いつまでも一緒に


「もうすぐ、なんですね……」


「そうだな……」


 ラースタチカ艦内、ティオの私室。

 既に割り当てられた休息時間は回り、室内の明かりは最小限に抑えられている。


 薄青の生地に黄色の星がいくつも描かれたパジャマ姿のティオは、すぐ隣で横になり、まっすぐに天井を見つめるボタンゼルドの小さな手をそっと握っていた。


「この後の全部が上手くいって、みんなも何もかも助かって……そうなった後、僕と ボタンさんはどうなっているんでしょう……?」


「……何も変わらないさ。俺はティオの傍にいる。それだけは確実だな!」


「はいっ……」


 あの日。オークの軍勢とたった一機で戦うティオの元にボタンゼルドが現れてから、何度こうして二人で夜を共にしただろう。


 当初、ボタンゼルドのために用意されていた小さなベッド。

 そこには今、可愛らしい観葉植物が置かれている。


 互いに身を寄せ合い、ぬくもりを伝え合って眠るようになってからも、二人は毎晩のように多くのことを語り合ってきた。


 記憶を持たず、自身の姿形すら未だ定まらぬティオ。

 本来の世界で命を落とし、全く違う存在として別世界にやってきたボタンゼルド。


 共にこの世界での足跡に乏しい二人。


 二人はそれを埋め合うように、支え合うように。この共に過ごした数ヶ月、一度たりとも欠かさずにこうしてきた。


「そうだな……ならばティオはどうだ? 全てが終わったあと、行きたい場所や、してみたいことはないか?」


「僕のしてみたいこと……ですか?」


「そうだ。俺もずっと辛い戦いを続けてきたが、それでも自分を保っていられたのは、その戦いの先に皆が平和に暮らせる世界があると信じていたからだ。ティオもそのように考えれば、少しは楽になるかと思ってな」


「ボタンさん……」


 ティオがそっと握っていた手を自らも握り返し、ボタンゼルドはそう尋ねた。

 それを受けたティオは、体を横倒しにしたままボタンゼルドの瞳を見つめる。


「…………えへへ」


「ん? なにか良いことでも思いついたのか?」


「いえ……」


 暫くの逡巡の後。

 ティオは突然その柔らかな頬を薄桃色に染め、じつにふやけた表情で笑った。


「ちょっと考えてみたんですけど……僕は、です」


「今のまま?」


「はい…………だって僕、なんです。大好きなボタンさんといつも一緒にいられて、ラースタチカの皆はとっても優しくて……それで、僕もボタンさんや皆の力になれて…………なんだか、これ以上に幸せなことが思いつかなくて…………」


 ティオは言いながら、その小さな体をさらにボタンゼルドに寄せる。


「でも、だから思うんです。この時間がって。終わりになんてしたくないって。ボタンさんやみんなと、いつまでも、ずっと――――」


「そうか……ティオらしい、素敵な願いだな」


「えへへ……」


 ボタンゼルドはティオの背に伸び縮みする腕を伸ばして支え、自身も円盤状の顔面一体型ボディを横倒しにして穏やかに微笑んだ。


「ボタンさんは、何かやりたいことってありますか? 僕、ボタンさんと一緒ならなんだってしたいですっ」


「おお、確かにな! 俺は、そうだな……」


 ベッドの上で柔らかな毛布に包まり、にこにこと笑みを浮かべるティオ。

 実に幸せそうなティオから尋ねられ、ボタンゼルドもまた考え込む仕草を見せる。


「そうだな……俺もティオと同じだ。今のこの境遇が、この宇宙でもとても恵まれた物であることは俺にも良く分かった。そんな日々を与えてくれたこの船の仲間と、この世界を俺も失いたくはない。そして――――」


 ボタンゼルドはうむうむと頷きながら話を続ける。


「――――ここではない場所にもう一人。俺が決着をつけなくてはならない相手がいる。恐らく、彼をなんとかしてやれるのは、俺だけだ」


「ノルスイッチさん……でしたよね。チェルノボグさんに、自爆スイッチとして……」


「俺は、彼の大切な存在を悉く奪った。俺が奪ったのは彼に対してだけではないが……彼が今もこうして俺の手が届く場所にいるのなら、きっと、俺にまだやれることがあるということなのだろう……」


「ボタンさん……変なこと考えてませんか? さっき話してくれた、元の世界の最期みたいに……自分は死んでもいいとか……」


 自身の決意を語るボタンゼルドに、ティオは途端に不安な顔を見せる。

 しかしボタンゼルドは力強く頷き、円盤状の顔を左右に振って否定した。


「はっはっは! 大丈夫、もう二度と俺はそんなことはしない。俺の命はもう俺の物だけではないのだ。愛する君を置いて、勝手に命を投げ捨てたりはしない」


「はわ……ボタンさん……」


「だが、せめて俺に出来ることはしたいのだ。俺とノルスイッチの因縁は、一度死んだにも関わらず途切れることがなかった。きっと、こうなったことにもなにか意味がある……元の世界で俺がやり残した、何かが……」


「なら、僕もお手伝いします……っ。ボタンさんがやりたいって思うことを、ちゃんと叶えられるように……!」


「ありがとうティオ。俺もそうするつもりだ!」


 互いの願いを確認し合った二人。

 二人は暗闇の中で静かに唇を重ねる。


「ずっと一緒にいましょうね……何があっても、ずっと……」


「ああ……俺たちは、これからもずっと一緒だ」


 二人はそのまま互いの身を寄せ合い、やがて眠りについた。

 この日々が明日も、その次の日も続くようにと願い、夢見ながら。




 しかし二人が眠りから覚めるより僅かに前。

 始まりの地を目指すラースタチカ及び多文明連合艦隊に、絶望の報せが届く。




 始まりの地の状況を確認しに向かった、ルミナス宇宙警備隊三万人が全滅。

 始まりの地に近いルミナスエンパイアの本星も、突如現れた大艦隊により為す術もなく破壊されたと――――。



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