戯れへの解答
「そうだったのか! つまりラエルは、ヒロアキ・タナカこそチェルノボグだというのだな!?」
「ああ。もしヒロアキ・タナカがチェルノボグ本人じゃなくても、確実に彼の指示や管理下で動いているはずさ。このタイミングでこちらを疑心暗鬼にさせ、文明連合の足回りを鈍くする――――」
漆黒の宇宙空間に青く輝く地球を望むラースタチカのブリッジ。
すでに指揮官席に座ったラエルノアは、ブリッジに集まったメインクルーの前でそう語った。
「もしヒロアキ・タナカが本当に地球の独立を願っているというのなら、今のこの状況は軍事行動を起こすには最悪のタイミングだ。今、太陽系にはエルフの本隊どころかルミナスにマージオークまで集結している。感情的にはどうあれ、貴重な軍事力を動かしても全滅は目に見えてるからね」
「おやおや……それはまた随分と胸糞案件ですね。つまりチェルノボグは、自分自身は地球圏のイデオロギー対立になどなんの興味もなく、ただ私たちの足を引っ張るためだけに独立派を利用したと。そういうわけですね?」
「そうだね。まあ、実際に私たちがあのクーデターで対面した彼の印象とは大きく外れていない。この宇宙に生きる全ての命をただの数値として見ている彼からすれば、今回のことも私たちがチェスに興じるような感覚だろうからね」
忌々しげにその表情をゆがめて呟くクラリカ。
ラエルノアは表情を変えず、まっすぐに正面の闇を見据えていた。
「だがそれはいいとして……いや、良くはないのだが。一体どうやってこの状況を乗り切るのだ?」
「いっそのこと、今ラエル艦長が仰ったことを皆さんに公開してしまうとか……?」
「いいや、私たちは今回の件について特に何もしない。各地の鎮圧は統合軍に任せて、私たちはただ粛々と始まりの地に向かうだけさ。こうして出航は早めることになるけどね」
「何もしない――――ですか。独立派に賛同する者は、恐らく始まりの地へ向かう艦隊の中にも紛れているでしょうに。本当に大丈夫なのですか?」
「大丈夫かどうかは、その時にならないとわからないさ。でもね、チェルノボグの思惑に対抗する手段は、もうボタン君が私に教えてくれているんだよ」
「俺が……?」
一様に現在の混乱に対する不安を吐露するクルーに対し、しかしラエルノアは平然と言い放つ。
「あの時……お祖母様を盾に取られた私に、ボタン君はこう言ってくれた。奴の話を聞いてはいけないと」
「あっ……! それ……たしか僕にもそう言ってくれて……」
「そう、チェルノボグという存在への対抗策――――それはボタン君の言う通り、彼の成すこと全てに耳を貸さず、相手にしないことさ。さっきも言った通り、チェルノボグはこの宇宙で起こるあらゆる事柄に興味がない。そんな存在の引き起こす現象にいちいち対応していたら、それこそ彼の思うつぼだ」
「それは、確かにそうかもしれません。ですが、今もチェルノボグに扇動されている独立派のメンバーは……」
「残念だけど、そこは統合軍にしかるべき対応をしてもらうことになるだろう。もし独立派に集まる願いがこの程度で消え去るのならそれまで。欲望の淘汰は自然の摂理だからね」
チェルノボグへの最も効果的な対処法。
それは彼の引き起こす混乱をスルーすることだと言うラエルノア。
しかし祖国である木星の民までもが巻き込まれているこの現状で、チェルノボグの意図に躍らされる同胞たちにクラリカは心苦しい思いを告げる。すると――――
「けど、実のところ私はあまり悲観はしていないんだ。二人とも、入ってきてくれ」
「はい。ロッテ・バッハシュタイン中尉。入ります」
「同じく、アーレク・ナタモフスキー軍曹。入ります」
「えっ!? お二人は、独立派の……!?」
「この二人には、私から直接現状の説明をさせて貰った。私の話を信じるというのなら、二人にも力を貸して欲しいとね」
ラエルノアの言葉を受けてブリッジへと入室したのは、太陽系統合軍の制服に身を包んだ投降した独立派TWパイロット。
青髪の凜とした女性、ロッテ・バッハシュタインと、大柄な赤ら顔の中年男性、アーレク・ナタモフスキーだった。
ブリッジに入室した二人は、軍式の敬礼と共に真剣な眼差しを一同に向ける。
だが、高精度の精神感応力を持つクラリカは、眉間に皺を寄せて二人を見つめた。
「これはまた……本気ですかラエル? このお二人のお気持ちに今のところ嘘はないようですが。艦長である貴方を初めとして、ラースタチカは独立派にとって目の敵のような存在なのですよ?」
「勿論、二人には監視もつけるさ。二人の体内にはナノマシン制御の捕縛チップも一時的に埋め込ませて貰っている。でもこの二人は、そういった不自由を全て受け入れた上で、私の言葉が本当なのかどうかどうしても自分の目で確かめたいらしい」
「ローミオン艦長から太陽系連合を取り巻く現状の説明は受けました。まだ半信半疑なところはありますが――――私は真実がどうであるかということ以上に、私たち独立派の悲願を嘲るその存在が許せません」
「俺もそうだっ! 馬鹿にしやがって……! 俺たち独立派が、どんな気持ちで命がけの戦いに出たと……っ!」
ラエルノアからの説明を受けた二人は、もしそれらが真実であれば自分たち独立派への侮辱すら超えた仕打ちに激しい怒りと決意を見せる。
そしてそんな二人の姿をみとめたボタンゼルドは、ティオの肩に乗ったまま自身の手をビヨンビヨンと伸ばして二人に握手を求めた。
「そうか! そういうことならば俺に異論はない。俺はボタンゼルドだ! バッハシュタイン殿、ナタモフスキー殿。どうかよろしく頼む!」
「僕はティオ・アルバートルスですっ! よろしくお願いしますっ!」
「ボタン型の小型ロボット……? なるほど、ラースタチカではこのようなマスコットロボも運用しているのですね……! アルバートルスさん、もし良ければ後で私にも一体下さいますか?」
「俺は一応人類なのだがっ!?」
全ての欲と願いを肯定する。
自らを害する可能性がある欲すら正面から受けて立つ。
見る者からすれば、ラエルノアが持つその信条はとても危うく、不安定な物のように見えるだろう。だが、しかし――――。
「よし――――挨拶はここまでだ」
そんな一同の様子を笑みと共に見つめていたラエルノア。
彼女は一度彼らを制した後、ついに満を持してその時を告げる。
「今こうしてラースタチカに集まって貰った君たちには、誰一人として例外なく、これから成し遂げたい願いや夢があるはずだ」
ブリッジに集った仲間たちと共に、ラースタチカ全艦に対してもラエルノアのその言葉は届けられた。艦内に乗り込む全ての命が、彼女の言葉によって自らの願いに思いを馳せる。
「私は、君たちの心にその強い願いと夢がある限り、今回の航海も無事に果たされると信じている。必ず、生きてここに戻ってこよう」
彼女は信じていた。
母と父が出会い、その果てに自らがこうして生まれ、生きているように。
命の持つ願いと欲こそが、この漆黒の宇宙をより輝かせるのだと――――。
「これよりラースタチカは、始まりの地を目指して出航する――――頼んだよ、みんな」
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