叶った願いの先
「にゃははは! なるほどにゃー! ボタンも色々苦労してきたのにゃー! エース・オブ・エースは辛いのにゃ!」
「優秀すぎるというのも考え物……私も祖国ではあまり姉上と折り合いが良くありませんので、そこだけはボタンゼルドとシンパシーを感じますねぇ……」
ボタンゼルドが自身の過去を語ってから数時間後。
にわかにしんみりとした雰囲気を吹き飛ばすべく、クラリカはミケたちボール隊のメンバーも呼び、既に恒例となった食事会を開いていた。
最終決戦の時は刻一刻と近づいていたが、だからこそ思い残すことなく語り合う。
クラリカは語り終えたボタンゼルドにそう言うと、自らキッチンに立って一同に料理を振る舞った。
「ラースタチカの調理場には高重力調理器があるので木星料理も造り放題なのが良いですねぇ! ほらほら、アーレクさんも出来た物からじゃんじゃん運んで下さいよ」
「はっ! お任せ下さい、クラリカ皇女!」
「なにやら気を使わせてしまったようですまない! しかし俺は大丈夫だ! 俺にはこんなにも素晴らしい仲間がいる! かつての俺はそれに気付くのが遅かった!」
「僕も! 僕もいますっ! 僕はこれからもずっとボタンさんと一緒にいますからっ!」
「おう! いい面構えだぜボタン! 俺も今回はストリボグのおっさんが作った変な装置のおかげで暫くは消えたりしねぇ! 最後までこの世界に付き合ってやるよ!」
メインクルーが勢揃いしたラースタチカの食堂に、クラリカの指示を受けた木星帝国出身パイロットのアーレクが次々と料理を配膳していく。
滑らかな舌触りの皮で包まれた挽肉をスープで茹でたペリメニ。爽やかなハーブでまとめられたキャベツのスープ、シチー。
薄く平たく伸ばされたパスタをトマトと挽肉で和えたラグマンと呼ばれる大衆料理など、クラリカの料理はそれはそれは多岐に及び、その上どれもこれもがプロ級の手際と味わいだった。
「まあこの通り、私は何をやらせても他の皆様よりもあっっっっっとう的に秀でてしまいますので……ボタンゼルドの味わった辛さは良くわかりますよ。ええ!」
「ありがとうクラリカ……! 俺は君に何度か殺されかけたので、ほんの僅かに恐怖を感じていたが、やはり君は心優しい女性だった!」
「そうでしょうそうでしょう! その調子でもっと私を褒め称えてくれて良いのですよ! アハハハハ!」
クラリカから振る舞われた手料理を次々と平らげながら、その口の端にトマトスープをつけたまま感謝を述べるボタンゼルド。
その言葉にエプロン姿のクラリカはふんすと胸を張り、隣に座るティオはすかさずボタンゼルドの口元をナプキンで拭った。
「でも意外だね、ボタン君にもそんな時代があったなんて。なんだか私も、昔の私を思い出してしまうよ」
「昔のラエル艦長? 昔のラエル艦長は、今とは違ったんですか?」
「にゃー! 全然違うにゃー! 昔のラエルはこんなにツンツンしてなかったにゃ! それに笑い方もフフ……じゃにゃくてウフフ……だったし、語尾もですの……だったにゃ!」
「ま、まあ……確かに、そういう時期もあったね……遠慮せず忘れて良いよ」
「ぶふぉっ!? マジかよミケさん!? こ、このラエルが!? ですの~! とか言ってたってのか!?」
ラエルノアが発した一言に反応したミケのその話に、向かい合って食べていたミナトは思わず料理を喉に詰まらせて驚きの声を上げた。
「アハハー! 全然想像つかないよねー! でもでも、実は私は見たことあるんだー! ラエルが連合総長やってた頃の演説とか、なんならラエルの歌ってた歌とか、キラッキラのダンス動画もあるよー?」
「な、なんだってーーーーーッ!? ラエルは音楽活動もやっていたのか!? ば、馬鹿なーーーー!?」
「うっ……!? そんなに驚かないでおくれよボタン君。まさに若気の至りって奴でね……これでも当時の私は、人類のために出来ることはなんでもやっていたから……」
数年に一度あるかないかという程の狼狽えぶりを見せるラエルノア。
どうもそれらの過去は本当に彼女にとっての黒歴史らしく、その白い頬は薄く桃色に染まっていた。
「あの、その……もし失礼じゃなければ、僕もそのラエル艦長の動画、ちょっと見てみたいなー……なんてっ!」
「マジかよティオ!? お、俺はなんかこう、見ちゃいけないもんを見ることになるような……とにかく気まずいぜ!」
「その映像。皆さんが見たいのなら、ここですぐにご覧頂けます。私のデータベースに複製済みなので……」
「見たい見たーい! さすがキア、わかってるねー!」
「そうですか、では……」
「っ……ま、まあ……今更消し去れる過去というわけじゃないから、見るのを止めはしないけど……頼むから、あまり長く記憶に留めておかないで貰いたい物だね……」
なんということか。
すでにその禁断のラエルノアの過去を複製し、あまつさえ常日頃から持ち歩いているというキア。
キアは赤面するラエルノアをよそに、一同の目の前で掲げたホログラムに百年以上前のラエルノアの姿を映し出して見せた。そして――――
『ごきげんよう、太陽系の皆様――――! 今日もこうして皆様と美しい朝日を迎えられたこと――――このラエルノア。とても嬉しく思っておりますわ――――!』
「!?!?!?!」
「だーーーーーーッ!?」
そして、次々と流れるかつてのラエルノアの姿。
その言葉遣いから立ち振る舞い。そして熱く燃えるようなひたむきさ。
全く濁っていないキラキラとした瞳。
ピンク色のふわふわとした、まるで妖精か天使を思わせる衣装と――――
『太陽系と、そこに住む全ての人々のために――――私の想いをこの歌に込めて――――!』
「う、うう……っ! やっぱり駄目だよ! 私の過去の映像はラースタチカ艦内では閲覧禁止にするっ! いいねっ!?」
「えーー!? 情報統制はんたーい!」
「お、俺は見ねぇ! 見ねぇからな!」
「フフフ、そんなこと仰らずに。私はこの頃のラエルも良いと思いますよ?」
「僕もそう思いますっ。衣装もとっても可愛くて……! ぼ、僕も着てみたいかも……」
「た、たしかに最初は驚いたが……やはりラエルはラエルだ! 今も昔も、常にその時の願いに対し、懸命に頑張っていたのだな!」
「フ、フフ……ありがとうボタン君。でも、あまりフォローになってないよ……」
一同から慰めともフォローとも取れる多様な言葉をかけられるラエルノア。彼女はぷるぷると震える指先でティーカップを口元に運ぶと、力なく首を左右に振った。
ラエルノアの禁断の映像で大盛り上がりとなった食事会。
すでにその発端となったボタンゼルドの顔に暗い影はなく、ティオに抱えられた彼の表情には満面の笑みが浮かんでいた。
なんの気兼ねもなく、心から笑い合える仲間と共に生きる。
かつての境遇からは考えられない今のこの日々。その大切さをボタンゼルドは噛みしめ、そしてだからこそ必ず守り抜くと、決意を新たにするのであった――――。
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