第五話 終末を君と
エース・オブ・エース
その男――――ボタンゼルド・ラティスレーダーは、火星周辺に浮かぶスペースコロニーで生まれた。
親はない。
この時代、長く続いた戦争によって疲弊した互いの陣営は、人工子宮を用いた人類の量産体勢を確立していた。
恋愛や自然生殖が禁じられたわけではないが、戦争の担い手である人口が自然と増えるのを待つ悠長さは既に失われて久しい。
そうして人工的に生み出された子供たちは、遺伝子操作によって生まれながらにして将来を決められている。
ボタンゼルドもまた、MAWのパイロットとなるべくして生産された。
強烈な放射線にも耐え、操縦の際に肉体にかかる凄まじいGすらものともしない、強靱な肉体を与えられて生み出されていた。
毎日のように生産される、無数のパイロットの一人。
それがボタンゼルドだった――――。
彼が初めて実戦を経験したのは十三歳の時。
パイロットとして生産された子供たちは、十三歳になると訓練生として前線である火星へと送られ、そこで訓練を兼ねた実戦任務に就く。
「俺の名前はボタンゼルド・ラティスレーダー! 祖国のため、この戦争を終わらせるため! 俺は死ぬまで敵と戦うぞ! ハーッハッハ!」
ボタンゼルドは今も覚えている。
まだ十三歳の自分が、軍人としての一歩を踏み出したあの日。
大勢の仲間の前で恥じもせず、そう宣言したことを。
当時、ボタンゼルドは何も知らなかった。
戦うことだけを教えられて育った彼には、戦い以外に何も必要なかったのだ。
「この基地には俺の仲間が大勢いるのだ! 負けるわけにはいかない!」
配属された基地が敵の急襲を受け、ボタンゼルドは保管されていた予備の量産機に乗り込み緊急発進した。
彼にとってはそれが初陣でありながら、ボタンゼルドは獅子奮迅の活躍を見せて基地を守り切ることに成功。
しかも彼が撃退した部隊は、当時の外惑星連合の英雄――――死神部隊と恐れられていた、ノルスイッチ・フォン・ジーンレイス率いる部隊だったのだ。
一躍時の人となったボタンゼルド。
しかしまだこの時は軍上層部も、仲間たちも、そして彼自身も。たまたま運が良かった程度にしかこの出来事を捉えていなかった。しかし――――
『死ね――――!』
『殺してやる――――!』
『――――内惑星の悪魔どもめ!』
「っ!」
周囲から響く声。
ボタンゼルドはその声を頼りに操縦桿を巧みに操作。
自身が操る量産型MAWのライフルを、声のした方向めがけて撃ち放つ。
――――アアアアアア! かあさあああああん!
――――いてぇ……いてぇよぉ……俺の体が、無くなっ――――
――――殺してやる殺してやる殺してやるころ――――
ボタンゼルドの機体が放ったライフルは正確に声の主――――背後や頭上、レーダーの範囲外から彼を狙っていた三機の敵を正確に撃ち抜いていた。
「なんなのだ……この声は……っ!? 俺は一体何を聞いている……!? 俺は……どうなってしまったのだっ!?」
いつからだろう。
ボタンゼルドには、戦場で相対した敵や味方と言った周囲の生命体の思念が、声となって聞こえるようになっていた。
その力は、ボタンゼルドを何度となく窮地から救った。
敵が自分を攻撃しようとしていると、攻撃される遙か前から分かるのだ。
その声がはっきりと聞こえるようになればなるほど、ボタンゼルドにとって戦場とは、ただ自身の撃墜スコアを稼ぐだけの場となっていく。だが――――
『死神め、よくも俺の仲間を!』
『死ね――――! 悪魔め――――!』
『こわい! やめてくれ! 助けてくれぇええええええ!』
「く――――うおおおおおおおおっ!」
ボタンゼルドに届く声は、日増しに拡大を続けた。
敵も味方も。戦場にいる全ての声が聞こえた。
彼らが歩んできた過去。そして今戦場に立つ強い想いが見えた。
暖かな家庭も、幸せな日々も。
ボタンゼルドは敵対する者たちの全てを見ながら、それら全てを刈り取った。
――――憎い! お前が憎い! お前は、俺から全てを奪った!
――――道連れだ! お前だけは絶対に殺す!
――――こいつにみんな殺される! こいつは生きていてはいけない存在なんだ!
「っ……」
苛まれる心。
ボタンゼルドは、耳を塞ぐことも許されぬ怨嗟の声を戦場で聞き続けた。
しかし、それでも彼は戦うことを止めなかった。
なぜなら、そういった暖かな幸せを望むのは敵だけではないからだ。
今もボタンゼルドを信じ、共に戦ってくれる仲間たちもまた、同じように多くの物を背負って生きているのだ。
ボタンゼルドは仲間のため、祖国のため。そして平和のため。
この戦いと殺戮の先に光があると信じて戦い続けた。
そして――――彼が戦い初めて十年が過ぎる頃。
ボタンゼルド・ラティスレーダーの名は、軍人ですらない全人類の間に響き渡り、敵からは恐れられ、そして味方からは――――
「やあ少尉! 昨日は危ないところだったな! 怪我はなかったか?」
「ラティスレーダー隊長……? 自分は大丈夫です……ありがとうございます……」
満面の笑みを浮かべて挨拶するボタンゼルドに、彼の部下だる若い兵士は一度だけ会釈すると、そのままそそくさと逃げるように離れていく。そして――――
(化け物……)
「………………そうだな」
味方であるはずの彼が去り際に残した思考に、ボタンゼルドは一人頷いた。
撃墜スコアが一万を超えた頃。
ボタンゼルドは、味方からも恐れられるようになっていた。
あまりにも殺しすぎた。
百倍の数の敵をたった一機で全滅させ、一個艦隊をたった一機で壊滅させる。
そんな芸当を出来る存在が、一体どこにいるというのか。
ボタンゼルドが外惑星連合に与えた損害は、もはや計り知れない。
彼の驚異的な戦果を現わす言葉はすでになく、ボタンゼルドが人の心を読める、超能力者、もしくは異星人だなどという様々な噂は、当たり前のように知られていた。
もちろん、全ての仲間がボタンゼルドを恐れていたわけではない。
中には彼を慕い、信頼する者もいた。
彼に希望を見いだし、彼に平和への願いを託す人々がいた。
だからボタンゼルドは戦えた。
戦場全てが自身への憎悪と恐怖と絶望の思念で満たされていても。
全てが終わり、平和な世界になるまでは仲間と祖国のために戦う。
常人であればとっくに跡形もなく破壊されているであろう心。
そんな心を抱えたまま、ボタンゼルドは戦争の終結だけを願って戦い続けた。だが――――
「ボタンゼルド・ラティスレーダー大尉。君の驚異的な戦果を鑑み、君に新たな任務と、それに相応しい新型の専用機を用意した。機体受領後、すぐに任務を開始せよ」
戦争終結への道筋がようやく見え始めたその日。
軍上層部に呼び出されたボタンゼルドに、運命の指令が下された。
内惑星連合が、ボタンゼルドという規格外のパイロットの存在を前提として作り出した決戦兵器――――戦略級MAW、ニルヴァーナ。
巨大なスペースコロニーですら一撃の元に葬り去り、惑星の表面すら焼くその機体を使い、外惑星連合の持つ何もかも、一切全てを焼き尽くせと。
それが、ボタンゼルドに与えられた最後の任務だった。
「これでようやく戦争は終わる。全て英雄である君のお陰だ――――感謝するよ、ボタンゼルド大尉」
そういって高官はボタンゼルドの肩を叩き、満面の笑みを浮かべた。
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