襲撃の影に


「ヒロアキ・タナカさん……ですか?」


「ええ……私たちです。まさか、ご存じないのですか?」


「ええっ!? し、知らないです……すみません……」


 旧ギリシャ領、イアの街で発生した襲撃事件。


 それを基点として続いた一連の独立派による武力行使は、の落ち着きを見せていた。


 、というには訳がある。


 なぜなら今回の独立派による襲撃は、ラースタチカクルーだけでなく地球全土――――それどころか火星や木星、金星やスペースコロニー各所にまで及ぶ大規模な物だったからだ。


「俺とティオはまだこの世界での経験が浅いのだ。ラエルとクラリカはきっと詳しいのではないか?」


「そうだね。ヒロアキ・タナカというのは、ここ200年ほどの間太陽系で語られてきた独立派の指導者のことだ。独立派の過激派から穏健派、地球崇拝思想以外のマイノリティの不満までも取り込んで膨れあがった、言うなれば――――さ」


 最終的に圧倒したとはいえ、相当に追い詰められた上、ようやくラースタチカに帰還したボタンゼルドたち。


 彼らは今、先に投降した独立派の二人を抑留する一室の前にいた。


 青い短髪の女性、ロッテ・バッハシュタインと。クラリカの祖国である木星帝国出身の大柄な男性、アーレク・ナタモフスキーの両名から、襲撃事件に関わる詳細を聞き出していたのだ。


「なるほど……では、ロッテさんはその独立派指導者から直接の指示を受けて今回の襲撃に参加したと。そういうことでよろしいですか?」


「そうです……あなた方主流派がこのと。そこから得られる富と英知を独占し、異星人たちとより強固な支配体制を確立しようとしていると……」


「お、俺もそうだ……! 俺がよく使うネットワークに、タナカからのメッセージがあったんだ。アンタら連合の首脳たちがエルフやルミナス……それどころか、オーク共や見たこともない異星人共と話してる映像も見られるようになってて……!」


 独立派のTWパイロットとして一度はクラリカたちを襲いながらも、自らが受けた指示の内容と、標的であるクラリカやボタンゼルドの素性が違うことを知って投降した二人。


 二人は共に太陽系統合軍所属のれっきとした正規のパイロットであったが、ヒロアキ・タナカと呼ばれる独立派指導者の指示を受け、今回の凶行に及んだことを供述した。


「わかった、その線については調べてみよう。タナカは現れた当初こそ過激な言動で民衆を扇動していたけれど、ここ百年ほどの活動はあくまで予言めいた抽象的な物だけで、そこまで具体的な内容と行動指示を発したことは一度もなかったんだ」


「そしてこのタイミング……そもそも200年前の人類の延命技術では、今も同一人物が生き続けているとは考えられません。恐らく、今回の私たちの動きを知る太陽系連合中枢に近い誰かが、都合の良いように機密をリークしたのでしょう」


 ロッテとアーレクの供述には、エルフが用いる高度な虚偽封鎖が処置が施されている。二人は正しく真実を述べているのだ。


 投降した二人が抑留される一室を、不透過性の壁面を隔てて見守るラエルノアとクラリカ。二人は互いに目を見合わせると、そう言葉を交わして頷いた。


「やっほー! こっちも終わったよ。でもあっちの三人はちょっとキツめに尋問しないとだめそうかもー。目がさ、完全にイッっちゃってるもん! アハハッ!」


「やあユーリー、お疲れ様。あの二人はそうだろうね。でも、君に異様な執着を見せていたもう一人の彼女はどうなんだい? 君も彼女との面識は特になかったんだろう?」


 だがその時。ボタンゼルドたちが集まる部屋の背後のドアが左右に開き、ひらひらと手を振りながらユーリーが現れる。


 白衣を翻してユーリーを出迎えたラエルノアは、彼女に一任していたの様子を尋ねた。


「あー……それがさ。あの人、私がカレンに助けられた20年前のシャトル事故の時にんだって。それで家族みんな死んじゃって、なりたくもないのにらしいんだよねー」


「え……?」


「シャトル事故……? つまりユーリーは、その時に今も君の中にいるというルミナス人の女性と?」


「そうだよー。その事故はね、とーっても悪くて強い宇宙怪獣と、カレンの戦いに私が乗ってたシャトルが巻き込まれて起こったの」


 ユーリーは特に表情も変えずに普段通りの笑みを浮かべ、両手を後頭部で交差させて和やかに言葉を続けた。


「カレンも本当は全員助けたかったんだけど、カレンは戦士だからさ。治療とかは専門じゃなくて、と、を火星に送り届けることしかできなかったんだよね」


「そうだったんですね……その時にあの人のご家族は……」


「そうか……それで彼女はユーリーとルミナス人を憎んでいたのだな……」


「そーいうこと。でも別に逆恨みってわけでもないし、また鍛え直したらーって言っておいたよ。結構いい腕してたしね! にゃははー!」


 初めて耳にしたユーリーの過去とその因縁に、神妙な面持ちとなるティオとボタンゼルド。


 しかし当のユーリーはそんな空気などどこ吹く風とばかりに満面の笑みを浮かべ、まるで春のそよ風のように軽やかな笑い声を上げた。


「わかったよユーリー。つまり今回君たちを襲撃した者たちの中で、明確に作戦の詳細を伝えられていたのはあの狂信的な二人と、君に個人的な恨みがあるリサ・シカガミの三人だったわけだ。こちらの投降した二人は実力はともかく単なる数合わせ……賑やかしと言ったところだったのだろう」


「だろーねー。でもあの子も言ってたよ。ヒロアキ・タナカからって。あっちは独立派がどうこうじゃなくて、完璧に裏のルートを使った襲撃依頼だったっぽいねー」


「やれやれ……となると面倒なこと極まりないですね。ここは一つ、ラエルのお父上にあの狂信者たちの読心お願いしてみては? エーテリアス様の精神感応に抵抗できる人類などおりませんし」


「いや……どうせ彼らもさ。前線に出てくるような人員から尻尾が掴めるのなら、太陽系連合だって苦労はしない。それよりも――――」


 ユーリーから伝えられた情報をさらに加え、今後の行動を思案する一同。

 すでに始まりの地への旅立ちは目前に迫っている。


 独立派にその情報が流れているとしても、日程を変更することは許されない。だが、しかし――――


『ラエル! 至急ブリッジに来てくれ! ミアス・リューンの艦隊から緊急連絡。エルフ王の宮殿が――――!』


「――――なんだって?」


 だがその時。ボタンゼルドたちがいる室内のみに、ピンポイントでラースタチカの操舵士ダランドからの一報が入る。


 届けられたその一報。それはどのような事態にも決して動揺することのラエルノアの表情に、確かな緊張と怒りの色を浮かべたのであった――――。

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