選んだ未来


 内惑星連合が二百年続いた戦争に終止符を打つべく、何もかもを度外視して生み出した最終決戦兵器。ニルヴァーナ。


 それは人側を基本とするMAWという枠組みでありながら、その全長はこの世界としては規格外の400m。


 巨大なモジュール状のウェポンパーツの中に、ボタンゼルドの愛機である青と白のMAW、タスラムが埋没するようにして稼働する、実質的な追加装備であった。


 ボタンゼルドの眼前には漆黒の宇宙に輝く星の海が広がっていた。

 そして、その先に見える巨大なリングを持つ星――――土星。


 外惑星連合は最重要拠点であった木星をすでに失陥している。

 土星に移動した外惑星連合の首都を陥落させれば、今度こそ戦争は終わるだろう。

 

 ボタンゼルドの意識は、目の目で始まった最終戦争の地獄をつぶさに伝えていた。

 外惑星連合も、決戦のために温存していた新型機や戦略兵器を投入している。


 必ずしも一方的というわけではない、死と絶望の渦巻く宇宙。


 しかしもはや、彼らにはその戦場以外に逃げ場はない。


 この戦いが終われば、200年続いた憎悪の連鎖は、外惑星連合の人々ので幕を閉じるのだ。


「――――それで、世界は平和になるのだろうか」


 ニルヴァーナに接続された愛機、タスラムのコックピット。

 ボタンゼルドは一人、呟いていた。


 コックピットは慣れ親しんだタスラムのものだが、一度この機体が動き出せば、一発のミサイルが万を殺し、一条のビーム砲が人々を焼くだろう。


 今こうしている間にも、彼にはあらゆる声が届いていた。


 我が子を抱いて神に祈る母の声が。

 戦場の家族の無事を祈る人々の声が。

 極限まで、怯え、自ら命を投げ捨てる絶望の声が。


 それは、外惑星連合の人々からだけ聞こえているわけではない。

 内惑星連合の艦隊からも、心を壊され、絶望する声が無数に響いていた。


『ボタンゼルド隊長! こっちの準備完了です! いつでもいけます!』


「――――ハイニス少尉か」


 その時、ボタンゼルドの耳に年若い少年の声が届く。

 ボタンゼルドがいかに強くとも、彼の率いる仲間まで無敵ではない。


 激化する戦いの中で失われた欠員の補充として、まだ経験の浅い彼がこの土壇場で宛がわれたのだ。


『? どうかしましたか?』


「――――君は、俺が怖くないのか?」


『え?』


 ボタンゼルドはコックピットの中で瞳を閉じ、思わずそう尋ねていた。


 ハイニスという名の少年の心の声は聞こえなかった。戦場に瞬くより強い怨嗟の声が、彼の心をかき消してくれていた。


『怖いなんて――――! 俺、ボタンゼルド隊長のこと凄く尊敬してるんですっ! こうして一緒に戦えるのも、まだ現実感なくて! とっても嬉しくてっ! 俺の友達も、みんな羨ましがってて! 俺――――!』


 彼の心に嘘はない。

 ボタンゼルドには、彼が本心からそう思ってくれていることが良く分かった。


「――――ありがとう、少尉。そう言ってくれて、俺も嬉しい」


 彼の言葉を受けたボタンゼルドは慰められたような微笑みを浮かべ、自身の


 ボタンゼルドが操縦するニルヴァーナが全てを焼き尽くし、外惑星連合の人々を根絶やしにした未来と、。二つの未来を同時に見た。そして――――。


「そうか……この宇宙で誰よりも俺を恐れていたのは、。もっと早く気付いていれば――――」


『隊長? どうしたんですか? さっきから様子が――――』 


「ありがとう少尉――――! 俺は君の言葉で。たとえどれほど憎まれようと、たとえどれほど恐れられようと。俺は、俺の仲間と祖国のため――――そして、戦ってきたのだっ!」


『えっ!?』


 瞬間。ボタンゼルドの乗るタスラムが、その身に纏う超兵器ニルヴァーナをパージ分離する。


 タスラムという支柱を失ったニルヴァーナがバラバラに浮遊し、それを見た周囲の兵士たちが何事かと驚きの声を上げた。


『た、隊長!? ニルヴァーナを切り離して――――なにするつもりなんです!?』


「すまない少尉! 俺は君たちとは戦えない――――! だが安心してくれ! この戦争は――――ッ!」


 その声を残し、一条の流星となって目の前の戦場へと飛翔するボタンゼルドの乗るMAW、タスラム。

 

 タスラムは一瞬にして万を超える艦船が争う戦場のど真ん中へと突っ込むと、敵にも味方にも目をくれずに双方の拮抗点を突破。そのまま後方に待機する。外惑星連合の旗艦艦隊へと単機特攻したのだ。


『あれは――――ボタンゼルド! 内惑星の死神が、一人で突っ込んできます!』


『こ、殺せ! 思い上がった死神をここで仕留めれば、我らにもまだ勝機はある!』


「う――――おおおおおおおおおおっ!」



 そうして――――



 それは、この世の物とは思えぬ光景だった。

 たった一機の人型機動兵器が、群がる敵の軍勢を爆炎の渦に消していく。


 流石に無傷とはいかない。


 ボタンゼルドの乗るタスラムも徐々に傷つき、武器は尽き果て、エネルギー残量は減っていく。


 しかしそれでも。


 外惑星連合はその全軍をもってしても、。全ての弾丸は空を切り、斬りかかる機体は両断され、遠距離からの狙撃は、発射する前にただのライフルで逆に撃ち落とされた。


 艦船は正確にブリッジを撃ち抜かれ、決戦兵器は中枢を穿たれて無力化される。

 それはまさに、ボタンゼルドという死神の展開した鏖殺領域だった。



『こ、降伏――――! 外惑星連合から、降伏連絡! 我々の勝利です!』


 程なくして、ボタンゼルドという絶望を前にした外惑星連合は抵抗を断念。

 全面降伏を受け入れた。


 もしボタンゼルドがニルヴァーナを使っていれば、彼らは降伏を宣言することも出来ず、だろう。

 

 指揮系統を失った外惑星連合は和平交渉も行えず、街も人々も、何もかもを根絶やしにされるまで蹂躙されたはずだ。


 ボタンゼルドはその未来を避けるため、ニルヴァーナを使わなかった。

 

 敗北した外惑星連合の人々には、大きな苦難がこれからも待っているだろう。

 しかしそれでも、ボタンゼルドは彼らが絶滅するのを良しとはしなかった。

 生き延びたいと願う、外惑星連合の人々の願いも叶えてやりたかった。



 たとえその結果として、



『戦争終結など私には関係ない! 私はただ貴様を倒せさえすれば良いのだ! もはやそれ以外は何も望まぬ!』


「ノルスイッチ……!」


 傷ついた仲間たちの救助活動に当たってたボタンゼルドの視界に、無傷のままのが映し出された。


 それは、先ほど見た未来と同様の光景。実はボタンゼルドは、ノルスイッチがのだ。


 ボタンゼルドとノルスイッチ。


 ノルスイッチは強い。

 この男はボタンゼルドと戦って、ここまで生き延びた唯一の存在だった。


 故に、ボタンゼルドはノルスイッチがいかに自分を憎んでいるか。

 自分がノルスイッチにとっていかに大切な存在を奪ったのかも、


 そして、今のノルスイッチが――――。


『死ね! 死んで地獄で待つ者達に詫びろボタンゼルドッ! それが貴様に出来る唯一の贖罪しょくざいだッ!』


「俺は――――!」


 ニルヴァーナを使っていれば、決して負けはしなかっただろう。

 しかしボタンゼルドはそうしなかった。


 たった一機で外惑星連合全軍を降伏に追い込んだ死神には、もはやノルスイッチの憎悪に抗う力は残っていなかった。



「ぐ――――!」


『は……はは……! や……ったぞ……! 私は……ついに……っ!』



 かくして、ノルスイッチの憎悪はボタンゼルドの命に届いた。

 しかし、この時の二人はまだ知らない。


 まさにこの瞬間、ことに――――。 

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