ただ救うだけの
『――――始まりの地。それは、我々四人がこの宇宙の基点と定めた座標のことだ』
漆黒の宇宙を突き進む純白の船体。全長1300mにも及ぶ深宇宙調査船、ラースタチカ。その内部に設けられたホールの中で、他でもない創造主の一人、ストリボグの声が響いていた。
ラースタチカは今、総勢数億にも及ぶ大艦隊の総旗艦として、静かに――――しかし確実にその場所を目指して航海を続けている。
この宇宙が誕生してから、一度も編成されたことのない規模の文明連合艦隊。
その陣容は以下の通り。
太陽系連合統合軍
・戦闘艦:1480003隻
・輸送艦及び傷病艦:125000隻
・TW:370018機
・ボールス:2700000機
ミアス・リューン第七・第六・第三騎士団
・宮殿戦艦:3800隻
・思念防壁展開艦:1200隻
・光神甲冑:56000機
ルミナスエンパイア宇宙警備隊
・戦士族:240000人
・治癒族:50000人
・博士族:10000人
マージオークゲッシュB911・ゲジジE397・ゲッコーB37艦隊
・戦闘艦:500000000隻以上
・非戦闘艦:27隻
・機動兵器:計測不能、推定十億機以上
これらの主要勢力以外にも、宇宙全土で活動するルミナス警備隊から話を聞いた、多数の少数文明が時間と共に艦隊に合流。
その艦隊規模は見る見るうちに膨れあがり、彼らの艦隊を目視で見れば、背後の宇宙の光が艦隊の影によって遮られる程となっていた。
『――――始まりの地の座標は、当然チェルノボグも知っている。チェルノボグは、我々が完成された種の答えを見いだしたとなれば、全力で門への到達を阻止するか、もしくは我々が門を開くそのタイミングで攻撃をしかけてくるだろう』
「先日、キアを通してこの宇宙の外で活動するスヴァローグから連絡があった。彼の話によると、私たちの予想よりも外の世界に残された時間は短い。チェルノボグは自爆スイッチを使わなくても、私たちの門への到達を遅らせるだけで勝利できる状況だ」
「いやはや……まだ解決策が残されているとはいえ、厳しい状況ですねぇ。それでストリボグさん、その始まりの地というのはこの場所で間違いないのですか?」
チェルノボグの動向を考えれば、これほどの大艦隊ですら油断はできない。
そのように話すストリボグとラエルノアに、クラリカはホログラムに浮かび上がる光点を指し示して尋ねる。
『そうだ。君たち人類がおとめ座銀河団と呼ぶこの銀河の集合体。その中心に位置するM87、M86、M49という三つの巨大銀河。その三つの銀河が公転する重力の均一点。そこが我々が初めに降り立った地だ』
「その内のM86銀河には、我々ルミナスエンパイアの母星がある。当然、ストリボグ様が言う三つの銀河の重力バランスの中心地も調査した。だが、その時は中規模なブラックホールが幾つかあるだけで、特に変わった物は――――」
『始まりの地には、我々が宇宙創造に使った様々な機器が使用可能な状態で保管されている。容易く発見されないよう、数十を超えるブラックホールの連星に偽装されているのだ。そこまで到達すれば、私がその場所を開放しよう』
「なるほど……上手く出来ているのだな。俺が元いた世界では、宇宙始まりの地というのはビッグバンの衝撃で何もかもが吹き飛ばされた、虚無の地であると習ったが……」
その場に集められた各文明の代表者たちは、揃って宇宙図の中に浮かぶその光点を見つめる。
確かに特異ではあるものの、本来の宇宙物理学では決してそのような場所から宇宙が始まったとは考えられないだろう。
「ボタン君の言う通り、私たちのこの宇宙でもそうだと推測されていたよ。でもこの世界は、ヴェロボーグたちが生み出したシミュレーション宇宙だ。物理的に導き出される答えと、実際の事の成り立ちは一致しないということだね」
『この宇宙の外側。私やヴェロボーグの生まれた宇宙では、ボタンゼルドの言う通りの宇宙が広がっている。始まりの地には何もなく、さしたる意味もない』
あまりにも規模の大きいそれらの説明に、難しい顔を浮かべながらもなんとかついて行っている様子のボタンゼルド。
しかしその時。ボタンゼルドの体をきゅっと抱きしめて話を聞いていたティオが、そろそろと手を上げて声を発した。
「あの……もう一度聞かせて欲しいんです。そのターミナルっていうところでボタンさんを押したら、僕たちやボタンさんはどうなるんでしょう……? 前にも説明して頂いたけど、難しくて……」
『――――難しい。それをより簡潔に――――』
不意に投げかけられたティオのその質問に、ホログラム上に浮かぶストリボグはその両目となる赤いランプをチカチカと点滅させて暫し黙り込む。そして――――
『――――ターミナルでボタンゼルドが押されることで、人為的なビッグバンが無数に発生する。そうして生まれた新たな宇宙に、全ての宇宙と人々はその情報や有り様を保ったまま脱出する。
「……改めて聞いてもとんでもないことだね。ビッグバン一つを起こすのだって途轍もないことなのに、それを無数に発生させるなんて」
『ただし、恐らく転移可能な宇宙や人々の数には限りがある。ボタンゼルドは確かに驚異的な認知力を持つが、その力は無限ではない。救えるのは、ボタンゼルドの認知力が及ぶ範囲までだ』
「俺の力の及ぶ範囲まで……無条件で全ての世界を救えるわけではないのだな……」
その真剣な眼差しを光点へと向けるボタンゼルド。
ストリボグは頷き、そして話を続けた。
『そして、ヴェロボーグの残したデータにはこうも記されていた。「脱出ボタンに収める到達者のデータは、誰よりも強い他者を救いたいという欲望に満ちていなくてはならない」と――――』
「他者を救いたいという、欲望…………」
その話に、ボタンゼルドは自らが死んだあの瞬間の願いを想起した。
こんな自分にもし次があるのなら。
人を殺めるのではなく、ただ人を救うだけの存在になりたい。
彼が最期の刻に見た、祈りにも似たその願い。
それは、確かに叶ったのだろう。
「俺は、幸運だな……」
ボタンゼルドはティオの腕に抱かれるまま、誰に向けるでもなくそう呟いた――――。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます