にも渡さねぇぜーーーー!』
それは正にオークの爆弾。
ルミナスの戦士たちによって次々と投擲される、互いにがっしと抱きしめあって団子のようになったオークの人型機動兵器。
それは凄まじい加速で敵艦隊の中枢に届くと、敵艦隊の奥地でばらけ、次々と敵艦のスラスターだけをピンポイントで破壊していく。
動きを止められた敵艦はさらに続く無数のオークによって蹂躙。まるで獲物に群がるアリ団子のような無惨な姿となり、そのまま押し潰されて轟沈する。
『よーし! 俺たちも負けてはいられないぞ! 生まれ変わった太陽系統合軍の力、みせてやれ!』
『第三連隊! 第五連隊突撃! いいか、絶対に孤立するな!』
それらオークとルミナスに続き、亜空間からの門を開いて数十万機に及ぶTWが無数に出現。
新造され、急造ながらも新たなる技術をふんだんに盛り込まれた新型機が、それぞれ三機一組となってフォーメーションを取る。
『こういう戦い方はあまりしてこなかったが! 前は任せたぜ!』
『ラジャー! 俺のTWは堅さだけが取り柄なんですよぉ!』
『危なくなったら下がってくださいね! 私が援護します!』
全てのTWは各パイロットに合わせて作られた専用機。
それゆえに、今までTW同士の連携をこれほどの規模で試みたことはなかった。
しかしこの決戦の時。今まで為しえなかったTW同士の連携は、国も思想も勢力も超えて統合され、それぞれの得意分野、最適な交戦距離から導き出された三機一体の戦法となって結実。
前衛を務める機体が敵の攻撃を防ぎ、迫り来る実体弾を中衛が撃ち落とす。最大火力を持つ後衛は、安全なポジションから連続して敵艦隊を撃ち抜いた。
そう――――それはまさに、ラースタチカでバーバヤーガとトリグラフ、クルースニクの三機が得意とする戦法だったのだ。
今まで太陽系に非協力的だったラエルノアがその態度を改め、自らの持つ戦術データを全て提供したことが、この戦法の結実を生んでいた。
『地球人類……なんと頼もしくなったことか……』
宇宙史上最大の乱戦へとなだれ込んだ決戦の地。その激しい戦いの中で、一人のルミナス戦士が、太陽系統合軍の戦いぶりに感嘆の声を上げた。
『かつてはようやく空を飛び、月に辿り着いて喜んでいた彼らが……』
そのルミナスの戦士は、まだ太陽系連合が地球人だった頃。地球に迫る数々の宇宙怪獣の脅威を、身を挺して守ってきた戦士の一人だった。
彼の脳裏に、かつての小さく、弱く、しかしどんな時でも自らの力で戦うことを諦めなかった、小さな戦友たちの姿が浮かび上がる。
人類の寿命は短く、彼の友人たちは誰一人としてこの世にいない。
しかしそれでも、そんな彼らの思いが、こうして自分たちルミナスとついに肩を並べるまでに到達したことに、彼は胸の奥から沸き上がる熱い思いを感じずにはいられなかった。
『ここで途絶えさせるわけにはいかないな――――!』
ルミナスの戦士はそう言って頷き、すでに自分よりも前に立って戦う人類の背をめがけ、飛翔した――――。
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