深淵の挑戦


「どういうことだ!? これから互いに手を取り合って宇宙存亡の決戦に挑もうというときに、同盟国である我々をあれほどの戦力で襲うとは……っ! 太陽系人類の統治は一体どうなっている!?」


「キューン……今回の件は私たち太陽系連合に責任があります。ここまで大規模な独立派の動きを、事前に把握しきれていませんでした……」


 壮麗な樹木に囲まれた宮殿の最奥。

 ミアス・リューンの王であるエーテリアスが座る玉座の前。


 太陽系連合総長であるイルカ類、カビーヤ・ルイーナは、自身を運ぶ水槽型ロボットの中で悲痛な鳴き声を上げていた。


 太陽系連合独立派による襲撃は、地球の衛星軌道上に停泊していたミアス・リューン艦隊を襲撃。一個艦隊にも匹敵する戦力が、エーテリアスが座乗するエルフの宮殿戦艦へと肉薄する事態となった。


 安全圏であるはずの地球近傍での奇襲。

 そのあまりにも突然の攻撃は、冷静で知られるエルフですら慌てさせた。


 だがしかし。


 いかに出所不明の情報を多数保有する独立派とはいえ、今回の奇襲はあまりにも無謀すぎた。


 ミアス・リューンのエルフ。

 その


 独立派の攻撃が本格化するよりも前。悠然と戦場に姿を現わしたエルフの王エーテリアスは、そのを持って、即座に独立派全軍を無力化してしまったのだ。


 穏健で知られる少年王エーテリアス。

 彼が戦場でその力を振るったのは、に遡る。


 独立派はエルフの光神甲冑を初めとした兵器の情報は握っていたが、最も恐れるべきエーテリアスの能力を全く把握していなかったのだ。


 エーテリアスの活躍により、ミアス・リューンは自軍にも独立派にも一滴の血も流すことなく、今回の奇襲を見事に防ぎきってた。


「――――お止めなさい、アーレンダル。私たちミアス・リューンも、太陽系の皆さんを一方的に責めることは出来ません。をもう忘れたのですか?」


「そ、それは……っ! ――――申し訳ありません、エーテリアス様。我が君の仰る通りでした。ご無礼をお許し下さい」


「でも流石はパパだね。もし実際にミアス・リューンと独立派の戦端が開かれていたら、だろう。まあ、この私でもパパが戦ったところなんて見たことないのだから、独立派がパパの力を知らないのは当然だけどね」


 独立派による奇襲の報せを聞き、すぐにかけつけたラエルノアもまた、珍しくその表情に安堵の笑みを浮かべてエーテリアスの隣に寄り添っていた。


 今この場には、ミアス・リューンの王族たるエーテリアスとラエルノア。そして艦隊指揮を務めるアーレンダル。


 そしてすぐさま謝罪と確認に訪れたカビーヤと、太陽系統合軍元帥であるルシャナが一堂に会していた。


「エーテリアス様におかれましては、私からも謝罪申し上げます。現在、太陽系各地で独立派による大小様々な混乱が起きており、統合軍からの参加者も多数……とはいえ、統合軍全体の掌握率は99%を維持しております」


 カビーヤの隣から前に進み出た白髪の初老女性――――太陽系統合軍元帥のルシャナは、自身の手元からいくつかの資料が描かれたホログラムを拡大すると、全員が目に出来るよう上空へと表示する。


「艦船と違って、TWは太陽系人類が個人で扱える最大の戦力だ。TWが一個人に大きく依存するシステムである以上、今回のような個人の思想に影響される内乱に対しては、どうしても脆弱になってしまう。でも、それも随分と昔の話だった筈だけど?」


「姫様、それについては一つ気がかりなことが――――」


「今は姫様なんて呼ばなくても良いよ、ルシャナ。それで、何かわかったのかい?」


「……では失礼して。いや実はね。うちらで取り押さえた統合軍所属のTWを調べたら、TWのんだよ。あんたなら、これがどれだけマズいかわかるだろ?」


「へぇ……?」


 それまでの実直な雰囲気はどこへやら。ラエルノアから素で話すように言われたルシャナは矍鑠かくしゃくとした不敵な笑みを浮かべると、ラエルノアに一つのデータを開示する。


「もちろん私らだって馬鹿じゃない。TWなんていう危険過ぎる代物を個人の好きにはさせないさ。軍規違反、命令違反が確認され次第、私らで強制的に機能停止、最悪の場合自爆だってさせられるようになってる。けど今回はそのシステムが機能しなかった。正確には、機能した機体もあったけど、すり抜けた機体もあったって感じだねぇ……」


「なるほど……TW側のシステムを直接改ざんされたんだね?」


「ご明察。尋問の結果、システムをすり抜けた機体のパイロットは、どいつもこいつもヒロアキ・タナカからシステム改ざん用のデータを受け取っていた。中にはヒロアキ・タナカの使いって奴から直接手渡されたり、ネットワークの監視網に引っかからないように、古風にも宅配でデータ端末を送りつけられた奴らもいた」


「ヒロアキ・タナカから受け取ったデータを元に、自分のTWにパイロットが直接手を加えたわけだ。フフ……まさかそんなことまでやるとはね。よ……!」


「お、面白く……? ラエルよ、君はこのような時に何を言って……?」


 ルシャナの話を聞いたラエルノアが、その表情に笑みを浮かべる。


 最重要軍事機密である、TWのシステムすら改ざん可能な違法データの作成。

 そしてそれを手際よく、タイミングを合わせて配布し、一斉に蜂起させる手腕。

 さらには、それら全てを事前に準備する周到さ。

 

 今回の混乱の背景が明るみに出るにつれ、ヒロアキ・タナカという存在を中心に据えた勢力の存在は、ますます巨大で全貌の掴めない、とても手がつけられない物のように思えた。しかしラエルノアは――――


「アーハハハハハッ! 私はねアーレンダル。いつだって退屈していたんだ! そしていつだって待ちわびていたッ! 私の欲望に匹敵する強さと輝きを持った、をね――――!」


「す、凄いですラエル! 貴方から立ち上る心の輝きが、燃えさかる恒星のように――――! まるで、私と初めて会ったフラヴィのような……!」


「そうだよパパ! 私はとても嬉しいんだ! いいかい? これは私たちの欲望に対する、なのさ!」


 突如として、狂ったように笑い声を上げるラエルノア。


 そう、ラエルノアは飽いていた。宇宙の真理を探究し、異世界に行くという自身の願い。しかしそれを邪魔する者はもはやこの宇宙には存在しない。


 無限に飛び続けられるラースタチカを手足のように操り、長い長い時間を誰の妨害も受けることなく、足を引っ張られることもない。


 このような状態であれば、ラエルノアはあと数十年もすれば単独でそれらの願いを叶えていただろう。


 ラエルノアほどの能力を持つ者が自身の願いを叶えるために全力を注げば、実のところそれは、いともだったのだ。

 

 しかし今は違う。


 全ての宇宙を救おうと願い、行動するラエルノアの前に明確に。その事実に、ラエルノアは内からあふれ出る歓喜を抑えきれなかったのだ。


「そして分かった――――このヒロアキ・タナカっていう存在の正体がね! ! 君の欲と私の欲。どちらがより強いか、勝負しようじゃないか――――!」

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