第四話 絡み合う心
その因縁は消えず
『目標の破壊を確認! やりましたね、ジーンレイス少佐!』
『流石はアウターの赤き獅子。貴方の指揮下に入れたこと、光栄に思います』
『浮かれるのはまだ早い。これほど後方の拠点が叩かれたとなれば、敵も慌ててこちらに群がってくるだろう。深く懐に入り込んだ分、帰還はより困難となる。各員気を引き締めろ、死にたくなければな!』
『了解ッ!』
それは、彼にとっての遙か昔。
遠く過ぎ去った過去の記憶。そして、栄光だった。
ノルスイッチ・フォン・ジーンレイス。
戦場の赤き獅子と呼ばれ、若干十七歳という若さで搭乗型機動兵器――モビリティ・アーマード・ウェポン、略してMAWの部隊長を任される戦闘の天才。
ノルスイッチは自身の愛機である、深紅に塗り込められたMAWを部隊の先頭に立たせると、固い絆で結ばれた仲間たちと共に、漆黒の宇宙を切り裂くように飛翔した――――。
西暦2573年。
二十三世紀初頭に始まった人類同士の全面戦争は、その戦端が開かれてから200年以上経過したにも関わらず、未だ終わる気配を見せていなかった。
地球圏を離れ、土星や木星、カリストやエウロパなどを拠点として住む人々と。地球と月、そして火星や金星を中心とした内惑星連合に属する人々の間で始まった、内外太陽系戦争。
あまりにも長く続いた戦争は両者の断絶を決定的な物とし、もはや和解は不可能。価値観も言語も、道徳すら違う両者の戦争は、もはや互いの根絶やしを目的とした絶滅戦争へと移行していた。
「少佐……この戦争はいつ終わるんでしょう……? 私も、私の家族も戦争のない時代を知りません。平和とは、本当に存在していたのでしょうか?」
ある日の任務を終え、部隊の拠り所となる母艦で一時の休息を取るノルスイッチに、短く揃えられた栗色の髪の女性がそう尋ねた。
彼女の名はペネロペ。
ノルスイッチが隊長を務める部隊の副官であり、MAWの操縦技術でもノルスイッチに次ぐ腕前を持つエースだった。
「さあな……君には申し訳ないが、私も平和という物をこの目で見たことはない。それに、私はこう見えてまだ中尉よりも年下なのだが? 中尉が知らない物は、私にも知りようがない」
「し、失礼しました……っ! それが……不思議なのです……少佐の傍にいると、少佐にはまるで過去や未来が見えているんじゃないかって思うことがあって……それで、つい……」
「フッ……過去や未来がわかるなら、私もこのような苦労はしていないさ。だがな、中尉――――」
ノルスイッチは、ペネロペのその言葉に柔らかな笑みを浮かべる。
そして彼女の肩に手を置き、そっと彼女を抱き寄せた。
「誰も知らないからこそ、私は君や祖国の仲間たちにその平和な世界を見せてやりたい。誰一人欠けることなく、全員揃ってな――――」
「はい……っ。私も、そうです……」
静かだが、何よりも強い決意が込められたノルスイッチの言葉。
ペネロペはその言葉にはっきりと頷き、自身の身をノルスイッチに重ねた――――。
ノルスイッチの部隊は無敵だった。
彼が部隊を率いるようになって三年もの間、彼の部隊は一人の欠員を出すこともなく、彼らが活動した戦場では悉く勝利を収めた。
ノルスイッチと彼が指揮する部隊は敵味方問わずその名を轟かし、味方からは救国の英雄と称えられ、敵からは死神の化身と恐れられた。
彼らの活躍により、彼らが所属する外惑星連合はその前線を一気に押し上げ、ついには百年もの間拮抗していた火星を中心とした戦場を外惑星連合が掌握するまでに至った。
きっと戦争は終わる。
英雄、赤き獅子ノルスイッチと、彼が指揮する部隊によって。
外惑星連合の士気は奮い立ち、二百年以上にわたって拮抗していた戦争の趨勢は一気に外惑星連合へと傾いた。
そう、あの男が現れるまでは――――。
『た、隊長――――! 助けて下さい、ノルスイッチ隊長! 悪魔――――弾が一発も――――ギャアアアアアアア!』
『ノーラスッ! そんな……ノーラスが……!』
『下がれペネロペ! この機体は私以外には止められん! 撤退しろ!』
その男は、ある時突然ノルスイッチの目の前に現れた。
地獄のような戦場にあって、突如として立ち塞がった傷一つない内惑星連合の量産機。
今まで数え切れないほど撃墜してきたはずの、取るに足らないたった一機の量産機によって、ノルスイッチの部隊は敗走を余儀なくされたのだ。
『なるほど、なかなかやるようだ……! 貴様の名はッ!?』
『ボタンゼルド――――! 俺の名はボタンゼルド・ラティスレーダー! 地球統合軍訓練生っ!』
『訓練生……だと!? 正規の軍人ですらない奴が……!?』
火星の赤い土の上を疾走しながら、互いのビームブレードを激しく鍔ぜりあうノルスイッチと、まだ訓練生だという量産機のパイロット――――ボタンゼルド。
訓練生の身でありながら自身と渡り合うボタンゼルドに、ノルスイッチは確かな寒気をその身に覚えた。
『この基地には俺の仲間が大勢いるのだ――――負けるわけにはいかないっ!』
『チィ……!』
結局、その戦いでノルスイッチ個人は敗北しなかったものの、基地の攻略は失敗。
ノルスイッチの部隊も損害を出し、それは彼らの今後に暗い影を落とした――――。
『くっ……! 貴様には未来が見えているのか!?』
『ノルスイッチ! お前はここで仕留める――――!』
『なぜだ……っ!? 機体性能では勝っているはず!』
それから――――。
その男と戦場で何度となく相まみえる度。
ノルスイッチはその男――――ボタンゼルドにあらゆる物を奪われた。
三年間、一度も欠員を出すことのなかった部隊のメンバーは次々と死んだ。
皆ノルスイッチを信じ、ノルスイッチにまだ見ぬ平和を託していた仲間だった。
ノルスイッチの活躍によって押し上げられた前線は、再び元に戻った。
戻っただけではない。ボタンゼルドという内惑星連合に現れた死神によって、いつしかその前線は大きく後退し、木星近傍にまで迫っていた。
かつての英雄への失望。そして蔑みは軍内部からも向けられた。
地に落ちた英雄の名声。死神に太刀打ちできない敗北者。
ノルスイッチは自身に向けられるそれらの声に耐え、それでも自らの役割を全うするべく戦い続けた。
事実として、ボタンゼルドという怪物と対峙した者で、生きて帰ってきたのは彼ら二人だけだったのだ。そう、その日までは――――。
『ノル……逃げて、ください……どうか、貴方だけでも……』
『あ……ああ……! あああああああッ!?』
内惑星連合が開始した木星への総攻撃。
その激戦の最中、ノルスイッチとペネロペの前に、青と白に塗り分けられた、新型の専用機に乗ったボタンゼルドが現れた。
ボタンゼルドという死神に与えられた新たなる武器は、もはやノルスイッチとペネロペという、外惑星連合最強のエース二人をもってしても全く相手にならなかった。
目の前で爆散するペネロペの――――その時には最愛の妻となっていた女性の機体に手を伸ばしながらも、自身も深手を負っていたノルスイッチは、ただ逃げることしか出来なかった。
『こ、殺してやる……ッ! 殺してやるぞ……! 必ず……! 必ず貴様を! この手で殺してやる……! ボタン、ゼルドォォォォォォ……!』
大破寸前となったズタズタの赤い機体のコックピット。
ボタンゼルドによってついに全てを奪われたノルスイッチは、ただその男の死だけを願って怨嗟の叫びを上げていた。
ボタンゼルドを殺す。
かつて、平和な世界を仲間と共に作り上げると願っていた男の夢は、ただ一人の男を殺すという黒い欲望によって闇に染まった――――。
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